第十一話
どくどくと、身体を廻る血液が抜けていく。
それに伴い体温が下がり、同時に先程まで感じていた痛みも感じなくなり始めた。
否応無しに、レーヴェンは理解していた。自分は死ぬのだと。
前世でも自分は死んだ。だが、その死に方は、今世と前世ではあまりにも違いすぎた。前世は崖崩れに巻き込まれた事による転落死。しかし、あの時は頭が潰れ、一瞬だけ感じた激痛以外の感覚を感じる事なく即死した。
しかし、今世では? 血が抜けていく事による体温低下の寒さ。腕の喪失を含めた身体中に負った無数の傷から伴う激痛に苛まれていたのに、それすらも感じなくなってきて。
じわじわと、死の気配が忍び寄ってきているのが、嫌でも分かってしまう。
「(嫌だ……死にたく、ない)」
即死と、じわじわとやってくる死。……どちらが恐ろしいかなど、一目瞭然であった。
どれだけ治癒の力を掛けても、死の恐怖から上手くいかなくて……回復よりも失血の方が早い。
「(……嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ…!)」
死にたくない。死への恐怖に苛まれながらも生にしがみつこうとする。
……しかし、レーヴェンにはもうその体力も気力もない。
「…………と、う……さ……」
───最後の最後に絞り出した言葉は、父への呼びかけだった。
それを最後に、レーヴェンの意識は…………闇に沈んだ。
「レー……ヴェン…!」
全身からおびただしい量の血が溢れ、情けなくも地を這いつくばりながら息子の元に、シュトルムはやってきた。
息も絶え絶えで、このままでは自分も死ぬ事は、分かっている。
……それでも。
「死ぬな……頼む、死ぬな……!」
シュトルムは動かないレーヴェンに触れ、残り少ない魔力を振り絞って聖属性の治癒魔法を掛ける。
……しかし、どれだけ魔力を注いでもレーヴェンの傷は塞がらず、それどころか体表の熱は徐々に失われ、冷たくなっていく。
「…駄目だ……逝くな……死なないで、くれ…! レーヴェン…レー…ヴェン…!!」
魔力の全てを振り絞っても、レーヴェンの身体はなおも冷えていく。
それでも。シュトルムには諦められない。
唯一愛した、妻が遺した…たった一人の息子。失いたくない。失ったら、自分は…自分の存在意義が……無くなってしまう。
……やがてシュトルムの魔力が尽き、治癒魔法が途切れる。大気の魔力に干渉するだけの余力も、もう残っていない。
「……また…なのか…? 我は……妻も、森も……我が子、さえ……守れぬと…言うのか…!」
シュトルムは妻を喪ってから、自分が嫌いだった。たったひとりの妻さえも守り切れない自分が、どうしても好きになれなかった。
だけど……妻が遺した我が子には、同じ目に遭って欲しくなかった。せめて…せめて幸せに生きていてほしかった。
───それ、なのに。
レーヴェンは呼吸も、心臓の鼓動も止まってしまっている。手遅れなのは、明らかだった。
シュトルムの手から力が抜ける。
もう、どうでもよくなった。森を、龍脈を護る己が使命も……何もかも。
その全てが、たった一人の息子が幸せに生きていける為だったから。
だが、息子は……レーヴェンは、もう居ない。
地に伏して嗚咽を零す中…………シュトルムの元に現れたのは、九人の人間。
“九聖騎士”達だ。
「……息子との別れは済んだか?」
“金剛騎士”のグリシャ・ダイヤモンドは目を細めてはそう問い掛けてくる。
対してシュトルムは虚ろな眼でグリシャの方へと視線を移すと……掠れた声で呟いた。
「……もう、好きにしろ。……我も、この森も」
「なに?」
「我には…もう……守るものなど……何もない」
……もう疲れた。自分がひどく無力で、大切なものを何ひとつ守れない無力な龍であると、これ以上ない程思い知らされたから。
全てを諦めたシュトルムは、そのまま意識を落としたのだった。