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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

予知夢の乙女は箱庭で微睡む

作者: 橘みかん

手に取っていただき、ありがとうございます!


※中盤で自傷描写があります。ヒロインの心情、話の都合上必要だと思って入れておりますが、読み飛ばしていただいても話は通ると思います。

※ヒロインの両親はだいぶひどい人々です。不快注意。

 私は、トルスト伯爵令嬢エメロード。


 少し自己紹介しておこうかしら?


 愉快な話ではないと思うけれど。家族について紹介しておきましょう。私のことを知ってもらう上で大切なことだから........鏡の前、鏡の中の私に語りかける。


 父は冷酷非情の政治家で、私に興味は全くない。政治の道具として私を見ているかすら定かでないほど私のことに興味はなくて、多分忘れ去られてるんだと思う。


 母は社交界の女王と呼ばれるほど社交的な人で、外に出ると私にすごく優しい。外出中は自慢の娘だと私の頬を撫でて、ハグをするけど、家に帰ってしまえばほったらかし。テーブルマナーが少しでも悪ければ眉を顰めて、犬を追い払うようにしっしとされる。今じゃもう声もかけてはもらえない。


 そんな私に兄ができた。名前はカルディナといって、女性名だけど男性だ。親戚筋からとった跡取りのための養子らしい。


 優しそうに微笑んだ顔は、懐の広さを感じさせて、私は彼になら甘えられるんじゃないかと期待した。


 私のことを気にかけてくれるんじゃないかと思った。


 私のことを大事にしてくれるんじゃないか、ひょっとしたら兄のおかげで両親が私のことを見てくれるかもしれないと思った。


 .........今までの私はバカだった。


 そんな都合のいい夢のようなことがあるなら私の人生はもっと幸せに満ちているはずだった。


 どうして気づかなかったのだろうか、お兄様の笑顔の奥の苛立ちに。


 どうして気づかなかったのだろうか、お兄様は実は私のことを邪険にしている。上部を優しい言葉で包んでも、いくら態度だけを軟化させても、実際の行動は何ひとつ私のためにはしてくれない。


 お兄様もお忙しい......?


 そうよね、なら、期待を持たせないで欲しかった。お兄様だけは私を見てくれると私に勘違いさせないでほしかった。付き纏ってしまったじゃない。


 涙が頬を伝う。知ることは、辛いことだけど。


 一昨日、予知夢を見れてよかったと、思った。


 でも、気づくって、辛い。


 今まで避けていた事実を、認識してしまった。








 ことの発端は、2日ほど遡る。


 私は予知夢を見た。私は結構よく予知夢を見るのだ。


 お父様もお母様も、予知夢を見ると言っても全く取り合ってくれなかったし、全否定されたけれど、それでも予知夢なのだ。


 予知夢の中で私は18歳だった。つまり6年後の話だ。


 公爵家の長男と婚約していて、仲はそれほど円満ではなかったが、このまま結婚すると信じていた。


 親もそれを望んでいて、私はそれに従う他なかったので、結婚準備を進めていた。


 そこにちょっかいを出す女狐がいたから排除したのだ、それがいけなかった。私は自分の婚約者につきまとう者を払った、正当防衛のつもりだった。だけどそれが婚約者の逆鱗に触れたらしい。


 なんでもその女狐との愛は真実の愛で、私が引き裂いてはいけないものだったらしい。


 しかもさらに悪いことに、私の冷たい兄もその女狐に惚れていて、女狐が泣いたのが私のせいだと知って私に怒りを抱いたのだ。


 私からすればなんとも納得しがたい話である。


 しかし私に怒り狂った婚約者と兄は手を組んで私から全てを奪った。


 私が社交界で築き上げた地位。


 私の信頼。


 私の身分。


 私の宝物。


 努力して必死にかき集めた全てを彼らは最も容易く奪いさり、私は身一つで追い出された...そんな夢。僻地に追い立てられる馬車で私が泣いているところで夢は終わった。


 私はよく予知夢を見る。


 それは夕食のメニューだったり、ふとした瞬間の会話だったり、はたまた命の危険を知らせるものだったりするけど、予知夢は予知夢とわかりながら見るので、結構自分の夢を信じていた。


