毒林檎を恋敵に渡す〜王子を無理矢理娶らされるからお飾りならいいですよ?こちらはこちらで好きにしますので〜
白雪のように、真白い頭を持つ平民が婚約者と恋に落ちた。
この地方では雪は降らないので、雪の白さを知るものはこの学園に自分以外いない。
つるり、つやり。
赤くて蜜がたっぷり入ったりんごを、指先で愛おしそうに撫でるはストライト・パルミティア。
ストライト商会の次期会長兼社長である少女。
噴水の横にある花壇のさらにさらに、隅にある木の幹に二人。
不実の恋を密かに育てる男女が立っていた。
見えないようで、それを見つめる二つの目はしっかりとターゲットを捕捉している。
しっかり証拠をと、横にいる男に声をかけると新発売しているポロライドカメラを動かす。
このカメラはパルミティアの今年特に大売出しを期待している発売商品だ。
その性能の良さは現に今、少女に今後の人生をよくしてくれる活躍を見せている。
来年に押し出していくりんごをテーブルから見つめて、薄ら口元に笑みを浮かべた。
「エイニブル。上手く撮れた?」
「このカメラで上手く撮れないなんてことはない。しっかり二つの顔を写した」
商会の次期会長補佐、副会長候補のエイニブルは眉間にシワを寄せて不貞二人を嫌悪の表情で眺める。
気持ちはわかる。
見ていて不快だ。
「これで溜めていた証拠を放てば、王家も第五王子を理由に介入してこれなくなるね」
「ああ。ウチの跡取りに王家の血をってのをうりにしていたのに、他の隠し子を作ってそうな行動をとるんじゃ血のうりが薄くなる。不貞行為について記載されている契約書もちゃんと用意してあって、お前もやるよな」
パルミティア大好きな家族は、大商会にまで育ったからと王家が王子を勧めてきたときは断った。
パルミティアとしてはお飾りの夫ならよいと承諾。
しかし、婿なので他に子供がいてトラブルになると相手の不貞を許すまじという契約書にサインさせている。
王家は、お飾りでもいいと思っているからこそ。
嫌ならばこの話はなかったことになると言っても、契約を結ぶことに同意した。
両家共に意義のあるものと思わせるテクニックにパルミティアはかなり尽力した。
転生者として、現代の価値観を持つものとしての知識を発揮させて商会を広くするのに頑張ったのだ。
なのに、どこぞの王家に自身の婚姻にケチをつけられる怒りをじわりじわりとお返しする計画を練っている。
エイニブルも転生者と知っているので、すでに阿吽の呼吸だ。
王家の介入に関しては、別にそれほどでもという気持ちだったが己の婚姻に結び付けられて、密かに怒りを火山のように煮えたぎらせていた。
それならばこちらだって好きにさせてもらおうと思った。
どうせ、縁談を拒否しようと今後もなにかしら介入してこようとしてくることを思えば、こちらから王子を取り込み前にでも出しておけば黙るだろうと考えたのだ。
「これでもう邪魔されずにいられるな」
そして、可能性としては五分五分だったが王子が浮気でもすれば儲け物だなと放置していた。
正直こちらになんの旨味もない婚姻。
得するのは王子と王家だ。
「うん。二人で頑張ってきた成果が漸く身を結ぶね」
パルミティアは王子と愛人か不貞の相手か知らないけど、その子を伴い二人をどこかに押し込める予定をしている。
王家がなにか言ってきても二人は愛を育んでいるのでとなる。
契約を軽んじたのは二人だし、王家だしと。
契約を破った王家側はもうなにも口を出せなくなった。
パルミティアがお飾り王子ではなく、本当に愛する人を伴っても邪魔されない環境が整った。
愛人にはすでに用意をしているから、何が起きても対処できる。
早速、卒業間近になって王子の恋人へとあるものを送る。
赤い赤い、真っ赤なりんご。
それを見た恋人は、おそらくそれを口にしたのだろう。
「ひっ。いや、いやよ!」
