互いの話
ユイカは銀狼の近くへ、ルムカとミストルは近くにある倒木に腰を落ち着けた。
「それで、お前は一体何なんだ」
「僕もとても気になります」
すぐさまルムカとミストルはユイカへと問いかけるが、銀狼が明らかに怒りの含んだ唸り声を発した。
ユイカも二人同様どうしてそこで怒るのだと銀狼を見る。
何故かこの泉で出会ったその時から、ユイカは言葉が無くとも銀狼の意思を読み取ることができた。
銀狼曰く、まずは名乗れと怒っているようだ。
それもそうかと口を開くユイカだったが、何故か背後にいる銀狼に鼻面で小突かれた。
「何でぇ?誰から名乗ったっていいじゃんか」
「……やはりお前はその魔獣と意思疎通ができるのか。何と言っている?」
「私は先に名乗っちゃ駄目なんだってさ」
「それは、君が僕達よりも位が上だと言うの?この方は公爵家の方だよ?」
ミストルはルムカの名は伏せて爵位だけを言った。
この国で公爵より上の位は王族のみだ。
ミストルの疑問は最もであったが、それでも銀狼は譲りはしないと二人に鋭い眼光を飛ばしている。
生まれ変わったとは言っても、前世の記憶で構築されているユイカとしては貴族社会の重要性などまるで理解の及ばない世界だ。
見た目としても、ユイカの顔は貴族にもいるかどうかと言うほどの美形ではあるが、真っ新なシーツのような衣を身に纏っているだけで貴族の装いではない。
しかし銀狼の頑なな姿勢に口を挟むのはよろしくないということは何となく理解していた。
ルムカもそれを汲み取り、自身から名乗ることにした。
「公式の場でもないしな……俺はルムカ・エスパルと言う。エスパル公爵家の次男だ。こいつは俺の従者のミストルだ」
「ミストル・ギークです」
二人が名乗り終わると銀狼はそれで良いとフンと鼻を鳴らし、元の体勢へ戻った。
ユイカはやはり意味が分からないとばかりに首を捻りながら自身も名乗った。
「私はユイカだよ。えーと、よろしく?」
「ルムカ様……」
「いいんだミストル」
ユイカとしては友好的に挨拶したつもりだが、何故かミストルには大変不評であった。
顔を顰めるミストルに対しルムカは首を振る。
ルムカは位の上下などより、兎にも角にも自分達の置かれた状況を把握したかった。
「君はどうして禁足地にいる?ここに住んでいるわけじゃないだろう?誰かに無理矢理連れて来られたのか?」
「きっ、え?ちょっと待ってほしいかな。情報量が多すぎる……きんそく、ち?ってここ危ない場所なの?」
演技ではないだろうユイカの困惑具合に、ルムカとミストルは顔を見合わせた。
現状把握どころの話ではないのかもしれないと、二人の不安はより膨らむ。
ユイカもここは安全な場所だと呑気に構えていたが、禁足地という言葉に自身の感覚はあてにならないのかと打ちひしがれていた。
三者三葉の不安が場の空気を重くする。
「…………君はここに来る前の記憶はあるか?」
「ない、かな……どうしてここにいるかわからないんだよね」
「僕達と同じですね」
実際ユイカは二人以上に経緯がわからないわけだが、それを話し出すと余計にややこしくなるため今は伏せておくことにした。
ユイカはそうでもないが、ルムカとミストルは貴族でもあるため、それなりに警戒しながらの会話となるのが何とももどかしいところであった。
「俺達は恐らく誰かに謀られてこの森に放り込まれたんだ。俺達以外に誰か見かけたか?」
「いや、君達以外は見かけてないよ。ここは、その、危ないとこ……なんだね?」
「どうでしょう……禁足地とされている以外の情報は一切ないですから。ただ不帰の森と呼ばれています」
それはどう考えても危ない場所やないかい!とユイカは心の中で叫んだ。
しかしながら、ユイカにとってはこの森はどうしても危機感を抱くような場所には思えなかった。
ルムカとミストルという森の外からやって来た二人と出会い、森の外にも世界があるという情報を得られた今も、この森から抜け出すという発想が今の今まで浮かんでこなかった。
むしろ離れがたいとすら思っていた。