 意識して行動しなければ予知夢通りに物事は動く。


 前に毒で苦しむ予知夢を見て、それを信じずに夢で見た毒入り紅茶を飲んだ時は三日三晩苦しむハメになった。


 逆に、予知夢で夕食をウサギのシチューだと知って、ウサギのシチューを作ろうとしていたコックに、ウサギは香草焼きがいいと言ったら香草焼きになった。


 毒物回避に夢は役に立ち、そこから未来を変えることもできると知って、私は予知夢を大切にするようにしている。


 でも予知夢で見たからと言って、無意味に兄を警戒することもない、まず観察しよう、と思い立って昨日中、兄を観察したわけだ。


 いきなり兄を疑い、嫌うのは兄に対して失礼だと思ったからだ。本当に恋愛のもつれだけなら今から兄を嫌う必要はない。


 兄は私を大切には思っていないのか、私が少しでも兄の意に沿わないことをしたら、排除されるのか。


 私は兄を信じていいのか、見つめた。


 そしてわかった。私は兄を信じられない。


 夢での婚約者とはまだ会ったことがないからわからないけれど、今、現時点で、私が信頼できる人間は使用人を含めて誰1人いないということだけはわかった。


 私、トルスト伯爵令嬢エメロードの12歳の誕生日はそうして始まった。多分人生最悪の誕生日だ。


 ハッピーバースデー、私。生まれてきたこと自体が呪わしい、私へ、お誕生日おめでとう。




「エメ、お誕生日だね。おめでとう。」


 笑顔の仮面を被った兄が私を頭を撫でる。今となっては気持ち悪い笑顔すぎて、吐き気が込み上げてくる。


 私のことそんなに嫌い?お兄様、ひどいよ。私だってお兄様の妹になりたかったのに。本当にひどい。こんな残酷なことって、ないよ。


「ええ、お兄様。ありがとう。」


 なのに私はいつものように笑顔で答える。..........もう嫌。本当に嫌だ。


「プレゼントは何がいい?エメの好きなものをあげるよ。」


「何がいいかしら...?すぐには思いつかないわ。」


 お兄様はいつまで経っても私の好きなものを知らない。


 一緒にご飯を食べるのに、一緒にお茶を飲んで一緒におやつを食べるのに、私がきのこを好むことも、好きな紅茶の銘柄はオレンジペコなことも、甘い菓子が好きなことも知らない。


 お兄様は羊肉が好きで、好みの焼き加減はレア。紅茶はレアンドロ地方のものが好きで、よく蒸らしてある方がいい。スコーンはクロテッドクリームを少しだけつけて食べるのが好き。


 私は知ってるのに。知れるだけの時を一緒に過ごしたのに。


「父上と母上はエメにお金でプレゼントするらしい。エメ、街に出て、欲しいものを買ってきたらどうだい?それを僕からのプレゼントにするよ。」


 私のためにプレゼントを選んでくれないお兄様。お兄様がほんの一瞬でも、私のことを考えて、私のために選んでくれたと言ってくれたら。私はそれが私の嫌いなものでも、たとえ虫だろうと、大切にすると笑顔で言えるのに。


「ありがとう、お兄様。お兄様の従者に伝えればいいの?」


「そうだね、オリヴァーを連れて行ってくれるかい?」


「ええ。わかったわ。ありがとうございます!」


 私のことなんてどうでもいいお兄様。なのに...........私の誕生日に、顔を出してくれるから。顔も出さない、メッセージカードもない両親と違って、顔をあわせて話しかけてくれるから、私はお兄様のことを憎めない。殺してしまおう、排除してしまおうと、思えない。


 残酷なお兄様。私に期待を持たせるから、私は何度もお兄様に光を見る。なのにお兄様は結局私を見てくれない。


 いっそ私を全て無視してくれたらいいのに。


 両親のように無視して、私と同じ屋敷に住みたくないと言って両親のように本邸に行ってしまって、私は邪魔でいらないのだとはっきり言ってくれればいいのに。


 そうしたら私は別邸で1人暮らす。兄は、本当に、残酷だ。






「綺麗ね...。」


「ええ、お嬢様。国王陛下御即位10周年を記念して作られた、銀製のナイフです。切れ味も抜群、お守りがわりに持っていらっしゃる貴族令嬢も多いんですよ。」


 陽気な商人が陽の光にかざしながらナイフを見せる。値段もお兄様にプレゼントしてもらうのにちょうどいい値段だ。


 私はついてきていたオリヴァーを振り返った。


「これをお兄様にプレゼントして欲しいわ!」


 お兄様の従者であるオリヴァーは仕事が忙しい。いつもいつも嫌そうに私のプレゼント選びに付き添うから、早くも1店舗目で選び終えたのは僥倖だった。


「わかりました、お嬢様。」


 オリヴァーはせいせいしたというようにさっさとナイフを購入する。


 少し悲しいけれど、私の使用人からの扱いはこうだ。余計なことをして欲しくない、奥に引っ込んで手がかからないようにしておいて欲しい、そういった願いをひしひしと感じるし、直接言われたこともある。


 両親からも望まれず、家督を継ぐ兄からも邪険にされた私なんて、衣食住が与えられているだけで満足すべきだと皆は言う。平民など、もっと大変な労働をしていると皆は言う。


 確かに私は衣食住が揃っているけれど、多分皆、貴族への怒りをぶつけやすい、ちょうどいい私に八つ当たりして、すっきりしているのだろうと私は思う。


 使用人が私のことを思いやってくれるかも、なんて考えるのをやめて、兄に期待するのをやめて、ひっそりと死んだように暮らすのが、私に求められている生き方なのだ。永遠に、死ぬまで。


