2話 ニート、やらかす
…………そうして、今に至るという訳だ。
一旦状況を整理しよう。
俺はそういう経緯で蘇生装置を完成させた。
実験などはしてないが、理論上完璧な装置を作ったはずだ。
そして、ついに完成と言った所で俺の体力は限界に達し、そのまま装置に入ってしまい、目が覚めると……女の子になっていたという訳だ。
「……うん、やっぱ意味わからん」
その後何回も写真を撮ってみたり自らのからだを見回してみたりするが、やはりその事実は覆らない。
ただ1つあるとすれば、この体には生殖器が付いていないということくらいだろう。
だから俺のこの体は厳密に言うと女の子では無いのだが、見た目はどう見ても女の子である。
もとより使い道のないものなので別に嫌な訳では無いのだが、なんだか不思議な感覚だ。
「って、こんな事してる場合じゃない、まずは実験だ」
俺がこんな姿になってしまった理由は後で考えるとして、まずは本当にこの装置が正常に作動するのかどうかを確認する必要がある。
その為にもまずは何か手軽な実験台が欲しいのだが…………。
「そうだ、あの時使ったラットが居るじゃないか」
蘇生魔法の実験で使ったあのアンデッドとなってしまったラット、あれはその後すぐに息の根を止めている為その死体がどこかに転がっているはずだ。
もう何十年も前の出来事なので白骨化したりはしているだろうが、まだその骨はどこかにあるはずだ。
しかし、辺りをキョロキョロと見回してみるが、それらしきものは発見できない。
「…………んぁ、そうだ食ったんだった」
食料の供給が無くなり始めてすぐに空腹は限界を迎えた。
魔法や薬を使用して何とか死なないようにはしていたが、それでもその不快感はおおよそ人間に耐えられるようなものではない。
そこで、俺は周りにある何となく食べれそうなものなら全て食べた。
その結果として、今使おうとしていた白骨化したラットも食べてしまったのだ。
まぁ、少し面倒なことにはなったが、やることはそこまで変わらない。
まず、DNAを取ったとしても俺はまだこの装置を動かすことが出来ない。
なぜなら、この装置を動かすためにはクローンを作るための材料が必要だからだ。
タンパク質や脂質、これらの肉体を形作るにあたって必須の材料はこの装置で生成することが出来ない、その為それをどこかから調達しなければいけないわけだ。
ただ、あいにくこのシェルター内にあるそういったものは俺の空腹を凌ぐために使用され尽くしている。
「はぁ……外出るか」
ここに無い以上他のところから調達するしかない、昔みたいに頼んだら届けてくれるような状況でもないのだ。
その時にラットに代わるDNAも調達しよう。
俺は長らく開くことのなかった地下シェルターの扉を開けていく。
電力を使用して人間の力の何倍もの力で開くその円形をした扉は動作はしているものの、中々動いてくれない。
どうやら何かが引っかかっているらしく、動力部に電気を流してやるとやっとの事で重々しい音をたてながら俺に外の風景を見せてくれる。
「…………はは、やっぱりこうなるよな」
俺は変わり果ててしまった外の風景を見て乾いた笑みを浮かべる。
想像はついていたが、いざそれを目の前にすると流石に思うこともある。
崩れた建物に舞い散る砂塵、生ある物の気配のしない廃墟には厚い灰が振り積もっている。
やはり人類は滅亡していた。
シェルターは家の地下室から入れるようになっているため、まずここから出た瞬間外の風景が見えるという時点で明らかにおかしいのだ。
ま、想像はしていた。
物資が届かなくなった時点で外で何かが起こっているという事は分かっていた。
調べればよかったのだが、その時は全ての時間を研究に捧げていた為それもしていなかったので正確な事は分からないが、何らかの事象が起きて人類が滅ぼされたか世界が滅んだかそんなような事が起こったのだろう。
とは言ってもそれに対して俺が出来ることなんかない、今はただ目的を果たすだけだ。
