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第六話

「お前の母にして、我が妻、フィオーレは……殺された。人間の手によってな」

「…………え?」


 シュトルムの口から出てきた言葉に、レーヴェンは言葉を失った。

 ……なんとなく、覚悟はしていた。いくら強者たる龍族でも死ぬ時は死ぬ。同族と争って殺されたのだろうかと呑気に考えていた中……レーヴェンの前世と同一の種族が、母を殺していたとは夢にも思わなかったからだ。


「事の発端は……今から五百五十年程前に遡る」

「(そんな昔まで…?)」

「我が領土たるこの森に、一頭の龍がやって来てな。白い龍毛を有した雌の龍……それが、フィオーレとの出会いだった」

「あ待って惚気話???」


 五百五十年。そんな昔に何かあったのかと覚悟した矢先、始まったのはシュトルムによる妻との惚気。

 それにレーヴェンは思わずツッコんだが、シュトルムが「何か問題があるか」と言いたげな眼差しを送り始め、レーヴェンも何でもない、と返す外なくそのまま続行する。


「最初は領土を侵す龍であると見倣した故、追い出そうとした。……しかしな、いざ邂逅した暁には、我の御心はフィオーレに囚われてしまったのだ…!」

「一目惚れだったんだ……」

「如何にも! …だがフィオーレは川で水を飲み、羽休めを終えたらすぐ出て行くと言い出してな……あの頃の我は、それはもう必死だった。この森に留まって欲しくて、あれやこれやと条件を出したさ。ある時はこの森を半分やるとか、またある時は美味い木の実がなる木々を全てやるとかな」

「えぇ……」


 そんなんでいいのか【嵐帝龍】。レーヴェンはそう思わざるを得ない。

 その後も猛烈にアタックしたそうだが、軽くあしらわれてしまった様で、中々恋心が実を結ぶ事がなかったという。

 しかし、そんな折に転換期が訪れた。

 今日も今日とてフィオーレに求愛しようとしていたシュトルムは、彼女が見知らぬ龍に襲われている所を目の当たりにしたそうだ。


「あの時はこれ以上ない程の憤怒に呑まれた。なんでもフィオーレに昔求愛し、手酷く振られた事から逆恨みしてきた愚龍だったのだ」

「そうなんだ……」


 なんとも身勝手な話だ。

 そもそも、彼女が滞在していたのは【嵐帝龍】が支配する森。レーヴェンは相手はその事を知らなかったのかと聞いてみた所、シュトルムの外見を知る者はほとんど居らず、フィオーレに襲い掛かった龍もフィオーレも、シュトルムが【嵐帝龍】であるという事を知らなかったのだという。


「その後我が件の愚龍をきっちり絞めて追い出してやったわ。……まあ、気が昂っていた弊害で、片目を潰されてしまったがな」

「えっ」


 まさかの雌の取り合いによる失明。

 レーヴェンは何か大きな戦いの末に負ったものだと思っていた。レーヴェンの中で、威厳ある【嵐帝龍】としての父の姿がどんどん崩れていく。


「その後無事を尋ねた際、フィオーレは……」

『何故…貴方様程の偉大な龍が、私の様な力無き一匹の龍にこだわるのですか?』

「……と、聞いてきてな。無論、我は迷わずこう答えた」

『お前を愛しているからに決まっておろう。この森が、我にとってかけがえのない大切な場所であるのと全く同じで……お前の事が大切で、愛し、守りたいのだ……どうか、我と番ってはくれぬか?』

「……とな」


 ふん、と自慢気に鼻を鳴らす。対してレーヴェンは既に置いてけぼりになっていた。ここまで惚気られて、呆れの念が勝る。それどころか珈琲があればガブ飲みしたい気分だった。あまりにも甘ったるい惚気話に、無性にカフェインが欲しくなる。


「そしてフィオーレは我の告白を受け入れてくれてなあ。以降、我々は心から愛し合っておった。それから百五十年前のある日、フィオーレはひとつの卵を産んだ。それが───」