「本当に綺麗なナイフね......。」


 忙しいオリヴァーは、街に降りる私の付き人をしている時間なんてない。


 ナイフを買ってすぐに屋敷に帰る。


 従者の予定に振り回される貴族令嬢なんて、相当珍しいと私は思うけど、ここまできたらもういいかと私は大人しく屋敷に戻る。


 自室では侍女がイライラしながら待っていて、私の外出着を脱がして室内着に着替えさせる。


 仕事にミスはないし、荒っぽかったりもしないから、別にいいけれど。


 私のことを大切に思う人は本当に誰1人いないんだと、今日もまた実感する。永遠に、それを突きつけながら暮らすわけだ。


 予知夢を見て、夢見がちな私を捨てて冷静になって2日。もういいやと思い始めた。


 侍女が部屋を辞して、1人取り残された寂しい温度のない部屋。綺麗な部屋は子供っぽさも生活感も何ひとつ感じない。


 当然だ、誰も私にぬいぐるみなんてくれない。


 チェストにおかれたプレゼントのナイフに目が止まる。


 ナイフに施された装飾を指でなぞる。


 繊細で美しい、貴族令嬢として目の肥えた私でも思わず息を呑む美しさだ。


 今日という日にこれほど美しいものに出会ったことに、運命を感じる。


 私を神の元へ導く全ての運命だ、これは。


 この道標に身を委ねよと、言われている気がした。


「っ――!」


 もっと深く。


 もっと深く。


 もっと痛みを。


 焼けつくような、のたうち回るほどの痛みを。


「は、ぁ、っ。」


 酷よね、お兄様は。きっと私が使ったこのナイフが、お兄様のプレゼントしたものだと、お兄様は気づかない。















「やっとお目覚めですか。」


 え....あ....?マリー......?私の専属侍女のマリー?


「勝手な行動はやめてください、お嬢様。お嬢様は貴族令嬢です。傷物にするわけにはいかないのですよ?そうでなくても、お嬢様専属が、監督不行き届きでお咎めを言い渡されたというのに...!」


 ごめんなさいと謝らなければいけないのに、喉がカサカサで声が出ない。


 早く謝らないと、マリーの機嫌はどんどん悪くなる一向だから、できる限り早く声を出さないと、


「何か言ったらどうなんですか?私たちは今月付で解雇です!お嬢様のせいですよ?」


 解雇...?


 マリーたちが、解雇?


 じゃあ私は死ぬものと思われていたということ?


 自殺未遂だもの、当然よ。彼女たちの解雇が今月付なのは、死に行く私の世話をさせるため。


 そんな私が生きていると知れたら...?


 傷物の自殺未遂の娘が生きながられていると知ったらお父様は確実にため息をつく。お母様はどうなる?きっと一言恥さらしの子、そう呟いて私を視界に入れないように去っていく。


 呪わしい。呪わしい。なぜ死ななかった。なぜ死ななかった?次はどうすれば死ねる?死ななければ、今すぐに死ななければ。私は、私は..........私、は......。


 いらない子。


 だから。


 12年間目を背けてきたけど、“いらない子”の事実は変わらなくて。何をしても“いらない子”のままで。


 上手に踊っても、語学ができても、無能だと言われ続けた。無能のままでいろと言われ続けた、“いらない子”。


「マリー、熱っぽいの。自分で飲みたいから、解熱鎮痛薬の瓶を持ってきてちょうだい?」


「口を開いたと思えば命令ですか?伯爵令嬢はいいご身分ですね。」


 マリーが去る。そっか、謝り忘れたか。まあ、いっか。


 解熱鎮痛薬には自殺に有効な成分が多く含まれている。過剰摂取すれば死に至る、魔法の薬だ。


 どうして私はナイフなんて自分の力がいることを選んだのかしらね。


 あまりにナイフが綺麗だから、衝動的に手を取ってしまったけれど、やっぱり確実な死に方を選ばないとダメ。


 全く、やっぱり私は何もできない人間だわ。


「お嬢様。お薬をお持ちしました。」


 いつになく丁寧なマリー。きっとお兄様が来たんだろう。マリーは猫をかぶるのが上手いから、お兄様はマリーのことを働き者で私によく仕える真面目で誠実な侍女だと勘違いしていると思う。


「ありがとう、マリー。」


 このタイミングで来たら、薬が飲めない。お兄様が早く帰ればいいのに。それかもう少しゆっくり来たらいいのに。


「マリー、君は席を外してくれ。エメと2人で話をするから。」


 真面目な仮面を被ったマリーが一礼して出ていく。


 きっと彼女は私が倒れて監督不行き届きを突きつけられた時もしおらしく謝って、私を思って涙でも流しでもしたのだろう。不甲斐ない無能な主君に忠誠を誓う忠臣でも気取ったんだろうか。


 もうどうでもいいけど。


「さて、エメ。」


 水を差し出してくるので、受け取って飲み干す。別に毒入りでも構わない、そんな、もう、どうだっていい。


「言い訳を聞こうか。」


 早く出ていってくれれば、それでいい。


 お兄様をできる限り早く追い出し、自殺を遂行することが、今の目標だと回らない頭で考える。


 なら私が言いそうなことを言って、謝ったらそれで済むのだ。


「......ごめんなさい、お兄様。わざとじゃなかったの。」


 わざとじゃなかった。衝動的だった。衝動的にナイフを買って、衝動的にことに及んだ。


 自分の命を絶つなんて、衝動的じゃないとできないと思う。


「あまりに綺麗なナイフで、切れ味もいいと聞いて。試してみたくなってしまったの。」


「エメ自身で試す必要はないね?」


 優しいけど有無を言わせない声に首肯する。


「本当にごめんなさい。あの時の気持ちが......今となってはよくわからないわ。今後は絶対にしないと誓います。」


「そうして欲しい。悪いけれど、あのナイフはしばらくこっちで預かるよ。エメが目覚めたことは父上と母上にも連絡して、呼んであるからね。それまでゆっくり休むといいよ。」


