第十三話 力の使い方ー壱ー
「【嵐帝龍】への魔導機械の取り付け、完了致しました」
「分かった。では、あとは手筈通りに地脈への干渉が可能かの実験を開始する様に」
シュヴァリア帝国の執務館。“紫晶騎士”ルークの執務室に訪れていたひとりの騎士からの報告を受けたルークは、淡々と指示を降していく。
ルークからの指示を受けた騎士は一礼と共に部屋を後にすると、ルークは疲れを示す様にため息をひとつ零す。
「……あと、五体」
【焔帝龍】イグニース。【砂帝龍】サンドラ。そして、【嵐帝龍】シュトルム。
この三体と、かの龍達が収めていた地は、既にシュヴァリア帝国が制圧し、龍脈の干渉・操作を行っている。
だが、帝国が未だ討伐できていない“帝”の龍がいる。
【海帝龍】オケアノス。
【輝帝龍】リュミエル。
【闇帝龍】ゾディアク。
【空帝龍】ウーラノス。
【時帝龍】クロノスタシス。
上げるだけでも、まだ五体も残っている。帝国から見た人類の脅威は、まだ五体も存在している事になる。
その中でも特に厄介なのが、【空帝龍】ウーラノスと、【時帝龍】クロノスタシス。“空間”と“時間”を司る存在である事もあり、帝国はこの二体の所在を未だ掴めずにいる。
「(だが、帝龍達を仕留めれば…地脈の過度な乱れを正そうと必ず現れる筈……そこを討てばいい)」
ルークが生まれながらに持つ常軌を逸する演算能力が導き出した答え。
その日が来たるまで、彼は今日も演算を続ける。
全ては、己が忠義を捧げるシュヴァリア帝国の為に───
『さて。まずはお前さんの今の実力を知りたい。……という訳で…じゃーん!』
龍脈の最奥、バハムートの住処。
嬉々揚々としてバハムートが見せてきたのは、どことなくレーヴェンに似た、青色に淡く輝く何か。
それを見たレーヴェンは、呆れの感情と共に顔を顰めた。
『……なんですか、これ』
『儂の特製“レーヴェンを強くしちゃう自律戦闘人形”じゃ!』
『(ネーミングセンス……)』
想像以上にネーミングセンスが壊滅的な巨龍から目を逸らしつつ、レーヴェンは問う。この人形らしきものの用途を。
『これはレーヴェン用に誂えた人形でな。まあ儂の意思に関係なく戦ってくれるものじゃよ。因みに今は動かない様にしとるが、動く様にしたら容赦の欠片もなく襲ってくるから用心せい。……じゃ早速』
『え…どわっ!?』
バハムートが早速、と口にした瞬間、青いレーヴェンが一息に距離を詰めてきて、右前肢の大振りをかます。
すんでの所で反応したレーヴェンは後方に飛び退く事で避けるが、青いレーヴェンは体勢を整えるまで待ってはくれず、普段のレーヴェンでは有り得ない脚力で跳躍し……あっという間に制圧してみせた。
『そこまで。……反応が遅いぞお〜?』
『不意打ちは卑怯でしょ!!』
『何を言う。戦いとはこういうものじゃよ。卑怯もクソもありゃせん。勝った方が正しいのだからな』
人形の自分に押さえられたレーヴェンにはぐうの音も出なかった。
実際自分は不意打ちを諸に食らって、結果として負けたのだから。レーヴェンは納得してしまう。
『ぐうぅ……もう一回お願いします!』
『心意気やよし。さあ、次はどこまでもつかな?』
再びレーヴェンの人形が襲ってくる。
対してレーヴェンは焦らず人形の動きを見ては、振り下ろされる左前肢を軽く身体をずらして避けつつ、反撃として右腕の爪を振るう。
『(ほお……)』
その様子を見ていたバハムートは、素直に感嘆する。先程とは打って変わり、レーヴェンの動きが良くなっている。
身体の使い方の上手さに加え、回避動作もまた先の隙が大きい動作から“次”に備える為、最小の動作で確実に避けられる動きに切り替わって立ち回る様になった。
『(恐ろしい程に身体の扱いが上手い。元が人間であったと聞いておるが、想像以上。……じゃが)』
