吸収と成長
「何とか年相応になったかな?どうだい?」
「?」
「……ニクは変わらないねぇ」
ルムカとミストルと別れ数年、二人以外に森へ訪れる者はいなかった。森は変わらずであったが、ユイカ自身と周辺では目まぐるしい変化が起き続けた数年であった。
1つが銀狼の後継者の誕生。
ある日突然、どこからともなく現れた銀狼の後継――肉への執着が凄まじいためニクと名付けた――を初めて見たユイカは銀狼の眷属かと思った。銀狼から我の後継者也と紹介を受けた時、ユイカは思わず驚愕の声を上げた。それ程に銀狼と同じ種とは思えない見た目をしていた。銀狼は子供三人を軽々背に乗せ走れる程の大きさで、輝かんばかりの銀の毛の美しい狼だ。森の守り神と言われても謙遜ないオーラを纏っている。対してニクはというと、銀の毛ではあるが茶が混じっているせいで薄汚れて見える。何より体長が子犬程度しかない。大して力のないユイカでも軽々と抱き上げることができる。さらには知性溢れる銀狼に比べ、ニクからは全くと言っていいほどそれらを感じられない。実際、肉への執着のみで賢さの欠片もない。そういった特徴は幼体であるからだろうというユイカの予想は外れ、数年経った今でもニクはまったく変わらず成長していない。年を経るごとに、銀狼も自分の懐で延々と骨を齧っているニクを見て首を傾げることが多くなってきた。さすがの銀狼もニクのような事例は初めてであったらしい。森の管理者の守護を担う銀狼であるが、管理者が任を全うした後、新しい管理者の誕生と共に守護の後継も誕生するらしい。本来、銀狼はニクが誕生した時点で己は後継であるニクへと引き継がれ、存在していないはずだと言っていた。それを鑑みて導き出したユイカの答えは、“引継ぎの失敗”である。
「やっぱりまだ抜けてるんだなぁ……母上はもう答えてくれなくなったしなぁ」
巨大花の根元、飽きもせずあむあむと骨を齧るニクを腕の中に抱き寄せる。ニクの後頭部を眺めながらユイカはどうしたものかと唸る。同調するように傍らに伏せていた銀狼も1つ鼻息を漏らした。
「母上、他の情報はどこにあるんです?」
すぐ傍の巨大花の幹に触れるが、花からは何の反応もない。ユイカはとある情報を得てから、この巨大花のことを母と呼んでいた。頭の中の情報がを整理し終えては再度花に触れ、新たな情報を得るというサイクルをひたすらに繰り返していた。それを数年続けた今では、この森とその関連事について知らぬことはないと言える程になっていた。情報の整理と取得が進む度、呼応するかのようにユイカの身体も成長していった。つまりユイカは人間ではなかったのだ。見た目は人そのもだが、体はかなり特殊であり、日々の食事等では成長しない仕組みだった。空腹は感じるため、前世の習慣もあって今でも日々何かしら食べてはいるが、おそらく飲まず食わずでも死ぬことはない。まだ抜けている情報はあるものの、森の管理者とは代々こういった不思議な体であるようだ。今現在、ユイカの見た目は経った数年分を加算して成人手前頃になっていた。中性的な美しさはそのまま理想的な成長を遂げ、傾国レベルに達していた。それに伴わぬ中身、つまりは自分であることが心底残念だとユイカは鏡代わりの泉を覗くたびに溜息を吐いていた。
様々な情報を得て成長したユイカだが、この体に関する情報で一番知りたい事が未だに判明しないままであった。それは別れの時、ルムカから投げかけられた言葉。
『今度会った時、男か女か教えてくれよ』
二人に初めて出会ったあの時、ユイカもまたこの世界に誕生したばかりだった。よって自身の体の異変に気付いたのは、体を清めるため二人が泉の水を汲んで木陰に行った後だった。見た目からして、ユイカも女であると思い込んでいた。小屋で体を清めるため衣を脱ぐまでは。ルムカがユイカの特異性に気付いての言葉なのかは不明だが、ユイカは結局二人には自身の性別を言えないまま別れた。
「次に会える時までに分かればいいけど……どっちなんだろな……」
ユイカは呟きながら巨大花に触れるが、応えてくれることはなかった。