 お父様とお母様。


「......このまま、死んだことにしたほうが、いいんじゃないかしら。」


 ぼそっと呟いた言葉はお兄様には聞こえていなかったみたいで、聞き返されたけど誤魔化しておいた。


「お兄様、私、薬を飲みますね。」


「あぁ、エメ。これだね、.........この薬がいるの?」


 思わずぎくりとしたけれど、お兄様には気づかれなかったようだ。私が熱があることを指摘しただけだったみたい。


 誰も気づかない。誰も私を引き止めない。


「ええ、しばらく常飲しようと思って。マリーに持ってきてもらったの。」


 これは多分、最後のシグナル。


 私に気づいて、私を愛して、私を、見て?


 最期の、シグナル。


 自殺をしても枕元にはきてくれなかった両親への最期の呼びかけ。


 私を単なる同居人としても見ていない、生きようが死のうがどうでもいい、道端で死んでいる人のような関係だった、義理の兄への、最期の救助信号。


 繰り返す価値のない日々へ、別れを、告げるための儀式めいたやり取りをお兄様と。


「お兄様、お仕事は?お忙しくないのですか?」


「気遣ってくれるの?優しいね。オリヴァーに押しつけてあるから心配しなくていいよ。父上と母上がくるまで、エメについていようと思って。」


 見せかけの優しさ。偽善ですらない善。でもそれは時に人を救うからタチが悪いと私は思う。


 道端で死にかけの人を見つけた時、あなたはどうする?私を含む一般人に、彼らを治療する技術はないから、放っておく?多分あなたはそうはしない。


 考えてみて欲しい。


 馬車に轢かれた12歳の少女がここにいるとして、その少女は孤児で、助けたところでなんの見返りもない少女だ。自分は日々生きるので精一杯だから、無視をして通り過ぎるのか。


 あなたはきっとそうしない。


 声をかけて抱き上げて、人の手を借りて救助するだろう。その少女が息を引き取るところまで一緒にいて、憲兵に引き渡し、死亡理由を憲兵に告げるだろう。もしかするとお墓参りに行くかもしれない。少女が死んだところに花束を置くかもしれない。


 その少女が死ぬ間際、「大丈夫?」そう言って手を握ってもらえるだけでどれほど安らかな気持ちになれるのか。


 あなたのその大切な人に向ける優しさや思いやりの一万分の一で構わないから、ほんの少し、声をかけて、思いやってくれれば少女は救われた気持ちになる。


 兄はそういう人だ。


 死にかけているとたまに声をかけてくれる。でも行きずりの人だからその時語りかけてくれるだけだ。


 本来ならそれでよかったのかも知れないけれど、私は欲張りで、愛に飢えていた。


 大丈夫?と声をかけてもらって、医者を呼んでほしい。だって私はあなたの妹だから。あなたは私の兄だから。


 おんぶして家に連れて帰ってもらって、痛かったねと抱きしめてもらって、思い切り痛かったのと泣かせて欲しい。


 お兄様は、冷酷な人だ。


 でも私はその優しさのせいで踏ん切れない。



 お兄様は、ひどい人だと、私は思う。






「お嬢様。旦那様と奥様がいらっしゃいました。」


 まだ回復していないから、カクカクと震える足を叱咤して立ち上がり、礼を執る。


「ご足労いただきありがとうございます、お父様、お母様。今回はご心配をおかけして、誠に申し訳ございません。」


 上半身を上げた瞬間体から力が抜けて、咄嗟にお兄様にしがみついた。


 少し驚いた顔をしたお兄様だけど、振り払うことなく私を支えて椅子に座らせてくれる。兄らしいところが、好きだった。


 父はわざとらしい、忌々しいことだと舌打ちをした。やはり娘を気遣うという感情は存在しないらしい。


「傷跡が残ったようだな。」


「はい。申し訳ございません。」


 馬鹿の一つ覚えのように謝罪を繰り返す。


「私はそもそもお前に価値を見出してはいなかった。だがこれでお前は真の用無しだ。それは分かっているな?」


「はい。」


 次いで母が口を開く。


「あなたに公爵家の長男の釣り書きが届いていて、乗り気だったのだけど。悔しいけれど、これは他に回すしかなさそうね。.......醜い傷跡をこっちに見せないで。」


 包帯が巻いてあるから、見えないはずだけど。


「はい。ご期待に添えず、申し訳ございません。」


 2爵上との縁談は、不幸になる、そう言われている。この国では女性の権利が少ないから、娘を愛する親は、娘が蔑ろになれたり不幸になったりしないように、自分より爵位の低い家に嫁がせることが多い。母だって元は侯爵令嬢だ。


