第七話
レーヴェンが生まれて百年の年月が過ぎた。
そして五十年前から今に至るまで、レーヴェンは己の力を完璧に程近い領域に至るまで使いこなしていた。
身体強化も安定し、治癒能力も速度や精度は飛躍的に上昇しており、またシュトルムとの組手も長時間粘れる程度はできる様にはなった。レーヴェン自身も実感する程に、強くなっている。
「今日も平和だなあ」
森の中を悠々と歩きながら、今日も見回りを行う。
最近はシュトルムに森の見回りを任されている事に加え、龍脈の干渉法も教わり始めている。ただ、レーヴェンには魔力がない。そのため魔力を操る術を知らぬレーヴェンに教える必要など皆無の筈だが……何故だか、レーヴェンは多少であれば龍脈に干渉できた。
父と比べて圧倒的に雑だが、干渉できるとなれば話は別。週に二から三回、シュトルムから龍脈への干渉、及び操作法の指導を受けている。
「(今日は……あそこの湖まで見てこよう。龍脈も近いし、もし乱れてたら、すぐに帰って父さんに報告しないと)」
レーヴェンは背の翼を広げて空を舞い、目的地に定めた湖へ向けて飛翔する。
この身体で生きるのもすっかり慣れたものだ。四足で歩き、背にある翼を手足の様に操り空を飛ぶ。生まれて半年は、それすらまともにできず、動く事すら困難だった。今やそれも懐かしい。
百を過ぎ、レーヴェンはすっかり立派な龍に成長していた。
龍族に明確な成人年齢はないそうだが、体格的には成龍と言われても遜色ない程に巨大化しており、その体躯はおよそ七メートル。
因みにシュトルムの体躯は十五メートル以上はあり、結構でかい。レーヴェンは父に近い大きさになる事を夢見て、よく寝てよく食べよく動いている。
「ついでだし、帰りに鹿を獲ろうかなあ。この時期なら、そろそろあの辺りに群れが───」
住処に戻るまでの動きを頭の中で組み立てている最中……突然、身体が持っていかれそうになる程の暴風が吹き荒れた。
突然の烈風にレーヴェンは飛行姿勢を崩してしまうが、幸いにも父からの風属性魔法を受け慣れていた事もあって、素早く体勢を整える。
「…な、なんだ…今の……え?」
レーヴェンは風が流れる方を見る。自分がいる場所から遥か遠くに、黒い巨大な嵐が吹き荒れていた。
ただ、レーヴェンが気になったのはそこではない。
「なに……あれ……」
嵐よりも更に先───巨大で、無数の船の様なものが、空を航海していた。
「…………来たか、人間共」
数刻前。丘の上から西方向を監視していたシュトルムが呟く。途端、空の風景が歪んだと思ったら、歪みから無数の飛空艇が姿を現す。
「……【焔帝龍】イグニース。【砂帝龍】サンドラ……我が友にして同胞達を討った国の者か」
船体に描かれた国の紋。それを見たシュトルムは顔を顰め、忌々しげに呟く。
イグニースは大陸で最も巨大な火山を支配する【焔帝龍】。サンドラは広大な砂漠を支配する【砂帝龍】。
いずれも、シュトルムの友にして同胞。同じ様に各々の龍脈を制御する龍達だ。
それ以外にも、あの国の人間達の手に掛かり、倒れた同胞は、数多くいる。
「……それでも。我のやる事は変わらん」
【嵐帝龍】シュトルムの役割。それは、この森と森に存在する龍脈の干渉点の守護。それ以上もそれ以下もない。
「同胞達の仇討ちも兼ね……この森を…平和に生きる我が子を、護る。…それが、我が使命だ…!」
息子が…レーヴェンが遠出している事は確認している。
レーヴェンの事だ。性根が優しく真面目な彼は、異常事態に気付けばすぐに戻ってくるだろう。であるのなら、戻ってくる前に連中を落とせば済む話だ。
シュトルムは自身の内に秘める莫大な魔力を解き放つと、それに伴って周囲を凄まじい暴風が囲う。
「“黒嵐禍”」
吹き荒れる死の嵐。【嵐帝龍】の肩書きを持つ、シュトルムだからこそ扱える風魔法の極地。
シュトルムが仕掛け始めた事に気付いた航空艇達は、一斉に迎撃に移る。
人と龍の争いが…始まろうとしていた。