1話 ニート、恋をする
俺は数ヶ月にわたる不眠と絶食による強烈な不快感に必死に耐えながらある装置のプログラムを構築していく。
我が女神である烈火凛音ちゃんのために作っているこの装置は何と、人間を生き返らせる事が出来る装置なのである!
仕組みを言うと長くなってしまうが、あと少し、あと少しで完成するのだ!
「烈火ちゃん……今、生き返らせてあげるからねぇ!」
以前とは比べ物にならないほどやつれ、細くなってしまった指を使って装置の制作の最終段階へと入っていく。
「よし、できた! 後は実験をすればいい…だ……け」
装置が完成し、起動にも成功した、後は実験の後、この装置を使えばいいだけ、そのはずであった。
なのに…………。
力が入らない
それもそのはずだ、様々な薬や魔法のお陰で何とか生きながらえていたが、それでも数ヶ月の不眠不休に絶食などただの人間に耐えられるようなものでは無いのだ。
目の前がチカチカと点滅し、徐々に暗くなっていく。
目の前の装置がぼやけ、意識が薄れていく。
頭の中が霞み、体が重く、手足の震えが止まらない。
「烈火ちゃん……れっか、ちゃん……」
その言葉が、自分の口から虚しくこぼれ落ちる。
装置は眩い光を放ち、ウィンウィンという音が鳴っている。
しかし、その音も耳に届く前に、視界はさらに歪んでいった。
その時だった。
視界が突然揺れ、目の前が回転した。
足元が崩れ、意識が限界を迎えた瞬間、体は重力に引かれるように倒れ込み、装置のポータルの中心に吸い込まれるようにして引き寄せられた。
意識が遠く、遠くへと引きずり込まれ、目を開けてもその先はただの暗闇が広がっている。
「烈火ちゃん……」
その言葉を最後に、俺の意識はは完全に消え去り、装置の中へと飲み込まれていった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「んっ、んんー…………」
心地よい体の感覚と共に俺は目覚める。
なんだか体が軽い、まるで子供の頃に戻ったかのようだ。
そこで俺はハッとして飛び起きる。
そうだ、烈火ちゃんだ!
俺は今まさに烈火ちゃんを生き返らせるための装置を完成させたんだった!
あれ、だけどなんで俺はこんなにも調子がいいんだ? さっきまで酷い有様だったって言うのに…………。
俺は周りを見渡す。
「うぇっ!? な、なんで俺こんな所に…………」
俺は何と蘇生装置の中心部に寝転がっていたのだ。
あれ、というか俺この装置の中に入ってもなんともない……もしかして失敗してしまったか……?
一抹の不安を覚えながらも俺は装置の外へと出る。
「てか何だこの声、妙に高い…………」
自分の声に違和感を覚え、喉元を触ってみる。
妙にスベスベして触り心地がいい。
俺の喉ってもっと皮っぽくてザラザラしていたと思うんだが…………。
「ん、え? てか何この手?」
よく見たら手もいつものあの骨ばって汚ったない手ではなく、ぷにぷにしてそうな小さな手に変わってしまっている。
本格的に状況が分からなくなってきた。
装置の外に出てみると、なんだか自分の視界がいつもよりも数段低い事に気が付く。
やっぱり、何かがおかしい。
この部屋…………というよりこのシェルターと言った方がいいだろう。
このシェルターには鏡なるものは無い。
よって、俺の姿を映し出せるものと言えばカメラくらいしかないのである。
カメラを自分の方に向け、パシャリと1枚写真を撮る。
何気に初めての経験だ。
「……こ、これは?」
短く黒いショートヘアにつぶらな瞳、ふっくらとして淡い紅色に色付いた唇に小さくまとまった鼻。
きめ細やかな肌はまるで陶磁器のようであった。
そう、写真に写っていたのは紛れもない…………女の子だったのだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
時は数十年前に遡る。
人族の英雄である炉理誠司の息子であるこの俺、炉理好葉はいわゆるニートと言うやつであった。
英雄の息子ということで俺には多大なる期待が寄せられており、俺が小さい頃は英才教育を受けながらその期待に応えようと必死になって頑張っていた。
しかし、俺は途中で折れてしまった。