別れようとしたが、パルミティア達は許さずに王子と未来永劫付き合い続けていくということを念押しした。
すでにその娘の両親が経営する店の周りには上位互換の店が建っていていて、なぜそうなっているのかは知らせず木綿のようにじっくり、パン屋がなくなる様を体感させる。
「どうしたというの?」
女の悲鳴に両親は驚いたが本人は語りたがらずなぞのまま。
最近、素っ気なくなってしまった恋人が付き合ってくれないのか、王子がこちらへやってきて暇つぶし目的に話しかけてきた。
何をしにきたのだろうと首を傾げる、パルミティア。
「最近、近寄ってこなくなってしまった」
どうしてだと思うからと聞く第五王子に聞かれてバカを見る目で相手を観察して、教えてあげる。
「婚約者がいるのに付き合う異常性は、異性に好まれるとは思いませんけど」
冷たい、冷ややかな、冷凍光線が出せそうな目でアホを見る。
この説教でわかるならば、こんなことをしないと思うが。
「パルミティア。婚約者なのになんなのだその言い方は。王族に対して不敬だ」
エイニブルは鼻で笑って側で聞いていた。
王家である理由が弱くて話にならない。
相手に対して侮蔑に近い感情を抱く。
浮気しておいて、聞きにくる神経がわからない。
王や近しい人たちから、お前はお飾りだと教えてもらってないのだろうか?
「王子、婚約者がいるのなら恋人を作ってはならないことをなぜ理解できないのですか?」
王子にしっかり言い聞かせる。
「はあ?おれは王族だぞ?愛人の一人や二人、いてもおかしくない。父にはたくさんいる」
やはり倫理観がおかしい。
「そうですか。王家の男事情なんて聞きたくないので今後そういうことは言わなくて良いです。耳が汚れる」
頭から突き飛ばしたい気持ちに駆られる。
汚い事情など聞きたくもない。
なんにもなってない。
ノブレスなんちゃらのカケラもない。
「なんだ。その態度は!」
この世界にはそういうのもなさそうなので、家族何ちゃらの責務もプライドもないみたいだ。
「言い草も何もそのままの意味よ。二度と言わないでくださいませ」
もう、その愛人だか恋人だかの方に王子への情は消え去っていそうなのだけど。
「失礼な女だ。婚約をなかったことにされたいのか?」
普通、気付くけれど甘やかされ王子なので考えもつかないことなのだろう。
「されたいですわね」
あわれ。
哀れなのは彼女かな。
「なっ、なっ、な!」
何もわからないまま、退場するのだから。
そのままの意味だ。
これを計画する時、楽しかった。
何かと言うと、こういうミステリーというか、黒幕的な立ち位置を一度でもやってみたかったから。
誰だって、誰かを手のひらの上で踊らせてみたいという願望はあるはずだ。
浮気相手は、王子相手にもうやってられないと離れた。
彼に近付くものは、もういないだろう。
あの浮気相手しか。
王子の今後を思えば、退路もない状態で、表舞台に立つことが難しくなる秘密を知るこちらの方が、有利なのだ。
それに、王子の血を絶たせるつもりだ。
王子とも夫婦にならない。
幻覚剤を要して、他者の子供をもうける予定をしている。
そうしないと、気持ち悪くてしかたないような相手なので。
パルミティアは愛する男との子供が欲しいのであって、王子の子供なんてとんでもないことだ。
王家に頼まれたからといって、請け負うとは本音では誓ってないし。
気持ち悪いと二度目、何度目の感想しか感じない。
「いいんですのよ?お父上に頼んでもらっては?」
挑発すれば王子は出ていく。
「もう、お前にはなにも言うものかっ」
たとえ、憤ったまま行ってしまっても。
気にしない。
頼んできたのは王家から。
それに、王子が言わないと言っても、誰も頼んでない。
恋人のことを相談されて、どういう反応を期待していたのか。
想像するだけで吐き気がする。
それは可哀想に?
慰めようか?
恋人とのデートをセッティングしましょうか?