うちはかなりの豪邸だし、そこを探せばある程度の食料品なども見つかるだろうし、住んでいたはずの人間などの死骸があったとしてもおかしくはないだろう。
そう思いあたりの散策を続けるのだが、何やら体の調子がおかしい。
「げほっ、ごほっ……」
シェルター内に居るうちは特に何も感じなかったが、外に出て少し経ってから咳がとまらなくなってきたのだ。
それに、吐き気や脱力感もあり、胃の中にものがあればすぐさま吐き出してしまいそうだ。
回復魔法を使うと何とか収まりはするが、焼け石に水のようですぐにまた吐き気を催してしまう。
「何が起こってんだ……? っ、とりあえず先を急ぐか」
この調子だとこのまま外で活動を続けるのは少し厳しそうだ、目的のものを確保してさっさと戻ろう。
瓦礫の中を掻き分け何か無いかどうか探していく。
すると、あるところにかなりの量の食料品が残っていたのを見つけることが出来た、恐らくここは元キッチンか貯蔵庫かなにかだったのだろう。
もう腐ってしまっているものの多そうだが、材料としてはそんなものも関係ないし、できる限り持って帰ろう。
あとは、DNAだけだが……。
「ん? あれ、これって……頭蓋骨?」
この感じだとこの瓦礫に押し潰されてそのままここで死んでしまったようだし、ここの従者か何かだろう。
もしくは……俺の家族かだ。
ともかく、これがあれば実験をすることができる。
俺は急いでシェルターの中に戻った。
「はぁ、はぁ……おぇ、気持ちわる…………」
中に入るとすぐに思い切り息を吸った。
あの体調の悪さはあそこ辺りに舞っている塵を吸い込んだ事によるものだと思いできるだけ息を吸い込まないようにしていたのだ。
シェルターに入り、もう一度回復魔法をかけ直すと何とかその体調の悪さは無くなった。
「さて、とりあえず……飯でも食うか」
先程までは目的を達成することを最優先に動いていたため我慢したが、俺の空腹はもはや限界であり、食えるものなら何でも口にしたい程だ。
この食料は実験のために使う用のものだが、少し食べるぐらいなら大丈夫だろう。
手に取ったのは持ってきたものの中でもまだあまり腐っていなさそうなフルーツの缶詰だ。
プルタブに手をかけグッと力を入れると缶詰からプシュッという音が鳴る。
少し嫌な予感を感じながらも蓋を開けると案の定中は少し変色していた。
「…………まぁ、死にはせんだろ」
食中毒くらいならいくらなっても耐えればいいだけだ、ちょっと腐ったりしたぐらいでそこまで致死性の高い毒素など発生しまい。
原型も留めているし、久々に嗅ぐ甘い砂糖の匂いは理性とは関係なしに俺の体を突き動かす。
シロップが手に付くことなど気にせずにまだ慣れない小さな手ですくい上げると、すぐさま口の中に放り込む。
「ん、んーーっ!」
甘い、甘すぎる。
口の中に含んだそれは長い間食べ物を口にしていなかった体には刺激が強すぎた。
魂は慌てた様子で体に司令を出し、1口、また1口とフルーツを口に運ばせる。
そして、その缶詰の中身を全て食べ尽くした後、体に残ったのは乾きだ。
食料が無く、何も食べることが出来なかった時はこんな感覚は一切なかった。
飢えはあったが、これ程までの乾きでは無かった。
「…………あと、もう一つだけ」
今持ってきた程度の食べ物があれば人一人生き返らせる程度なら訳無い筈だ。
あと少しこの中から減ったとしても十分な量はある。
「んっ、ダメだこれ、美味しすぎっ……!」
あと少しと思いながらも目の前に広がる誘惑達に俺の体は抗うことが出来ず、みるみるうちに食料達は俺の腹に収まっていく。
そして…………。
「……やば、食べすぎた」
先程までたんまりとあった食料は三分の一程までに量を減らし、人間一人を作るには少し不安
それに、さっきの場所にはまだ食料もあったし、あそこにある程度の量があれば数回実験をする事も出来る。
それに、最悪失敗したとしてもその肉体は残る訳だし、再利用すればいい。
仕方ないのでもう一度覚悟を決めて外に出ようと思っていると、脳裏に嫌な考えが過ぎる。
そう、アナフィラキシーショックだ。