商人御用達
話したそうにもぞもぞしているユイカにイラついたシェオは、御者台のほうへ半ば強引に押しやった。恐々とするユイカだったが、お陰で老人シュバタフと会話しやすくなり色々な情報を得ることができた。手始めに得た情報から、予想通り現在地は国外であるようだった。
「ほぉ!ユイカさんはアルロ国のご出身でしたか。へティア国からですと随分離れておりますな」
「やっぱりそうなんだ……その、アルロ国出身は珍しいんですか?」
「えぇ、アルロ国は特に国境がどこも魔獣が凶暴で出入りの難しい国ですからね。そちらのシェオ殿のような上級ランクの冒険者、かつ最低5人以上のパーティーで護衛いただかないと難しいでしょうね。交易面で不便ではありますが、そのお陰もあって侵攻も難しいと言われておりますよ」
「なるほど……不勉強で申し訳ないですが、アルロ国と仲の悪い国はあるんでしょうか?」
「まさか!アルロ国は妖精庭ですから、むしろ方々の国が親交を深めようと躍起しておりますよ」
「……たしかヘティア国は魔鉱が特産、でしたっけ?ノルウハン国を経由してアルロ国も仕入れているのですよね」
「よくご存じでいらっしゃる」
シュバタフと話していく内、ユイカが巨大花から得た情報とある程度合致したのが切っ掛けとなったのか、へティア国に紐づく情報がいくつか浮かび上がってきた。アルロ国は妖精王の住まう地であると示すように、この世界の中心に据えられている。妖精王が崇められるのは偏に妖精や精霊といった魔法の素となる者の頂点であり管理者であるためだ。過去にその妖精王がへティア国の王にかかった呪いを解いたことがあるらしく、その恩義によってアルロ国は他より安く魔鉱を取り引きできているようだ。思わぬ追加情報を深追いしそうになるユイカだったが、シュバタフの気落ちした声で我に返った。
「しかしここ最近はアルロ国に納入することが難しくなっております。我々商人にとっては由々しき事態でしてね……先程アルロ国は侵攻の問題はないと言いましたが、強いていうなら敵は国境にいる魔獣でしょうね」
「強いとは聞いていますがそんなに厄介なんですか?」
「それはもう。基本的に騎士団と冒険者の精鋭部隊で討伐すると聞いております。その魔獣があろうことか年々強くなっておるのです。国公認の商人であれば護衛の心配はありませんが……個人で、しかも強い魔獣を相手できる冒険者となると雇うまでが難しいのです。ですから私のようなしがない商人はノルウハン国での取り引きがやっとです」
国公認の商人はへティア国が国を挙げて護衛隊を組んだ上でその費用も負担する。もし個人でアルロ国へ取り引きを考えるのであれば、相当の元手が必要となる。さらには魔獣の危険度によって依頼料も高額となる上に、それらに対応できる高ランクの冒険者も出ずっぱりで依頼を受けてもらうことすら難しいようだ。そこに追い打ちをかけるかのように、近頃はノルウハン国周辺の魔獣も強くなっている可能性があるという。
「もしかして馬車の損傷が酷いのも?」
「ノルウハン国からの帰りにドゥガルという魔獣の群れに襲われましてね……私が今こうしていられるのは全てシェオ殿のお陰ですよ」
「ドゥガルの群れ……失礼ですがシュバタフさんは戦闘のほうは……」
「お恥ずかしながら全く。護身術ぐらいなら商人の嗜みとして修めますが、魔獣相手では役に立ちませんからな」
「……ドゥガルの群れを一人で?」
「驚かれるということは、ドゥガルについて知識がおありのようだ。そうなんです、シェオ殿はただの上級冒険者ではないのですよ」
「おい爺さん余計なことは言うんじゃねぇ」
「ドゥガルについて知っている人に誤魔化しはききませんよ」
舌打ちするシェオに対してシュバタフは気にすることなく朗らかに笑っている。ユイカが驚いたのも無理はない。ドゥガルという野犬のような魔獣は知能が高く、5~7匹の群れの指揮を執る統率獣を中心に形成される。1頭あたりの危険度はBだが、群れの場合Aと高くなる。Aランクの魔獣を対処するためには上級冒険者が最低でも4人は必要となる。それをシェオは1人で退けたという。それは実質、最高ランクである最上級冒険者にも匹敵する実力と言ってもいいだろう。そのあたりの話を聞きたいユイカだったが、当のシェオは話す気はないとばかりに寝る体勢に入っていた。