 娘を道具にする親でも、せいぜい1個分しか爵位を飛ばさない。


 私は伯爵家の娘だから、上は侯爵家、下は子爵や男爵、準男爵くらいまでが標準だと世間は見なしている。


 公爵家に嫁ぐなんて、よほどのシンデレラストーリーでないと、生贄になってこいと追い出すのと同じくらいのことだと、予知夢の私は思っていた。


 母に見せないように、傷跡を隠して手を膝に乗せる。


「過程やお前の心情などどうでもいいが、お前が自らの価値を著しく損ねたことは分かっているな?」


「はい。」


 どうでもいい、こと。


 私の感情。私の声。私の言葉。私の誕生日。私の好きなもの。私の嫌いなもの。私の存在。


 どうでもいいこと..........私自身。


「カルディナ、お前もだ。わざわざエメロードを手当てせずともよかった。だが、生きているものは仕方がない、自分で蒔いた種だ、エメロードの面倒はお前が見るように。」


 お兄様の話題になって、お兄様が責められているので顔をあげてしまう。けれど目が合った父は、嫌そうに顔を顰めた。


 私は、あなたの、実の娘だというのに。


 医学的にも証明された、父と母の実の娘だというのに、養子よりもその扱いはひどい。


 いや違う、お兄様はことさら大切にされている。


 不貞の子ではない、何の罪もない子供だった、はずなのに。


「カルディナ、エメロードが18になっても生きている場合、結婚させます。あなたの家督を継ぐ正当性を確保するためにね。エメロードが公爵家に嫁げないなら、それくらいしか使い道がないでしょう。」


 兄の体がこわばる。


 18、か。


 何も心配しなくても、1人になったら部屋に置いてある薬を飲んで死ぬつもりだ。


 母が言っていることはなんら無駄なことだと、考えるだけ無駄だと、笑いが込み上げてくる。


「エメロードのことに関して、私への配慮は結構よ。使い道があると思ったら、どこへでも嫁に出していいし、養う費用が無駄だと思ったら、捨ててきても殺してもいいわ。けれども18までにそれを決めなさい。その時あなたも20歳なのだから、練習だと思って、人の生死に関わる判断をしたらいいわ。」


 私は、母にとって、自分の腹を痛めて産んだ子供はずなのに。


 実は違うのだろうかと思って検査結果を確認したのは一度や二度の話ではない。数十回、下手すれば数百回と確認した、遺伝子解析結果。


「これは私と妻で話し合った結果だ。せいぜいカルディナに養ってもらうがいい、エメロード。」


 予知夢からは外れて開けたこの未来。


 しかし私のシグナルを受け取って、私をみてくれる人が誰一人いないことは変わらないらしい。


 血のつながりや同居しているという事実は、家族関係に何の影響も及ぼさないことを私は知っている。


 父と母が去って、兄が私を寝台に運ぶ。手つきは優しくて、すごく気を遣ってくれていてありがたい。


 病人に触れる時の優しさ。兄はすごく、常識的な人なのだろう。


 そっか。お兄様は優しくなった。私が病人だから。腫れ物に触れる気分なのかも知れないけど、お兄様は私にかまってくれる。私を支えてくれたし、運んでくれるなんて、今まででは考えられらないことだ。





「自殺して気を引こうと思ったのかしら。お嬢様にも困ったものね。」




 そうね。困ったものね。


 分かっちゃった。


 死にかけたらお兄様が気にかけくれるって。


 まあ、今更知っても仕方がないけれど。今更、今更...!本当に今更のことだよ。


 ...........あれ?


 おいておいた薬がなくなっている。


 いや、3錠、飲む分だけはおいてあるのだけれど、たくさん薬が詰まっていた瓶がどこかに消えているのだ。


「誰かが出してくれたの?」


 お兄様が横の椅子に座って、私に水と薬を渡す時に問いかける。もうどこかに行ってもらっていいのだが。


「ああ、瓶が邪魔だろうから必要な時に取りに行くように指示を出したよ。マリーは専属から外したし、まさか薬を取りに行くのを嫌がる使用人はいないだろう。」


 問題はそこじゃないのだけれど。何も言わずにいるとお兄様が私の顔を覗き込んできた。


「一気飲みするわけじゃあるまいし、ここにある必要はないからね。」


「...そうね。」


 どきりとする。実は全てお見通しで、この人の手の上で転がされるんじゃないかと思ってしまった。お兄様が私のことを考えているんじゃないかと思ってしまった。


「エメ、不安だと思うしこれからの話をしようか。」


 こくりと頷いておく。


 お兄様は今現時点で私に殺意を持っていない、というか邪魔してきている。とにかく早くお兄様を追い出すのが先決だ。


「まず僕が謝らなければいけないことがある。この屋敷の使用人はどうやら、エメを侮っていたらしいね?気づいてやれなくて悪かったね。すまない。」


 頭を下げるお兄様に首を振る。


 お兄様は悪くないし、使用人の躾は私や母の仕事だ。母がこちらの使用人に口を出さない以上、私がやるべきことだったのだ。それができていなくて、この屋敷の使用人の風紀を緩めてしまったのは私だから、責められこそすれ、謝られることではない。


