第十九話 翡翠騎士遭遇戦ー参ー
幾筋もの剣閃が交差する。
レーヴェンの手から現れた金色の剣と、ゲイルの手にあるククリナイフが幾度と衝突し、火花が散る。
レーヴェンは権能の身体強化で。ゲイルは魔力による身体強化と風魔法で速力を向上させており、ふたりの戦闘速度は最早常人の領域を遥かに逸脱していた。
「(レーヴェン……)」
その様子を、シュトルムは心配の念を含んだ目で眺める。何故だか生き返った我が子が、敵の最高幹部と思しき相手と対等に渡り合っている事実に驚きを隠せない。
何より……
「(我は“うっせぇ”だとか“ぶっ殺す”だとか……そんな汚い言葉を使う様な子に育てた覚えはないぞ…!)」
……場違いな事を考えていた。恒例の親馬鹿である。
それはさておき、未だ動かない身体では何も出来ない。故にレーヴェンの戦いぶりを観察するしかない。
それでも、父として心配の念は拭えなかった。
銀色に輝く幅広のククリナイフがレーヴェンの首に向けられる。それを察知した彼は首に権能の光を纏わせて防御。返しの手刀でゲイルの脇腹を払う。
強烈な衝撃と風圧が伴うが……手応えがない。
見ると、振り抜いたレーヴェンの腕が無くなっている。遅れて傷が開き、断面から血が噴き出てきて、レーヴェンは顔を顰めた。
「(なんだ? なにで斬られた)」
後方に飛び退いて距離を取りつつ、なにゆえ気付かぬ間に腕が落とされたのかを考察する。
しかしそれを許してくれる筈もなく、ゲイルは距離を詰めてくる。それをレーヴェンは残るもう片手で捌くが、腕一本の損失は大きく、徐々に手傷を増やしていく。
「(せめて一秒)」
それだけの時間があれば、権能で治せる。だが、如何せん距離が近すぎる上にゲイルの攻撃速度が速い。
「(コイツの力は再生。なら、再生の暇を与えなければいい)」
絶え間ないククリナイフの連撃。レーヴェンの再生能力は目を見張るが、矢張り戦闘経験の浅さが目立つ。
防御も浅く、攻撃の方も鋭さがない。付け入る隙は幾らでもある。
ゲイルが大きく踏み込んだ。そして振り抜かれる幅広の刃は、レーヴェンの首を落とさんと理外の速度で接近する。それをレーヴェンは上体を大きく逸らして避け、そのまま地面を蹴って回転。レーヴェンのつま先がゲイルの顎に直撃する。
ゲイルの方もまさか回避と攻撃を両立してくるとは思わず、レーヴェンの蹴撃を諸に食らった。
故に生じる僅かな時間。レーヴェンの腕が生えてきて、細かに付けられた傷が塞がり、再び龍毛に覆われる。
「(もらった)」
蹴りの後、一回転したレーヴェンが先に着地。そのままの体勢から踏み込み、手に覆われた光の剣を振る。当たればゲイルの身体は縦に真っ二つにされるのは間違いない。
「甘い」
風圧。ゲイルの身体が飛ばされる。振り抜かれた光の剣は間合いが足りず、空振りに終わった。
ひらりと体勢を整えて着地したゲイル。
しかし先とは違ってすぐに突っ込んでは来ない。お互い、間合いを取り、相手の出方を伺っている。
「(……情報を整理しよう)」
ゲイルは幅広のククリナイフの使い手だ。技量も年齢にそぐわず非常に優れ、オマケに風魔法の練度が高い。レーヴェンから見ても、同じ風魔法の使い手であるシュトルムにも届くかもしれないと感じていた。
だが、先程自身の反撃に振り抜いた腕を切り落としたあの攻撃。その正体が分からない。何より……
「(なんでコイツ……僕の龍毛を突破できる?)」
龍毛は龍鱗に匹敵する硬度を持つ。そう易々と突破できる代物ではない筈だ。毛を掻き分け、肉体に到達するのは一朝一夕ではない。
「(……もしかして)」
ひとつの可能性に至る。もしもこの可能性が正しければ、相当姑息な小細工だ。
ゲイルが踏み込む。瞬く間に距離を詰め、その剣を振るう。レーヴェンが右手で権能を纏いながら受け止め、先程と同じ様に返しの手刀を放つ。