などなどが浮かぶ。
どれも、まともな思考をしていたら言わない台詞である。
パルミティアは、王子は心を乱しておりますと王家に向けて手紙をしたためた。
浮気などはどうでもいいが、予定を狂わせようとしているけれど王家の総意ですか、という非難と抗議だ。
王家など金のない特権階級としか思ってないのだから、パルミティアの立場が今や上だ。
金のある方が今の時代の勝者。
王家には金がない。
うちには金がある。
だからこそ、うちと繋がりが欲しいからこそ、一番役に立たない端くれを寄越したのだ。
ありがたがる方が可笑しい。
エイニブルがいなくなった王子を鼻で笑って、また来るなと予言する。
「困った王子様だな」
と、慰めてくれる。
彼は、副会長予定なので常にいる。
本当に、エイニブルは優秀だ。
写真の偽物を使ったりと、色々手配してくれたのだから。
うっそりと息を吐くパルミティア。
王子が数日後、大変丁寧な謝罪を記した手紙を寄越してきた。
それはもう、とてもとても。
『あなたの言葉を全て聞くように父上に言われた』
との言葉を書いていたので、せせら笑った。
長引くかと思われたが、そうでもなかったわねと二人で乾杯する。
「王子、これ書いたの本人だと思う?」
「線が真っ直ぐだ。真っ直ぐということは冷静なやつが書いた。それは代筆だな」
「そうよね。相変わらず意気地なしなのねぇ」
本人ではないことは、重要ではない。
襲撃されないように、感情をコントロールしておかないとね。
「さて、そろそろ婚儀の用意をしないとね」
「ふうん。あいつとこれから、四六時中顔を合わせなきゃいけないのか」
「安心して、碌に部屋にさせることはないから。うちには重要な案件があるのよ?入らせるわけないじゃない」
くすくす笑って彼に述べる。
エイニブルは然もありなんと、笑みを深めた。
婚姻の日。
「ふん!もっと高いワインを飲みたい!」
王子がうちに入る日はやはりえらそうだったが、深酒をさせて幻覚を見せるものを使い、さも自分と過ごしたと思わせる。
「なぜ!?おれの家はここだ!」
しかし、すぐに王子と浮気相手との家を用意して、家に二人を押し込めた。
「なにをする!?離せっ」
「あの可愛い恋人と過ごせる家を用意したので、そこに住んで。うちにあなたを住ませる場所なんてないわ」
馬車には、例の恋人がいた。
今やその両親の経営も危うい。
その親達にも、あなたの娘がうちの殿下を誘惑したのだと言ってあげた。
「はぁ!?」
「王子……王子」
開いた馬車の中からか細い声が聞こえる。
あの女だ。
王子は、か細い声に気付かず馬車に無理矢理、乗せられた。
王子は、中に入ると今度は恋人のはずの女に色々質問する。
が、その子に答えられることなどない。
遠くになっていく馬車を見送る。
見送るのは最後の慈悲。
慈悲に文句ばかりのあの男はつくづく、救いがないものだ。
そんなんだから、押し込められる。
カタカタと遠くに、マメマメしくなっていく馬車。
エイニブルがそろりと出てきた。
「漸くいなくなったな」
「ええ。王家にも証拠がありすぎて、文句も言えなくなっちゃったみたい」
「自業自得だなぁ」
改めて商売を広げ、さらなる商戦へと身を投じた。
凄く充実している。
副会長の予定もすぐに、なくなる。
もうすぐ副会長就任。
「どうしたの」
「ああ、あの王子が暴れてるらしい」
用意した家と、小さな町にしか行き来できないストレスのせいか、乱暴な部分が剥き出しになっているらしい。
ついに、恋人にも手を出し始めているらしい。
暴力に走っているとか。
とはいえ、王家で育ったぼっちゃんなので恋人のやり返す方が、強烈らしい。
恋人の彼女に、王子に怪我を負わせても許されることを囁いておいてよかった。
「ああいうタイプは、いつまでもずっと上だと思い込んでいるのよね」
いづれあの男が、暴れることが予測されていたので先に手を打っておいて、よかったよかった。
愛する人と過ごすことは最高だ。
王子らを見習っているだけなので、なんの問題もない。
そろそろ、水関係の商機も湧き上がってきたので、そちらに手を出し始めようかなと思案した。