第四話
レーヴェンに不可解な治癒能力に目覚めて以降、レーヴェンは件の力を制御する事に集中し、自力で発現、制御する事に成功していた。
まずあの力による治癒には、“限度がない”。どれほどの怪我を負っても、骨が折れても内臓が傷付いても、時間の経過で元通りに治ってしまう。
勿論推測の域は出ない。
何より怪我を治せても、痛みはある為非常に辛い。その上、父に心配をかける事もあり、不用意に怪我はできないが故に使い時は限られる。
ならばシュトルムにも使えるか検証しようとしたものの、そもそもシュトルムが隻眼以外に怪我をした様子が見受けられない為に治癒能力を行使できない(一応失った眼が治るか試したが駄目だった)。
それ以外にもできる事があるか検証してはいるものの、まだまだ分からない事だらけだ。
「……もしかしたら、先入観から他の能力が出せないのかも…?」
レーヴェンが抱いた疑問。ふと思ったのが、レーヴェン自身がこの力の限界を無意識で決めてしまっている事から出力できないのではないか…と。
「けど、まだ具体的に分かってないからなぁ…」
仮にそうだとしても、レーヴェンは自身の能力の全容を完全に理解できていない。そんな状態でこの力を扱うには、いささか危険すぎる。
もし治癒以外の力が備わっていた場合、取り返しがつかなくなる恐れがあるからだ。
「……あ、花」
仕方なく座り、うーんと唸らせる中、ひとつの花が目につく。しかし、その花は枯れ始まっていて、黄色かったと思われる花弁はやや茶色くなっていた。
「…ジョウロとかあったらなあ。まあ、そもそも無いんだけどさ」
花は好きだ。花畑などを眺めていると、気が休まって嫌な事もどうでもよくなる。
そんな彼は目の前の、種類も名も知らない枯れかかった花をしばらく眺めていると、 もやもやと込み上げてきた近況の悩みを吐き出すかの様にため息を吐いた。
「……あれ」
途端、口から零れたため息が当たり、ふわりと揺れた花はみるみると生気を取り戻し、枯れた部分が綺麗さっぱり無くなって黄色い花弁を揺らしていた。
「……もしかして、治癒能力じゃない…?」
確証はないが、でなければ目の前で起こった現象の説明がつかない。
治療…というよりは、まるで生命力を活性化させた様な……
「…………駄目だ、わっかんない」
しかしレーヴェンはどれだけ頭を捻っても、この力がどういったものなのか、見当もつかない。前世の記憶を引っ張ってみても、ライトノベルやアニメの類でそういった力を持った人物はほとんどいないし、思い浮かばない。
小一時間は悩んではみたが……結局分からず終いだ。
この日、レーヴェンはシュトルムと共に食べる獲物を狩ってから住処へと帰ったのだった。
翌日。
「……なんか、前より速く走ったり飛べたりできるんだけど」
レーヴェンは大地を、尋常ならざる速度で駆け抜けていた。
と言ってもそれが長続きする訳ではなく、何度かガクンと減速してしまうが……それでも、異常だった。
「魔力の身体強化……じゃないだろうしなぁ」
魔力は、上手く操れば自らの身体能力を強化できるらしい。より強い膂力を得たり。より速く駆け抜け、跳躍できたり。レーヴェンの力もそれに類似する様だが……やはり、父が纏う魔力の気配とは微妙に異なっている様に思う。
「……取り敢えず、まずは身体強化の練習からだ。安定さえすれば色々応用出来そうだし」
レーヴェンはまず、この不可解な力による身体能力の強化を優先する事にした。
『レーヴェン。お前の持つ力は、おそらく魔力を扱う要領と変わらぬと我は見ている。……よいか。力を扱う上で重要なのは、“流れ”を掴む事だ。無理矢理力を操り引き出すのではなく、力の巡り方や流れ方に従って正しく引き出す。…最初は難しいやもしれぬが、慣れれば即座に引き出せる様になるだろう。……案ずるな、お前ならできる』
脳裏に蘇るのは、先日聞いた父の教え。
流れや巡りに従い、その力を正しく引き出す事が重要であるらしい。
「……そもそも、まだ流れとか掴めてないんだよなー」
レーヴェンの前世は人間。それも、魔法とかよりも科学が大きく発達した世界の出身。魔力の感覚がいまいち掴めないのも無理はない。
これに関しては仕方の無い事だと割り切る外ない。気を取り直し、レーヴェンは自身の内側に意識を向けた。
自分自身を鑑みてその力がどういった形で流れているのかを探ってみる。
いつしか聴覚はあらゆる音を拾う事を放棄し、嗅覚もまた、鼻腔をくすぐる数多の匂いを感受する事を拒否する。
五感が機能する事をやめる程に、極限までレーヴェンは集中していた。
その状態が小一時間は続くが……
「…………駄目だ。全っ然掴めない」
……自身の力の流れを、掴めずに終わってしまう。
だが、完全に掴めなかった訳ではない。ほんの一部だけ、感じる事はできた。
後は完全に流れを掴める様努力を重ねればいい。
先は長い。レーヴェンという白龍は、なおも焦りを募らせた。