「(馬鹿だな)」
同じ手口。通じる筈もないのに繰り返すこの龍を、心の中で嘲笑する。
「(【嵐帝龍】の子供も……所詮はこの程度)」
同じ動きは通じない。先程と同様の手法で、レーヴェンの腕を落と────
「やっぱり」
ガキン、という音が鳴る。見ると、もうひと振りのククリナイフが、レーヴェンの腕の上で停止していた。
「もうひと振り隠してたか。ご丁寧に、魔法で風切り音を消しつつ風圧で毛を掻き分けて」
ゲイルの斬撃がレーヴェンの龍毛を突破できた理由。
それは風魔法を刀身に纏わせ、剣身に纏う風圧で毛を掻き分けて肉に、骨に到達させていた、という仕掛けである。
レーヴェンの予想は当たっていた。そうでもなければ、矢すら弾き返す龍毛が、特に仕掛けのないククリナイフに突破される事などないのだ。
「(嘘だろ…!)」
驚愕と共に、ゲイルは焦った様子で後退しようとする。……が。初撃に振るった方のククリナイフを突然掴まれた。突然の事態に対処できず、足を止めてしまう。
「遅い」
一瞬の隙を突いて…突き出されたレーヴェンの拳がゲイルの腹に突き刺さった。
龍族の膂力から繰り出される打撃は、魔力を全て集中した上での防御でも防ぎきれず、その衝撃がゲイルの全身に迸る。
ゲイルが踏ん張る事すら許さず、瞬く間に吹き飛ばされ、壁に激突した。
「……勝負あっ」
レーヴェンの喉元に違和感。視線を移すと、ひとつの短剣がレーヴェンの喉に突き刺さっていた。刹那の間に音もなく投げ飛ばしたのだろう。
ゲホッと吐血するものの、レーヴェンを殺すには至らない。若干痛がりながら短剣を引き抜いた彼は、傷口を即座に塞いでしまう。
「ははっ……なん、なんだよお前……喉ブチ抜かれて死なないとか…反則だろ……」
ふらつきながら土埃から出てきたゲイルは、苦しそうにしながらも悪態をつく。
出せる手札は一通り使った。それでもレーヴェンには届かない。
「そうは言われても。治るもんは治る訳だし」
「……ふざ、けるなよ。なんで、僕が…龍族……なんかに……!」
「そうやって平然と他人を見下す奴なんて、たかが知れてる」
レーヴェンが光の剣を腕に纏わせながら歩み寄ってくる。その目には、確かな侮蔑の感情がこもっていた。
その感情を孕んだレーヴェンの眼と、ゲイルの眼が交差する。
「はっきり言うけどさ。君なんか…………ただの小物だよ」
ゲイルの口から、は、という細い声が漏れる。ゲイルの目が怒りや憎悪、殺意に染まり、それを示す様に血走る。
「先の戦闘だってそうだった。相手を常に自分より下に見てるのはすぐ分かった。だからあんな罠にあっさり引っ掛かるんだよ」
それでもレーヴェンは口を閉じずに続ける。実際問題、もう少し平静であったのなら、レーヴェンを仕留めるまではいかずとも、善戦する事は可能だった筈なのだ。
……が、龍族への差別意識を抑えられず、見下して事に当たった事が災いし、レーヴェンの反撃を諸に受けた。
この時点で既に負けていた。常に平静であり、相手を最大限警戒し続けていたレーヴェンが、ゲイルよりも遥かに上手だったのだ。
「…………れ」
「ん、何か言っ……っと…!」
独白したゲイルの言葉を聞き取れず、聞き返したレーヴェンは、突然ゲイルの魔力が膨れ上がった事実に気付き、後方へと飛び退いて避ける。
黒い風。その風に吹かれたもの全てを刻み、消し去る死の嵐。
レーヴェンとシュトルムは、その魔法を知っている。
「……この魔法は、父さんの…!」
「“黒嵐禍”……だと」
風魔法の極地。シュトルムだけが操れると言っても過言ではない、死の嵐を顕現する魔法。
それをただの人間が、あろう事か操っている。
「……黙れよ、蜥蜴風情が……! お前も、この僕を見下すのか…!! ……許さない。バラバラにして、生きている事を後悔させてやるッ!!」




