【3】明智十兵衛光秀
ヴァルデュギートは知る由もないことだが、彼女が『この世界』で最初に目にした山は稲葉山という名であった。
麓に広がる町は、井ノ口といった。
そこに、斎藤山城入道の居館があった。
庭園に配された奇岩のいくつかを残し、先ほどの戦火で焼け落ちていたけれど。
山城入道、号して道三。
この地方一帯──美濃国の、事実上の支配者であった。
井ノ口の居館はその政庁であり、日常の居所でもある。
稲葉山に設けた軍事拠点──稲葉山城に入るのは、戦時に敵を迎え撃つ場合に限られるが、つい先ほど、その迎撃戦で決定的な勝利を収めたところだ。
いまは戦捷に伴う儀式──『首実検』が、居館の焼け跡に幔幕を巡らせて行われていた。
「──三宅藤兵衛がァ討ち取りしィ、織田弾正忠殿のォ首ィなりィ」
奏者が声を張り上げたのに応じて、初老の兵が折敷に載せた生首を運んで進み出た。
大将首である。
つまり敵軍の最高指揮官を討ち取った証であり、幔幕の内に居並ぶ勝利者側の諸将が、ほおっと吐息を漏らした。
「確かに弾正忠か」
「間違いねえ、生け捕りにした尾張方の奴輩の何人にも確かめたそうな」
「生っ白いな、首化粧でもしてあるんか」
「色白の美形揃いは織田の一族の特徴なんじゃ」
幾人かが囁き合うのを、道三は咳払いで静めた。
入道と称する通り、頭を青々と剃り上げている。
目と眉と、口髭は『ハ』の字を描いている。
口そのものは『ヘ』の字で、その下に尖った顎が突き出している。
細面で鼻筋は通っているのだが、なんとも癖のある顔立ちだ。
これが斎藤道三であった。
首を運んで来た兵が片膝をつき、折敷の上の首を掲げてみせた。
道三は目を伏せて床几から立ち上がり、左手で弓杖を突きながら──すなわち、弓を杖のように地に立てながら──右手で太刀を抜きかけて、すぐに収める。
そして顔を右に向け、左目の端で首級を一瞥した。
怨みの念を被らぬように敵将の首は正面から直視しないのが、首実検に臨む大将の作法であった。
兵は立ち上がり、左回りして道三に背を向け、引き下がろうとする。
そこを道三は呼び止めた。
「三宅藤兵衛と申したのう。十兵衛の組下で城に籠もりし者のうちに、その名は聞かなんだが」
「は……されば」
藤兵衛は道三に向き直り、あらためて片膝をついて答えた。
「主、十兵衛のあらかじめの指図にて、敗走する尾張勢を待ち伏せいたすべく木曾川縁に控えており申した。この戦、御屋形様の大勝利を我が主は確信いたしておりましたゆえ」
それを聞いた諸将が感嘆の声を上げた。
「何という十兵衛の知恵働きよ」
「いかにも、俄か雨まで読みに入れ、攻め疲れた尾張方が兵を引いた刹那に逆落としを仕掛けた御屋形様の采配も鮮やかなれど、それに備えた伏勢の手配りとは恐れ入った」
「こりゃあ、一番手柄は十兵衛かのう」
「弾正忠の首を奪ったあと、金色に輝く鳳凰が木曾川の上を飛ぶのを見た者が何人もおる。我が美濃にとって瑞兆であろう」
「十兵衛のおかげで我らも家運が開けるわ、ありがてえことじゃ」
諸将が褒めそやす『十兵衛』は、幔幕の内でも末席に近いところに控えていた。
静かな微笑で、賞賛を受け流している。
明智十兵衛、諱は光秀。
美濃国の本来の国主の一族、土岐一門の者であるが、いまは僭主というべき道三の配下となっている。
もともと土岐一門は分家が多く、その中でも明智家は先祖に功績があって家格が高いが、光秀自身はそのまた分家の生まれだ。
実力で美濃一国の支配者に成り上がった道三に臣従することに、さほど抵抗はない。
年齢的にも数え年で二十歳であるから、いまは自身の才能を周囲に着実に印象づける段階である。
いずれは自ら一国の主に──さらには諸国を束ねて支配する『天下人』になろうという野心は、その端正で柔和な面立ちの裏に隠している。
さて、よい頃合いであろうと見切りをつけて、光秀は道三に呼びかけた。
「──されば、御屋形様に御願いの儀がございます」
「む……なんじゃ」
道三は眉をひそめて問い返す。
気難しそうな顔つきの主君であるが、実際のところも難物だった。
実力で美濃の支配者に成り上がったがゆえか、己の才覚に絶対の自信を持つ一方、他者に対して狭量である。
それでも主君として仰ぐ以上、光秀は道三を立てなければならない──いまは、まだ。
光秀は頭を垂れて、道三に言上した。
「この機に乗じ、勝幡を攻めたく存じますれば、それがしに兵をお貸し与えくだされ」
「勝幡じゃと……? 狙いは津島か?」
さすがに道三は勘働きが鋭い。
光秀は「はっ……」と顔を伏せたまま告げた。