「使用人は解雇するつもりだけど、この屋敷は王都にあるから、色々な人間が出入りする。エメもゆっくり療養できないし、腕のことが漏れたらことだ。田舎に行ってもらおうと思う。」


 ..........田舎。


 とりあえずお兄様の支配下から逃れることができそうだ。死ぬにしても、逃げるにしても、どんな選択肢を選ぶとしてもお兄様の監視が緩い場所に追いやってくれるのはありがたい。


 それに、私は病を得たことにして、田舎で静養させたが、死んでしまったというストーリーを作って公爵家のとの縁談を断り、私の存在を消すつもりなのかもしれない。どちらにしろ私はお兄様に従うだけだ。


「はい。」


「王都暮らしに慣れているエメにはしんどいかも知れないけど、静養地のエトアーレは僻地だけどいいところだよ。きっとエメも気にいる。」


 夢でも言われたセリフ。「エトアーレは僻地だけどいいところだよ。きっとエメも気にいる。」


 お兄様は、常に、虎視眈々と、私をそこへ追いやるタイミングを狙っていた...?でも、何のために?


「楽しみよ、お兄様。」


 静かな会話。もしかしたらこれが最期の会話になるのかもしれないなと、思いながらも、ぼんやりと会話を進める。


 心が凪いでくる。自分から死ななくても、流れに身を任せたらいいような気がしてくるのは、お兄様のゆっくりした話し方のおかげだろうか。


 私を見つめるお兄様の瞳に嘘がないと思うからだろうか。


 そうやってまた私を生に追い返すのだろうか、お兄様は。


 私を唯一としてくれないくせに、私に希望を抱かすのは、お兄様の常套手段だ。


 ひっそりと、穏やかに、死んでいるように息をしながら、田舎で暮らすのも、いいんじゃないだろうか。


「田舎には色々あると聞くからね。エメが本当に好きだと思えるものに出会うかも知れないね。」


 何も知らないお兄様。私の好きのものを何も知らないお兄様が、私に好きなものを見つけろという。





【余談・閑話】




「オリヴァー、でてこい。」


 苛立たしげにカツカツと靴音を立てる主人の姿におそれをなす使用人たち。今し方カルディナに呼ばれたオリヴァーも例外ではない。


「僕への忠誠は見上げたものだよ。けれど、エメロードこそがお前の主筋であると忘れたのかい?もし思い出したのなら今すぐにこの屋敷の使用人でエメをおろそかにした人間を洗い出せるね?」


 苛立ちを隠さず矢継ぎ早にオリヴァーを問い詰めるカルディナ。


 対してオリヴァーは、怯えてはいるが、彼はカルディナだけの従者だった。カルディナのためだけに全てを擲つことができる従者だった。


 そのためならたとえ主君ですら怖くはない。


 強い意志を具現化したような赤髪が揺れる。


「恐れながら申し上げます。エメロード様は旦那様方に疎まれているご様子。そのようなエメロード様を庇えば、カルディナ様の家督相続が怪しくなります。」


 カルディナの羊皮紙を滑らすペン先が止まった。


「.........もう一度だけ言おう、オリヴァー。それが長年仕えてきてくれた感謝の気持ちだ。お前の主筋は誰だ?お前は本来誰に一番心砕くべきだった?僕はお前にエメを見守るように命じたね?冷遇し、追い詰めるよう、いつ命じた?」


 脂汗を滲ませながらもオリヴァーは言い募った。


 ただカルディナだけを見つめて、カルディナだけのために動くのが、オリヴァーという従者だからだ。


 どれだけカルディナの言葉が冷たくても、怒りを隠せていなくても、オリヴァーは怯まない。


「旦那様や奥様が疎んでおられるエメロード様に、心を砕いてはいけません。あの方は無能です。ただカルディナ様にひっつくだけで、カルディナ様の助けになりません。デメリットしかない方です。カルディナ様から遠ざけ、公爵家に嫁がせるのも当然でしょう!カルディナ様ご自身も、エメロード様を大切にはしていらっしゃらないではありませんか!」


「あぁ、そうだ、オリヴァー。僕が庇えば、他にエメを庇える人間は現れない。だからお前が陰ながらエメを助け、日向でエメを助けられる婚約者を僕が探すはずだったんだ。エメをこの牢獄から助けられる婚約者をね。」