「理由は知りませんが彼は名を売りたくないようですよ。といっても、商人の間ではすでに有名ですけどね」
「お強いんですね……」
「私は常連でして、今回4度目の依頼ですよ」
相性はありますけどね、と笑うシュバタフにユイカはそうであろうと頷く。後ろから視線を感じたが気付かなかったことにした。
「しかしユイカさんは不思議なお方でいらっしゃる」
「私はいたって……いや、確かに普通とは言い辛いですが、別段変わった者では……いや、変わり者すぎるよな……」
「ほっほっほ!」
否定にことごとく失敗しては正直に感情を露わにするユイカをシュバタフは微笑まし気に見守る。さながら孫を慈しむ祖父のようだ。自身をどう紹介したものかと悩むユイカは今の今までフードを被ったままであることにやっと気付いた。
「すみません、ローブの着心地が良すぎてフードを外すのを忘れていました」
「謝ることではありません。むしろこういった場所では隠しておいたほうが良いですよ」
「お前、それで今までよく生きてこれたな」
「……えぇ」
「これは手厳しい」
シュバタフのフォローを台無しにする鋭い言葉が後方から飛んできてユイカは肩を落とす。巨大花から様々な情報を得て、若干賢者のような何かになった気でいたユイカだったが、どうやらこういった旅の知識は森の管理者は持ち合わせていないようだ。早い時点で高くなった鼻をへし折られたのは良かったかもしれないと落ち込みつつも前向きに思い直した。実際、これから新たに取り入れなければならない知識も増えていく可能性が高い。ここは前世の常識が通じない異世界であるのだと、ユイカは今一度気を引き締めた。
「ところで、聞きたいことがあるんですけど」
「何でしょう?」
「この世界に女性はいますか?」
「はい?」
「何言ってんだお前」
この質問にはさすがのシュバタフも目を点にしている。すかさず後ろから飛んでくる容赦ない言葉がユイカにダメージを与えるが、一旦それは無視してシュバタフの回答を待つ。気を取り直したシュバタフは想定外の質問だと笑いながら頷いた。
「もちろんおりますよ。もしや女性とお会いすることが少ないのですか?」
「い、……そうです!少なすぎて女性が極端に少ないのかと疑問に思いまして!」
一度も会ったことがないと言ってしまいそうになったユイカは早口で捲し立ててしまい、慌てているのが丸わかりであった。シュバタフはそれを読み取ってか深くは追及せず、そうですかと相槌を打つ。ユイカのポンコツ具合に呆れたのか、シェオがいよいよ会話に口を出してくるようになった。
「外に出る女は基本冒険者だ。お前の思い浮かべるような奴は街の外に出ることはねぇよ。ここに関しちゃ、国か各組合の許可証がなけりゃ外に出られない。お前、密入国じゃねぇだろうな」
「えっ」
シェオの問いにユイカの肝は瞬時に冷えた。ユイカとしてはそんな意図はないにしても、現状そう判断されてもおかしくない。身じろぎすらしなくなったユイカにシェオは特大の溜息をついた。
「俺は一切関与しない。面倒事はごめんだ」
「そんな心配されずとも大丈夫ですよ。私が保証人になることも可能ですが、ユイカさんはどうされたいですか?と言っても、これ以外の方法はおすすめいたしませんが」
シュバタフに保証人になってもらう以外の方法、つまりは一人で流浪の民となるか非合法でもって入国するかの二択となる。ユイカは酷く申し訳なさそうにシュバタフに頭を下げた。
「あ、そうだ……せめてお金を」
「なんとまぁ」
「はぁ……」
そう言ってユイカが懐から取り出した小袋にはたんまりと金色に輝く硬貨が詰まっていた。商人のさが故か目を輝かせ小袋を凝視するシュバタフとは逆に、シェオは再び特大の溜息をもらし面倒事から目を背けるように目を瞑った。