「弾正忠は尾張中の兵を挙って攻め寄せて参りました。その多くは討ち果たしましたゆえ、いま勝幡の城の守りは薄く、容易に落とせましょう。されば弾正忠の財力の源であった津島湊もまた、我らの掌中となりまする」
「ふうむ……」
道三は低く唸って考え込む様子を見せる。
敵の総大将、織田弾正忠信秀を討ち取る大勝利にもかかわらず、先ほどから道三の機嫌が良さそうに見えないのは、その信秀を討った伏兵は光秀が独断で配置したものだったからだ。
伏兵は光秀が自身の領地の守りを空にしてまで用意したのだが、そもそも光秀は道三から、集められるだけの兵とともに稲葉山に籠城せよと求められていた。
籠城策といっても、道三は持久戦の末の引き分けを狙ったわけではない。
開戦前の軍議で道三は、充分な勝算があるのだと諸将に向けて披露した。
──尾張の奴輩は、この稲葉山のような山の上の要害の攻め方を知らぬじゃろう。尾張は山が少なく、城といえば小さな丘の上か、土塁を築いたところに建てるかであろうからのう。
ならば、味方は堅牢な稲葉山城に籠もって時機を待ち、不慣れな山中での城攻めで敵が疲れ果てたところで反撃に転じよう。
そのためには山の要所要所に設けた曲輪に敵を引きつけ、消耗を強いなければならない。
容易に曲輪を失陥して敵の士気を上げ、味方の戦意を損なうことがあってはならない。
籠城する兵は五人でも十人でも多いほうがいい。
──ゆえに、皆の衆が在所に置く留守居のうちから、あと一人でも二人でも稲葉山に呼び寄せてもらえれば幸甚の限りじゃ。
そう諸将に告げて、道三は頭を下げてみせたのだった。
命令ではなく要請というかたちになったのは、諸将がもとから道三の家来であったわけではないからだ。
彼らは各々が父祖から受け継いだ領地を持ち、それを守るための方策として、美濃随一の実力者として台頭した道三に従ったのである。
成り上がり者の道三は譜代の家臣を持たない。
ために軽輩な身分でも働きのよい者があれば目をかけ、馬廻衆に抜擢して側近くに置いているが、彼らもまだ配下の兵はほとんど持たないから、戦となれば道三は、味方についている諸将が頼りとなる。
ともあれ、兵を一人でも多く集めて城に入れようと、道三は頭まで下げたのである。
ここで光秀が、尾張勢の退路を断って確実に殲滅するため伏兵を配置しようと献策したところで、道三が取り上げるはずがなかった。
伏勢を置くために兵を分けて城の守りを弱めたのでは本末転倒だと、道三に叱責されるところまで想像できた。
伏せ置く兵は光秀が自身の領地の守りを犠牲にして用意するとしても、その兵があれば城に入れろと道三は求めているのだ。
絶対的自信家の道三にとっては己の立てた策こそ最良であり、異なる献策を容れる余地を持たない。
だから光秀は独断で伏兵を配置した。
独断専行であろうと手柄さえ立ててしまえば諸将は光秀を称賛するだろうし、そうなれば道三も光秀の軍規への違背を咎めて諸将の興を削ぐことはしないだろう。
諸将に対する道三の立場は、そこまで強くない。
しかしながら光秀の伏兵の策も、機を見て籠城から反撃に転じた道三の采配があればこそ成り立った。
なのに諸将の称賛が光秀に集まるのは、自尊心の強い道三には腹立たしいであろう。
狭量にして狷介な道三は、内心では光秀への怒りを燻らせるに違いない。
だが、それはこの際、問題ではなかった。
光秀はどうしても『この戦い』で織田信秀を討ち取りたかったし、それを果たせばさらに、織田家を徹底的に叩いておきたかったのだ。
道三の決断を待つ間に、三宅藤兵衛は敵将の首を運んで幔幕の外へ静かに出て行った。
やがて、道三は言った。
「三万と号した敵の猛攻に、味方は耐えに耐えた末ようやく勝利を得たのじゃ。兵どもは皆、疲れ果てておろう。また尾張勢は大方、討ち果たしたと申しても、越前朝倉勢への追い討ちは叶わず、取り逃がした。我らが隙を見せれば、彼奴どもが取って返して再び攻めかけて参らぬとも限らぬ。とは申せ、左様なことは知恵者の十兵衛も存じた上での献策であろうが」
じっと光秀を見据えて、
「ゆえに、我が旗本から出せるのは三百までじゃ。そのほうの組下で城に籠もりし者が百五十。ほかに弾正忠を討った伏勢がどれだけおるかは知らぬが、それでやれると申すなら任せようゆえ、軍目付として乾内記を伴うて参るがよいわ」
稲葉山城に籠もっていた兵が、味方についた諸将の配下を含めて四千余りであった。
敵は南の尾張国から攻め込んだ織田信秀と、北から攻め寄せた越前国主、朝倉弾正左衛門尉──諱は孝景──の軍勢で、三万は誇張としても合計二万を超えていた。