 羊皮紙を従僕に渡すと、次の羊皮紙に手をかけてカルディナはオリヴァーを睨みつけた。


「まさかお前が僕に虚偽の報告をして、エメを虐げているとは思わなかった。お前のせいで僕の計画が崩れるとは思わなかったよ、オリヴァー。最低の縁談もお前の手回しか。」


「はい。エメロード様の嫁ぎ先は私が手を回しました。カルディナ様こそ、私の主君だと、思ったのです。」


 羽ペンがサラサラと文字を刻む。


「エメはああして生きるしかなかったんだよ。.........今となっては、エメが傷を負ってくれて助かった。公爵家のと縁談を断るには、相応の事情が必要だからね。」


 残り少ないインク壺にめざとく気づいて、オリヴァーが替えを机に出す。カルディナは短く礼を言って使い始めた。


「もしエメが傷を負っていなければ、どうなったと思う?僕の計画は壮大なものになっただろうね。まず公爵家の長男にハニートラップを仕掛けて、エメとの婚約を破棄させる。これをするのに何年かかるかな?その間エメはずっと生贄だ。それを乗り越えて婚約を解消しても、エメは両親のせいでうちには戻れないだろうね。奴らがどんな判断を下すかわからないけれど、育ててやった金を返せと、娼館に売りつけるくらいはやるだろう。貴族令嬢は人気らしいよ。まあ殺すか娼館にやるかはわからないけどね。」


 顔をこわばらせるオリヴァーに、容赦なくカルディナは言葉の剣を突きつける。


 オリヴァーの赤髪が動揺にゆらゆらと揺れた。


「彼らがエメの処分に口をださないように、僕がうまく立ち回って、エメに怒りを抱いているように見せつけなければいけない。兄だけは、と信じていたエメを裏切って、エメを奴らの目が届かない僻地に追いやって、やっとエメは平穏な暮らしが送れる。それだって、相当にうまくやらないとできないよ。...分かったか?お前は僕のために一人の少女を殺しかけたんだ。」


 ペンを動かす手を止めたカルディナは、ピラリと羊皮紙を突きつけた。


「解雇する人間のリスト。お前は、どうする?責任をとって職を辞するなら止めないし、もう一度やり直したいなら機会は与える。」


 オリヴァーはその紙を受け取り、深くお辞儀をした。


 やはりカルディナの目には眩しい赤髪が揺れている。


 今まで忠義を尽くしてきてくれた、カルディナの、赤髪の従者。








 ・・・6years later





「ん...。」


「おはよう、エメ。」


 ちゅっ、と私の額にキスをする()()()()()()に抱きついて、キスを返す。


「ほら、エメの目覚めを喜んでてんとう虫が飛んできたよ。最初は怖がってたよね、てんとう虫。」


「ええ、だってほぼ初めてみたんだもの。」


 あはは、とカルディナ様が笑って、私もおかしくなってきて笑ってしまう。


「今じゃ何も怖がらないね。また何か新しいものを探してこないと。」


 自殺未遂の後、田舎の屋敷に連れてこられて、私はてっきり一人孤独に生きていくと思っていた。


 なのに何故かさっさと家督相続して、領地の管理を請け負ったお兄様が医者と一緒についてきて、私と毎日過ごしてくれた。


 私に野花や雑草、昆虫、焚き木を見せてくれたり、かと思えば宝石やドレスを持って帰ってきたりする。


 普段はシェフの作った料理を食べるけど、お兄様と焚き火で煮込み料理を作ってみたりもした。


 素人2人で作った料理は、完成時、不味すぎて食べれたものじゃなかったけど、シェフが唸りながらも食べれるようにしてくれて、命を無駄にせずに済んだ。


 そうやって日々を過ごして、医者と面談をするうちに、自分が生きていてもいいような気がしてきた。


 私1人生きていようが死んでいようが自然は何一つ変わりないと思った瞬間、誰かに求められなくても生きていていいのだと思った。


 求められない日々が永遠に続くような気がしていたけど、そんなことはないのだと思ったし、お兄様はこっそりと私を心配してくれていたのだと知って、自分は死ななくていいと思った。


 自分にも何か価値があるんじゃないかと考えるようになったのだ。


 これは、ひっそりと静かに生きていた私には考えられないほどの成長だった。


 初めは鳥に驚いたし、今でも怖いけど、虫は本当に怖かった。


 花屋に売っていない花は何の価値があるのかよくわからなかったし、人間がつけた価値観は絶対的だと思っていた。


 一般的に好まれるものを好きになって、そのまま過ごしてもいいと思う。でも、かわいそうな名前がついていて、花屋では売ってないし、名前だけ聞けば絶対に買わないだろうオオイヌノフグリはかわいい花だった。いつか改名してあげたい。切実に。