「僕、か……」


 急に話題が変わったが、自分が卵としてこの世に生まれ落ちたのは、百五十年前。自身の年齢を差し引くと、百年の年月を掛けて卵から生まれた事になる。

 勿論その事を父にも聞いてみた。それに関してはシュトルムは今も不思議に感じているらしい。

 普通、龍族は遅くとも五年程度で卵から孵る。

 しかしレーヴェンが産まれるまで、その倍以上の年月が掛かった。シュトルムとフィオーレは卵の中の子供は、既に死んでいるのではと不安に駆られた事もあったという。


「あ、でも卵を温めている間は、お母さん生きてたんだ」

「? 何を言っておる。龍族の卵は、鳥と違って温めずとも孵るぞ?」

「えっ…………?」


 突然知らない情報をぶっ込まれ、レーヴェンは分かりやすく硬直する。視線を絶え間なく泳がせる様子に、シュトルムは訝しむ様に目を細めた。


「……あ〜、その…鳥が卵温めてるのを見た事があってさ。僕もそんな感じで生まれたのかなあ…って思っちゃって…」

「……そうか。まあ…教えておらんかった我にも非がある。気にするな」


 シュトルムはそう言うが……レーヴェンは、父の様子に気付いていた。


「(わざと、見逃した(・・・・)……)」


 シュトルムの反応、言葉。おそらくレーヴェンの正体に気付いたのかもしれない。……だが、敢えて言及しなかった。必要ないと、見倣されたのだろう。


「……さて。話を戻そうか。…あれは、お前が卵から孵る二年前だった。普段卵を守っておったフィオーレが、珍しく狩りに出ると言い出してな。その時は調整すべき龍脈も無かった故、我が卵を守る形で許可したのだ。……今でも、我も着いて行くべきだったと後悔しておる」


 そして送り出したフィオーレはいつまで経っても帰ってこない。相当遠出しているのか、それとも何かあったのか───


「そして夕方に差し掛かった頃……フィオーレの魔力が弱まっておる事に気付いたのだ。……察しているだろうが、気付くのが遅すぎた」


 当時、シュトルムは卵をほっぽり出してフィオーレの元へ向かった。シュトルムにとって無自覚ながらも最高速度で空を飛んでいたが、この際割愛する。

 そして到着した頃には……フィオーレは無惨な姿となっていた。龍毛の大部分は剥がれ、角や牙、爪もまた折られ…全身には何かで貫かれた様な跡があったという。


「……今でも、時々思うのだ。もしも我が共にあれば…フィオーレは死なずに済んだのではと。……だが。瀕死であったフィオーレは…最期に、我に告げたのだ。『生まれるであろう私達の子供を、どうか守り、育て…愛してほしい』……と」


 シュトルムは切なそうに目を細めながら夜空を見据える。その目には、たしかな覚悟の灯火が燃え盛っていた。


「お前は…我にとってはかけがえのない、たった一つの宝なのだ。我と、フィオーレとの…愛の結晶なのだ。故に我は誓った。何があっても…お前を守る。守り抜いてみせると。……これが、我とフィオーレの事の顛末……ど、どうしたのだ!?」


 話を締め括りながら、レーヴェンの方へ視線を移すと、滝の様な涙を流していた。

 まあ無理もないだろう。呆れ返る程の惚気話からうって変わり、壮大で悲しい話に移っただけでなく、両親はどこまでも自分を……レーヴェンを想ってくれていた事を実感したのも大きい。


「父さん…大好きだよ」

「ど、どうしたのだ…いきなり。普段のお前は、そんな事言わぬだろう」

「今日だけは……めいっぱい言わせて。…生んでくれてありがとう。僕…父さんと母さんの子供で良かった」

「ッ…レーヴェン……!」


 大好き、や二人の子供で良かった……その言葉にシュトルムは思わず感動してしまい……年甲斐もなく泣きそうになった。

 珍しくレーヴェンはシュトルムにくっつくと、父と同じ紅の瞳をシュトルムへと向けた。


「……母さんに、会ってみたかったなあ」

「…そうか」

「ねぇ。母さんって、どんな龍だったの? 見た目とか、得意な系統とか……教えて、父さん」


 その日は、親子並んで談笑し、身を寄せながら眠りについたのだった───

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