何故なら…………絶望的に頭の回転が遅かったからである。
我が国日本は科学至上主義の国であり、その英雄たる人物には常に頭の良さが求められていた。
魔法を使う適正に乏しい人類が他種族に対抗するというのは極めて困難なことであった。
しかし、人類には他種族が魔法を使い始めこの世の覇権を取り出した頃よりも前に大繁栄し、その時から受け継がれる技術力があり、その技術力によって作り出されるのが我ら人類の希望の星『触媒兵装』である。
しかし、『触媒兵装』には長所とも短所とも言える特徴があった。
それは、その演算能力が使用者に依存するという事である。
それにより、『触媒兵装』を使用するには圧倒的なまでの頭の回転の速さが必要になったのだ。
よって、他種族を打倒しうる人族の英雄にはそれが求められたのだ。
しかし、俺は生憎それを一切持ち合わせていなかった。
炉理誠司もそれがわかっていたからなのか、いつの日からか俺の事を地下シェルターの中に閉じ込めるようになった。
俺みたいな不出来な息子を周りに見せたくなかったのだろう。
ただ、流石英雄、資金力はたっぷりあるようで、俺一人に好きな事をさせて過ごさせる程度の事は容易い事らしく、俺は好きな物を頼めばその物が送られてくる、そして命の危険も無い温室でただダラダラとニート生活を謳歌していた。
そんなある日……俺は恋をした。
烈火凛音、人族の新たな英雄である。
身体の発達が著しく阻害される病気を患い、幼子のような見た目になりながらもその類稀なる頭脳で俺と同い年にも関わらず人族の英雄と称されるようになったとんでもない人物だ。
ある日ネットサーフィンをしていた俺は烈火凛音の事が書かれたネット記事を見る事になる。
…………まるで電撃が走るようだった。
その記事に載っていた彼女の写真を見た瞬間、心臓が跳ね上がり、胸の奥に今まで感じたことのない熱が灯った。
画面越しに映るその少女まるで人間の枠を超えた存在のように美しく、神々しかった。
小さな体に似合わぬ鋭い眼差し、そして、堂々と語るその姿勢に俺は完全に魅了されていた。
そう、それがすべての始まりだった。
それからというものの俺は烈火ちゃんの動画やニュース記事などを探し漁った。
元々何もやっていなかった俺には時間は腐るほど余っており、そんな時間が烈火ちゃんによって彩られ、俺の日常は充実したものとなった。
そう、そんな日がこれからもずっと続き、俺は烈火ちゃんの活躍を追い続ける、そんな日々が続くと思っていた。
しかし、ある日…………烈火ちゃんは死んでしまった。
それは唐突で、あまりにも残酷な現実だった。
にわかには信じられなかった。
いや、信じたくなかった。
それからの俺はまさに廃人だった。
食べることも寝ることも忘れ、気づけば涙と絶叫で喉を枯らし、床を転げ回り、時には部屋の壁に頭を叩きつけることもあった。
何もかもがどうでもよくなっていた。
だが、その狂気の中で、ふと一つの考えがよぎった。
「なら、俺が生き返らせてやる」
そうだ、俺には時間がある。
設備もある。
自由もある。
そうだ、俺が、俺だけが、烈火ちゃんを救えるのだ。
その日から、俺はただのニートではなくなった。
元はと言えば英才教育を受けていた人間なのだ知識はかなりある。
科学至上主義の人類においては勉強というものは一重に科学であったが、俺はそれに限界を感じていた。
科学においては人は1度死んでしまえばその人を甦らせることは不可能であり、まず人の命をどうこうする行為は禁忌とされていた。
後者はどうでもいいのだが、前者はほぼ絶対なものとされていた。
それは時間をかけて調べ尽くした結果であり、それ以上の結果を得ることは難しそうだった。
しかし、それを調べる過程で俺はあるものを見つけた。
…………それは魔法である。
人族は魔法を使えない訳では無い。
ただ、他種族と比べ圧倒的に適正に乏しいだけなのである。
つまり、使えない訳では無い。
魔法の世界では高位な魔法とはなるものの死者蘇生に近い行為は出来るらしい。
眉唾物ではあるが、それでも期待を寄せるには十分であった。
早速俺はそれの研究に取り組んだ。
魔法の為の道具を頼んだ時には流石に1度断られたが、何度も嘆願しているうちにあちら側も折れたようで俺に様々な道具を与えてくれた。
