変が深まる
「何者だ!俺達は金目の物など持っていないぞ!」
(え?あれ?すごい警戒されて……あ、いやまぁそうか)
ユイカは初めての人間だ!と興奮と嬉しさで何の躊躇いもなく声をかけてしまっていたが、よくよく考えてみれば自分は不審者であるし、この巨大な狼は普通に恐怖の対象になるだろう。
ユイカ自身もこの銀狼に出くわした時は命の終わりを感じた。
初めて尽くしの状況にユイカもまた混乱し冷静な判断ができないでいた。
「私はもちろんこの狼も君達を襲ったりしない、よ…………し、しないよね?」
ユイカはぎこちないながらも笑みを浮かべ敵意はないと手を振るが、そういえば狼が何を思ってここまで駆けてきたのかは知らない。
不安に思って問いかけると狼は即座にそんなわけなかろうとばかりに頭を振った。
ユイカは安心したが、ルムカとミストルは依然、警戒を解かないままだ。
喰われはしないだろうと判断したものの、それでも未知の生物であることに変わりはなく、無警戒でいられるはずもない。
それでもユイカの問いかけは、こちらを心配していることが伺えるもので、会話の余地があることは救いだった。
「その、とりあえず向こうの方が多分安全だから付いてきてもらってもいいかな?」
ユイカの提案に二人は返答に詰まる。
この判断を下すのは主人であるルムカだ。
ルムカは横にいるミストルに目を配ると、こちらの指示に従うと頷いた。
「分かった。案内してくれ」
「……良かった。わわっ!」
提案に乗ってくれた二人にユイカはホッと息を吐いた。
そのやり取りを見ていた銀狼は身を屈めると二人に鼻息を飛ばす。
銀狼の動作の意図を理解したユイカは二人に声をかける。
「乗ってけ、だってさ」
「「は?」」
予想だにしない提案にルムカとミストルは目を点にする。
銀狼はもちろんのこと、背に乗るこの子供も二人にとっては相当得体の知れないものだった。
固まる二人に焦れたのか、銀狼が早く乗れとばかりに首を伸ばす。
困惑しつつもルムカはミストルを促し、銀狼の提案に乗ることにした。
「汚れているが、失礼する」
「わ、わぁ……僕こんな大きい生き物に乗ったの初めて」
恐怖は拭えないものの、ルムカとミストルは知性の高い魔獣への騎乗に男児らしく心躍らせていた。
そんな二人をユイカは微笑ましく見ながら、ミストルに同意するように頷いた。
「私も初めてだよ」
「「え?」」
どういうことだと二人が聞き返そうとしたが、話を遮るように銀狼が体を起こし僅かに筋肉に力が入るのが伝わってきた。
三人は慌てるように銀狼の毛をしかと掴む。
それでいいのだ、とばかりに銀狼は低く唸ると、まさに風のように来た道を駆け戻った。
恐らくは銀狼の何かしらの計らいで、走る速度に対して受ける風の影響はかなり軽減されている。
それでも子供の体にはとんでもない衝撃であり喋るなど到底できる状態ではなかった。
とんでもない速度で景色を楽しむ間もなく、あっという間に泉に到着した。
「僕、吐いちゃうかも」
「喋れる余力があるなら我慢しろ……ぅぐ」
「大丈夫……?」
ユイカも初騎乗時よりも速い速度に目を回しそうになっていたが、明らかにルムカとミストルはユイカ以上にダメージを受けているようだった。
「あんな壁のような風を浴びながらよく平気でいられるな」
「多分、なんか守護魔法的なものを掛けられてはいたと思うけど……でも、やっぱり君変だよ」
「えぇ……」
訝し気に自分を見る二人に面と向かって言われたユイカは、やはり自分はおかしいのかと肩を落とす。
ことごとく予想外の反応をするユイカにルムカとミストルは更に困惑が深まるばかりだ。
ユイカを変と評価せしめた当の銀狼は知らぬ存ぜぬと、例の極彩色の巨大花の下で身を丸めていた。