信秀は道三が追放した美濃の前国主、土岐美濃守──諱は頼芸──を保護しており、簒奪者の道三を討伐して頼芸を復権させることを大義名分に掲げていた。
孝景も同様に、頼芸の甥で自身にとっても縁続きの土岐次郎頼純を庇護下に置いていた。
頼純の生母は朝倉家の出身である。
道三を討ったのちは信秀と孝景は、美濃を南北で分け合い、頼芸と頼純をそれぞれ飾り物の国主として据える目論見であったろう。
一方、美濃国内の領主の多くは道三が不利と見て、所領に引き籠もって静観するか、頼芸ないし頼純支持を唱えて道三の敵に回った。
他国の織田や朝倉が口実はどうあれ美濃に攻め入ることを快く思わない者は道三に味方したが、彼らと道三直属の兵を合わせて、ようやく集まったのが四千だった。
ところが、結果は道三の大勝利である。
稲葉山の北に布陣した越前勢は、騎乗の侍衆を主体として華々しく旌旗を連ねた総勢五千の精鋭であったが、本来、騎馬武者は城攻めには不向きだ。
彼らに積極的に稲葉山を攻める考えはなく、尾張勢の勝利がほぼ決したところで漁夫の利を得るべく参戦する肚であろうと道三は見抜いたから、城の北側の守りは最低限にしてその分の兵を尾張勢への備えに回していたし、予想通りに越前勢は申し訳程度に矢戦を仕掛けて来ただけで、城方が逆襲に転じて尾張勢が崩れたことを察すると粛々と兵を引いていた。
模様眺めを決め込んでいた領主たちは、これで再び道三に靡くことになるだろう。
頼芸や頼純を支持して道三に敵対した者は、一族郎党殲滅される覚悟でなければ、頭を丸めて道三に詫びるしかないであろう。
頭を下げたところで道三は、一度は赦したと見せかけて、いずれ一人ずつ的を絞って報復していくであろうけど。
だが、それはこれから先の話であって、いま道三の手元にある兵は限られていた。
味方は大勝利といっても二万を相手の奮戦で、籠城した四千のうちに数百の死傷者が出ていた。
──いや。
そうだとしても、この機を逃さず勝幡を落とすつもりが道三にあれば、自身の直属の兵を光秀に預けるだけではなく、諸将にも与力を求めて、より多くの兵を動かすだろう。
光秀が伏兵とするため領地から招き寄せた者は、およそ百五十。
城に籠もった兵と合わせて三百となるが怪我人も出ており、またその手当てをする者も留め置くとなると、すぐに動ける配下は二百ばかりだ。
これに道三から借り受ける兵を合わせて、およそ五百。
勝幡は尾張方の重要拠点で、堀や高塀、櫓など防御施設は整えられている。
それを守る兵が手薄であるとしても、こちらの兵も五百では、容易に落とせるものではない。
寄せ手の数の少なさは城方も見てとるであろうから、彼らにとっては終わりの見える戦いで、戦意を奮い立たせて猛反撃して来るだろう。
道三は光秀自身の献策を逆手にとり、寡兵で勝幡城を手に入れてみせろと難題を突きつけたのである。
乾内記は道三が抜擢した馬廻衆の一人で、槍の名手といわれる大男だ。
しかし光秀に同行させるのは城攻めを助けるためではなく、道三が預けた兵の損害を抑えるように監視させるためだろう。
いざとなれば光秀の采配を無視して、兵を引き上げてもいいくらいに言い含めるかもしれない。
そして光秀が失敗すれば、道三はあらためて自らの采配で勝幡を攻めるだろう。
織田信秀を討たれた尾張方は体勢の立て直しに時間を要するであろうから、勝幡を落として津島湊を奪うにしても、それで間に合うと道三は考えるだろう。
だが、それでは遅いのだ。
なぜなら尾張には、まだ世に知られていない『織田信秀以上の怪物』がいることを、光秀は『知っている』のだから。
そのとき、居並ぶ諸将のうちで、日根野九郎左衛門が口を開いた。
口髭を豊かに蓄えた、落ち着いた物腰の武人である。
「それがしが与力いたしましょう。それで兵は七百余り」
「儂も、ともに参ろうぞ。合わせて一千じゃ」
竹腰道塵も申し出る。
福々しく丸い赤ら顔の、気のよさそうな男である。
道三は眉をしかめて「むう……」と呻いた。
光秀は初めから日根野や竹腰と話をつけていたのであった。
道三が諸将に勝幡攻めの与力を命じなければ、彼らが自ら与力を申し出てくれるようにと。
そうして勝算を立てていたからこそ、勝幡を攻めることを進言したのである。
道三は苦々しさを隠さぬ声音で言った。
「……いまの我らには大事な一千じゃ。無駄に損じるでないぞ」
「は……!」
光秀は道三に深々と頭を下げてから、
「日根野殿、竹腰殿、よろしくお頼みいたしまする」
与力を申し出た二人にも謝意を伝えた。
「……うむ」
「おう、ともに手柄を立てさせてもらおうぞ」
日根野と竹腰は、頼もしく請け負った。




