いつかまた
協力関係を結んだ三人は、泉の近くにあった小屋で数か月生活を共にした。
幸いなことに泉の周辺は安全であったし、何かしらの食料は確保できる環境であったため腰を据えることができた。
三人が森を出るために主に取り組んだことと言えば、ユイカが花から得た情報を逐一二人に提示しては目ぼしい情報を探っていくという実に地道なものだった。
行き詰まれば気分転換がてら森を探索してもみたが、泉から離れすぎると迷いやすくなるという情報しか得られなかった。
そうして過ごしていく中でユイカも一つ一つ情報を整理していき、ついに確定的とも言える情報に辿り着いた。
「夢月の夜、管理者……」
「新しい情報か?夢月と言うと月の無い夜のことか」
「それなら数日後じゃないですか?」
何気なく零した言葉にルムカとミストルの解説が合わさりユイカは目を見開いた。
これだ!と立ち上がるユイカに、ついに見つけたのだと二人も気付いた。
「その日だったら森から出られる!多分!」
「そうか。管理者と言うのはユイカのことか?」
「そう!多分!ちなみにこの小屋が管理者の家!」
「それでこんな森の中に建物があったんですね」
「あっ!銀狼は管理者の守護獣らしい!」
「なるほど……どうりでユイカ贔屓なわけだ」
「何をするにもユイカの許可を取れって煩かったですもんね」
連なった情報が見つかりユイカのテンションが壊れそうになっている。
ここまで欲しい情報が順調に探り当てられるのは初めてのことだった。
情報が整理されたおかげで、いくらか思考に割けるリソースが増えた感覚をユイカは感じていた。
「この情報に辿り着くまで結構かかっちゃったなぁ」
「いや、早い方だと思うぞ。何より学ぶことがたくさんあった」
「そうですよ。僕、勉強はあまり好きではないんですけど、ユイカの情報を紐解いていくのは楽しかったですよ」
ミストルの言う通り、時間が経てば経つほど三人は進んで話し合いの場を設けたし、夜を明かしたことさえあった。
そうして長い時間を共に過ごし自然と三人の仲は深まり、今やお互いに友人であると気兼ねなく思えるほどになっていた。
良くやったと声をかけてくれる二人にユイカは出会った当初を思い出し懐かしさと、次いで寂しさを感じていた。
「私も二人のお陰で色々勉強させてもらったよ。ありがとう。そっか……ついにお別れかぁ」
「お別れ?僕達と一緒に行かないんですか?」
「森に残るのか?」
森の外でも共に行動するものだと考えていたルムカとミストルであったが、ユイカは残念そうに首を振った。
「私はまだ出ちゃ駄目な気がする。この森の管理者が私なら引継ぎをしなきゃいけないはずだから」
「そうか、そうだったな」
「まだ解けてない謎もいっぱいあるのに……」
別れを惜しんでくれる二人にユイカは心が温かくなる。
不運まみれの前世ではこうはいかなかっただろうと思うことが今までに多々あった。
何よりユイカにとって二人に出会えたことは紛れもない幸運だ。
恐らく転生したであろう自分が新しい世界に対して不安よりも興味を抱いている。
好意的に物事を受け止められるのは、偏に異質でしかないだろうユイカを輪に入れてくれた二人の存在のお陰だ。
三人で過ごしてきた日々をこれからも続けたいのは山々であったが、いつまでも二人を森に縛り付けてはいけないとユイカは日頃から思っていた。
「二人は行く当てがあるんでしょ?なら、この機に外へ出るべきだと思うよ」
「これを逃すと次の夢月の夜は年が明けちゃいますしね」
「そうだな、案内頼めるかユイカ」
「もちろん!ちゃんと地図の情報もあるから任せてよ」
そうして数日後に訪れた月の無い夜。
月が無ければ真っ暗闇となるはずが、何故か木々が微かに光りを発しており、灯りを持たずとも足元や周囲の様子を見ることができた。
さらに不思議なことに、森の地図を唯一知るユイカが先導すると草木自らが避け道を開いていく。
日中探索した時はどれだけ歩こうとも森の境界に辿り着けなかったのに、今夜は拍子抜けするほどあっさりと出口へと着いてしまった。
「そうだ二人共、これ持って行ってよ」
「これは魔石か……いや、違うな」
「何だか良い匂いがしますね」
「花の蜜だよ。物凄く固いから食べられないけど」
「「まさか……」」
「そう!あの花の蜜だよ。銀狼が持たせとけってさ。使い道はわかんないけど、悪いもんではないと思うよ」
「あの花についても結局わからず仕舞いだったが……ありがたく貰っておく」
「僕この匂い好きです。ありがとうございます」
見た目・手触り共に小粒の宝石のような花の蜜は心を落ち着けるような香りを発していた。
これを初見で花の蜜だと思う者はいないだろうが、ルムカとミストルはこれまでのユイカに纏わる数々の不可思議な事象に巻き込まれすぎて感覚が麻痺していた。
三人はそんなやり取りをしながら歩き続け、とうとう境界間際へとやって来た。
境界近くに立って感じたのは、見えない壁があるという感覚だった。
ルムカとミストルは何も触れることはなかったが、ユイカは見えないながらも触れることができ、やはり外に出るのを拒まれているようだった。
自分はここまでだと、ユイカは足を止めた。
「本当に着いちゃった」
「何となく見覚えのある景色だ。案内ありがとう。ここまで無事でいられたのはユイカのお陰だ。いずれこの恩は返す。だからなるべく早く出てこい」
「僕達もこれから先どうなるか分かりませんが、待ってますからね」
「うん。私も森の外に出てみたいから変わらず地道にやるよ」
境界から踏み出そうとした間際でルムカがそうだ、と声を上げユイカを振り返った。
「今度会った時、男か女か教えてくれよ」
「あ、それ僕も知りたいです」
「…………考えとく」
複雑な顔をするユイカにルムカとミストルは笑った。
三人は別れの言葉ではなく、またいつかと再開を願って握手を交わした。