第五話
森の中で、何度か土埃が上がる。
そこには二体の龍が激しくぶつかり合っていた。隻眼の黒龍、【嵐帝龍】シュトルムとその息子、レーヴェン。
尋常じゃない速度で駆けるシュトルムをレーヴェンは紙一重で右に飛び退いて避け、素早く地を踏んでは距離を詰め、お返しと言わんばかりに尾の一撃を見舞うが、シュトルムは既に後方に飛び退いていた。
「(……やば)」
今の攻撃は悪手だった。遅れてレーヴェンはそれを自覚する。何故ならば威力に重点を置いている為に動作だけでなく後隙も大きい。
無論その隙を見逃すシュトルムではない。
自身の魔力を流れる様に脚部に集中し、先とは比にならぬ速度で距離を詰めると、レーヴェンを地に組み敷いて前肢で押さえ付けると、大口を開いて噛み付───
「我の勝ちだな」
───こうとする直前で止め、押さえ込んでいた息子から降りながらそう宣言する。
対してレーヴェンは悔しそうにゴロゴロとのたうち回った。
「悔しいぃ! 尻尾使わなかったらワンチャンあったのにぃ!」
「(わんちゃん…?)たしかにアレは悪手であったな。前肢で攻撃に移ればもしかしたら……といった感じだったさ」
レーヴェンが発した言葉に疑問を覚えながらも、先の戦いの反省点を述べる。
キッパリと言われてしまい、流石のレーヴェンも分かりやすく落ち込んだ。
レーヴェン達は、見ての通り組手を行っていた。レーヴェンが魔法を使えない事もあり、少しでも彼が戦う上での手数を増やすべく三十年程前から開始していた。
おおよそのルールとして、双方魔力強化・異能による強化を行いながらの純粋なぶつかり合い。勿論シュトルムの方は魔法を使わずに戦うのだが……それでもレーヴェンは一度も勝てていない。
「うぅぅ……やっぱり父さん強すぎだよぉ……」
「これでも万年生きている身なのでな。そう簡単に負けてはやれん。…だが」
犬で言う伏せの姿勢でいじけるレーヴェンの元に歩み寄ってきたシュトルムは、その額に自身の額を擦り合わせながら柔らかな眼差しでレーヴェンを見据える。
「件の異能……アレの制御も大分できる様になっておるではないか。何より身体の扱いも上手い。あと五十年もすれば、魔力なしの単純な組手では負けるやもしれぬ」
「……ほんと?」
「我がこの手の事で嘘を口にした事があるか?」
「……ないや」
そう励まされ、レーヴェンも元気を取り戻す。
シュトルムの言う様に、レーヴェンの力の扱いは発現当初と比べて非常に上達している。
力の流れをある程度捉えられる様になり、全開はまだ危ういが、出力を抑えて発動する身体強化も安定させられる様になっていた。
「よーし! もっかいやろ! 次は絶対勝ぁつ!」
「はははっ、構わんぞ。だが……我とて、潔く負けてやる気はないと知れ!」
レーヴェンが再戦を促すと、双方魔力・異能を纏って身体能力を引き上げると、再びぶつかり始めた。
この日の森は、天変地異を思わせる程の衝撃が幾度と駆け抜けたという───
「父さん」
夜。
住処で怪我を異能で癒しつつ、父から毛繕いを受けていたレーヴェンは、ふとシュトルムへと言葉を投げ掛ける。
「僕のお母さんは、どこにいるの? 影も形もないけど……」
「そ、れは…………」
シュトルムはその問いに、分かりやすく困惑しており、レーヴェンから目を逸らした。
「……いずれは言わねば、と考えていたが……知りたい、のか」
「無理にとは言わないよ。でも、今どうしてるのかなぁって」
「…………」
レーヴェンの母。レーヴェンはその姿も、声も知らない。
卵から孵った時には既に父の姿があり、だが何故だか母の姿は五十年ほど経った今もなお、見る事は叶っていない。
「……分かった。教えよう。…だが、我の話を聞いても、お前は受け止められるか?」
「……大丈夫だよ」
何やら重たい雰囲気となったシュトルムに対し、若干気圧されたレーヴェンだが……大丈夫、と返しながら覚悟を決める。
その様子を確認したシュトルムは、口を開いて───
「お前の母にして、我が妻、フィオーレは……殺された。人間の手によってな」
───残酷な、シュトルムの妻との過去を……語り始めたのだった。