人族は魔法の適正に乏しいらしいが思ったよりは使えるようで、かなりの期間を要したがある程度までは習得することが出来た。
さて、そうなればと思い実験を始めてみた。
ラットを使用し、死亡したラットを生き返らせる実験だ。
結果としては失敗とも成功とも言えないようなものとなってしまった。
何故なら……ラットはアンデッドになってしまったからだ。
烈火ちゃんの死後からもうかなりの時間が経っている。
しかし、英雄の死体というものはだいたい高度な科学技術を駆使してよっぽどの事がない限り破損されない場所に安置してあるはずなのでそれが失われることはおそらく無い。
だからこそ、ラットの死体を生き返らせることが出来たとしたら烈火ちゃんも生き返らせることが出来ると、そう考えたのだが……流石に考えが甘かったようだ。
原因としては生き返った肉体に魂がくっついてくれないからみたいだ。
そのため生き返った生物は生前とは違いただ本能に従い動く怪物になってしまうのである。
そもそも生物が死んでしまうと人体と魂の結合が変わり、死んだ肉体と魂の結合という形に変形する、そして魂は肉体と分離する。
そのため、魔法によって肉体を生きた状態にしてもそれに魂が結合してくれなくなるのだ。
何度やってもどうやってもそれに変わりは無かった。
俺は初め魔法によるアプローチのみを考えていた。
科学は俺の分野ではないと一番最初に少し調べた時からそう決めつけていた。
しかし、どうやらこの計画には科学の力が必要なようだった。
1度変形してしまった魂をもう一度変形させることは難しい。
しかし、肉体の方へとアプローチをかけるのはどうだろうか?
現代科学では魂というものの存在は無い、故に何も研究が進んでいないのである。
しかし、肉体は違う。
様々な分野において肉体改造は成されてきた。
その全てに繋がる術……そう、インターネットを俺は使う事が出来る。
目をつけたのはクローン技術だ。
これは人間を一から作ることが出来る技術であり、理論上誰でも生き返らせることが出来る。
烈火ちゃんのクローンを作った所でそれは所詮模造品であり、本物では無いと思うかもしれないが、もう手段は選んでいられない。
しかし、調べたところによると、どうやらこのクローン技術というものにも欠点はあるらしい。
まずは、ある程度完全なDNAが必要な点、これは特に問題は無い。
問題はもう1つの問題…………クローンは魂を持たないという点である。
それもそのはずだ、現代科学に魂という存在は無いため、それが結合する部分をクローンに作るというのも不可能だ。
どれだけ調べてもそれに関する情報は手に入らないし、万事休すかと考えていた。
しかし俺はそこであることを思いついた。
そう、魂はクローン技術を使う時の金型になってくれる可能性があるということだ。
クローン技術によって作られる肉体はある程度変形させることが可能であり、魂と結合する部分を少し変える事も出来る。
なので、それをうまく利用すれば死んだ魂を元に作った肉体にその魂を宿らせる事が可能なのである。
魂を持たない肉体を生き返らせた所でただの怪物になってしまうが、魂を持つ肉体を生き返らせればそれはつまり完全なる蘇生に成功するという事なのだ。
それを思いついたからにはあとは行動あるのみだ。
幸いな事に時間も知識も材料も、全てここに揃っている。
あとは、やるだけだ。
それからは全ての時間をその蘇生装置の開発に使った。
頼めばある程度のものならすぐに与えられたし、準備などには殆ど時間はかからなかった。
問題は俺だ。
色々調べる術や時間などがあったとしてもそもそもズブの素人なのだ、そのためものは揃ったとしてもそれを作るのにはかなりの時間を要した。
それでも、諦めずに努力を続けた。
時間が経つにつれ頼んでいた物資は次第に届かなくなり、遂には食料品や生活必需品なども届かなくなり、しまいには一切の連絡すら取れなくなった。
先に必要な資料はダウンロードしていた為何とかなったが、インターネットも使えなくなった。
電気の供給すら無くなり、俺は電力を俺の魔法由来のものしか使えなくなった。
それでも、俺は作業を続けた。
そうして俺は……蘇生装置を完成させた。