うぐっ、という呻き声と共にレーヴェンが人形に身体を押さえ付けられてしまい、地に伏する。
先程と違ってそこそこの時間粘る事に成功していたが、そこまで。攻撃に転じる暇もなく、捕まった途端組み敷かれてしまった。
『(矢張り……レーヴェンが思い浮かべる動作と、肉体の動作が噛み合っておらぬ)』
その原因を、バハムートは見抜いていた。
見ていて思った事が、時折レーヴェンの動作にぎこちない時がある、という点が気になっていた。それがあるせいで人形に隙を突かれてしまい、そのまま倒されてしまうのだ。
元人間、という事実がある以上仕方ないのかもしれないが、これは早急に対応せねばならない、レーヴェンの“弱点”である。
『レーヴェンや。お前さん、もしや龍の身体が合ってないのではないか?』
『……バハムートさんも気付いたんですね。…僕も薄々感じてはいたんですけど……矯正の仕方が分からなくて。父さんには、話しにくい内容でしたし…』
『うぅむ、そうじゃのう……となると、まずは身体の扱いを磨く以前に権能を伸ばすべきかもしれんの』
───という訳で、まずは身体の扱いを極める前に、権能の制御と出来る事の把握から始まる事となった。
『まぁ、まず権能とは何かしらの概念的現象を、世界が能力化したものであると、前に説明したのを覚えておるか?』
確認の様にそう聞いてきて、レーヴェンは迷わず首を縦に振りながら返事をする。
よろしい、と告げたバハムートは口を開いては話に戻った。
『その能力は様々。個人によって引き出せる現象は異なり、少なくとも同一の効果をもたらす様な権能は、同時期に存在できぬ。また、権能の中には相性の善し悪しがある場合もあるから、注意するのじゃぞ』
『そして、権能には魔力に似て非なる莫大なエネルギーが流れておる。それを上手く活用すれば、身体能力、身体強度、五感が強化され、普段以上の動きを実現出来る。お前さんはそれが大体出来る様じゃから、今回教えるのは省くぞ』
『肝心の権能によってもたらされる現象……これに関しては、お前さん自身で解き明かさねばならぬ。権能の厄介な点と言ってしまったらアレだが、使い手の認識や解釈によって、出力される効果は大きく変動する。お前さんはまだ、“治癒”の効果をもたらすものであると解釈してしまっている故、その形でしか力を引き出せんのだ』
一息で説明を受けた訳だが、レーヴェンにはすんなり頭に入った。
今や魂だけの存在となった彼には、情報処理は非常に容易い。脳…肉体がある場合は個々に能力上の限度がある為その限りではないが、それらの制約がない今のレーヴェンは見聞きした情報を素早く処理できる。
それはさておき、レーヴェンは耳にした話を元に、改めて頭を抱えた。
“権能への認識と解釈”。これが最も厄介な要素であった。
もし自分の権能が『生命力の活性化による治療』以外にも何かあったのだとしても、レーヴェンには皆目見当もつかない。
『レーヴェン。焦る気持ちは分かるが、焦りは最大の敵といえる。まず、己が力を読み解く事を優先すべきだと、儂は思う』
『……でも』
『二度も言わせるでない。まずはお前さんの権能を解き明かす事を最優先にしなさい。力を理解し、意のままに操れる様になれば、いくらでも応用できるのだからな』
『…………分かり……ました』
念入りに釘を刺され、レーヴェンは渋々といった様子でバハムートの身体の上を駆け、彼の頭から離れていく。
『……お前さんが焦る気持ちは、よぉく分かる。だが……焦りすぎて掴めるものを掴めなかったら、なんの意味もないのだ。今後のお前さんの強さは……レーヴェン…お前さん次第なのだ』
申し訳なさそうに四つの眼を細めたバハムートが零した独白は、最も伝えたい相手には届く事なく、虚空に吸い込まれて…消えていった。