 切ってしまった左腕の傷は消えないし。見るたびに苦い思いに駆られることもある。


 そして今でも悪夢にうなされ、起きた時に衝動的にナイフや薬を探してしまうことがある。


 けれども大抵お兄様に見つかって阻止されるし、屋敷では刃物や薬が厳重に保管されるようになった。


 身投げスポットには騎士が配置されていて、衝動的に行動を起こす前に、誰かが止めて、語りかけて、冷静に戻してくれる。


 多分、冷遇されて、ほぼ軟禁状態になっていた過去の12年間の記憶が、私を不安定にさせるんだと思う。私は一生これと付き合っていかないといけない。


 お兄様はそんな私を見捨てなかった。それどころか、こんな私を愛するとお兄様は言ってくれた。


 田舎の屋敷で、お兄様、否、カルディナ様の目にうつる女は私だけだ。物理的に浮気なんてできないし、お兄様は私が死ぬまで私に愛を囁いてこの屋敷に囚われ続ける。


「次の新しいものは何がいい?父上と母上の転落なんてどう?」


「カルディナ様?あの人たちなんてもういいのよ。あの人たちの分もカルディナ様が私を愛してくれるんでしょう?それなら両親はどうでもいいの。」


 子供は、最後まで親の愛を求め続ける生き物だ。雛鳥のように口を開けて、親のくれる愛情という餌を待っている生き物だ。


 それを与えられないと、どこか歪に育つのだと世間的には言われている。


 多分私は歪に育ったんだろう、全ての親からの愛を“お兄様“で代用し、それでもまだ足りない愛を婚約者たる“カルディナ様“で埋める。


 カルディナお兄様は私につきあってくれる、大切な私の庇護者。


「そう?...確かに、養子に家督を譲って自由に好き勝手やっていた奴らの惨めな今なんて、今更興味ないよね。」


「カルディナ様?ごめんなさい、早口すぎて聞こえなかったの。それは私が知らないままでいいこと?」


「もちろん。今週のエメのための新しいものは、ハクマイというものにしようかな。今人気の食べ物でね、ウメボシというものと食べるのが流行りらしいよ。両方入手できたんだ。王都で子爵位をいただいている法服貴族がね――。」







「毎週、何か新しいものを持ってきてあげるよ。エメはそれを楽しみに毎朝目覚めるんだ。何か気に入ったものがあったら教えてね?それを増やしていこう。逆に嫌いなものも教えてね?エメは嫌いなものが少ないから、増えたっていいんだよ。好き嫌いは人の個性だから。」


 いつもと違う味の紅茶の茶葉、発酵の仕方を変えたどこか香ばしいお茶や、薄い黄緑色のお茶。おっかなびっくり飲んでみて、面白い味だが好みかはわからないと伝えてみた。


 足がたくさんある虫や、つつくとまるまる虫は、面白いけれど嫌いなのでやめてほしいと頼んだ。


 ウニョウニョと蠢く長い軟体動物はキモ可愛いという感覚を運んできたが、肝心のカルディナ様がギブアップした。蛇やタコを持ってくる時のカルディナ様の嫌そうな顔と言ったら!


 自分で始めたことなのに、憂鬱そうだった。


 私が特に気に入ったのは、カルディナ様の演奏だ。カルディナ様は弦楽器が得意で、曲のレパートリーこそ少ないけれどとても素敵な音色を響かせてくれる。


 器楽演奏をリクエストしすぎて曲が尽きた時は、困った顔をして私のために作曲してくれた。バイオリン独奏曲「エメロードに捧げる春」は私の心に刺さった。


 王都にいた時は全然贈り物をくれなかったけれど、カルディナ様が私に贈りたいものがこういうものだったと分かれば納得だ。


 お兄様不信になって申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまったけれど、当時お互いまだまだ幼くて、不器用だったのだからと水に流した。


 私は勝手に絶望してしまったと笑ったら、私を強く抱きしめてくれた。


 物心ついて初めてのハグだった。







「愛してるよ、僕のエメ。」




 屋敷とその敷地から一歩も出ず、カルディナの運んでくるものに目を輝かせる、カルディナの雛鳥、カルディナのエメロード。


 微睡むエメロードの髪の毛を指に巻き付けて遊ぶカルディナの横に、音もなく赤髪の従者がやってきた。


「王都からの電報です。トルスト前伯爵夫妻が貧民街で死体で見つかったそうです。埋葬ですが、トルスト伯爵家の墓地に入れますか?それとも罪人に縁はなしとして勘当し、共同墓地に埋葬しますか?」


「エメロードに聞かせなくて済むタイミングで来てくれて助かったよ。.........共同墓地でいいよ。前伯爵夫妻は他国にいるはず、我が家には関係ないと伝えておいて。」


「全部あなたの計画通りに進みましたね。」


「計画通りに進めたからね。」


 カルディナはエメロードの唇に手を触れた。少しの間触れた後、名残惜しそうに手を離して、あくびを一つする。


「僕も眠ろうかな。エメロードと一緒に。」


今回はだいぶシリアスで描きました。最後まで読んでくださった方々、誠にありがとうございます。


さて、改めまして、橘みかんと申します!溺愛やハピエン、ご都合主義恋愛を主に書き散らしている人間です。甘々溺愛で口直し、という方は、橘の他の短編を読んでいただけると嬉しいです!


いつも評価やブクマ、いいねをいただき、ありがとうございます!非常に励みになっています!


誤字報告、いつもありがとうございます。あ、やっちゃった、と呟きながら適用させていただいております。今作にもよろしくお願いします。


感想いただけるとすごく嬉しいです。感想のおかげで有耶無耶にしていたところをはっきりさせたりしています!ありがとうございます!


長々と書かせていただきましたが、最後にもう一度、「予知夢の乙女は箱庭で微睡む」をお読みいただき、ありがとうございます!

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[良い点] エメロードの心情描写(特に絶望)が真に迫ってる。 [気になる点] エメロード傷を負わなかった際の計画はエメロードの心を深く傷つける事になると思うのですが、カルディナはそれを考慮していました…
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