少女、温もりを知る
三日三晩歩き続け、ようやくレスの情報にあった街へと辿り着いた。レスの情報は何も間違ってはいなかったが、空間転移で自由に行き来が出来る人間と、徒歩の人間では【少し】と言う距離の価値観に相違が表れるようだった。
「よ、ようやく着きましたね……」
「あの女狐……次に会った時はきゃんと言わさんと気が済まんぞ……」
流石の陣介も疲労困憊の様子だった。それもそうだ、少しと言う言葉を信じて意気揚々と出発してから、夜以外はほとんど不休で進んできたのだ。流石に体力も限界だろう。
私は私で、陣介に置いて行かれたくないと言う気持ちだけで何とか付いてきた。これ以上は一歩も動けない。
辿り着いたこの街は私の故郷よりも大きく、どうやら資源が豊富にある様だった。地下の水場から水は湧き出しているし、ほとんど見掛ける事の無かった電気まで通っている様だった。どこかに蓄電設備でもあるのだろうか?今の世の中では珍しい、【文明】と呼べる様な街だった。
ひとまずは休息を取る為に街で一番大きな酒場の扉を開けた。賑やかな店内では若い男達が各々食事や宴を楽しんでいる。若い男達がこんなにも街に居座るだなんて、余程この街は住みやすいのだろう。
だが、今はそんな事よりもとにかく腰を下ろしたい。このままだと脚が使い物にならない棒切れになる。
「おや、随分とのんびりしてたんだね。来るまでに観光地でもあったかい?」
店内で席を探していると、そこには忌々しい金髪の女が何食わぬ顔で食事を採っていた。
「レス!!お前の少しは何じゃ!?巨人の歩幅で考えとるんか!?」
「きゃん、怒らないでよ陣介くん。怒った顔も凛々しくて、僕は見惚れちゃうよ」
「この女狐……!!」
「あはは、ごめんごめん。僕は歩くなんて効率の悪い事はしないからね、認識の違いがあった事は謝るよ。陣介くんに嫌われたくないしね」
どう見ても謝っている様には見えないレスの謝罪だが、彼女に悪気は本当に無いのだろう。この手の人間はとりあえずで謝罪の言葉を発する様なタイプではない。
「この美人さんのお連れさん達は旅の人かい?」
「あ、はい。私とそこの男の人は一緒に旅をしている者です。そこの人は他人です」
「お嬢さん、僕の事嫌いなのかい?僕はお嬢さんの事、気になるんだけどな」
「人の名前を覚えない様な人は私は好きではありませんので」
「ふふっ、僕は基本的に今は陣介くん以外に興味が無いからね。でも、気になってるのは嘘じゃないよ」
「それはどうも」
どうもレスと話していると調子が狂う。何故かイライラが治まらないし、どうしても拒絶する様な態度を取ってしまう。本能的にこの手の女性が嫌いなのかも知れない。
「わしら、人を探しとるんじゃ。この男がここに来んかったか?」
陣介は私とレスのやり取りに見向きもせず、店主へと尋ねる。
「……いや、見ていないね。その人がどうかしたのかい?」
「あぁ、見とらんのならえぇんじゃ。なに、酒のつまみにもならん話じゃ。それよかマスター、何か食いモンくれんか?もう何も喰っとらんのじゃ……」
「それは構わんが、あんた対価は払えるのかい?あっちのお嬢ちゃんはまだしも、あんたは見たところ払えそうな対価は……」
「み、店の皿洗いでも何でもする!!頼むから恵んでくれぇ!!」
「そっちの手は足りてるからなぁ……悪いが、諦めてくれ」
「お、終わりじゃ……また土団子を食べる生活じゃ……」
「相変わらず寄食家だね、陣介くんは。マスター、対価なら僕が払うよ、情報でね。彼らに何か食事を出してあげてよ」
「……さっき聞かせてもらった情報も有意義だったからな。わかった、ちょっと待ってな」
「レ……レスぅ……お前実はちょっとだけいい奴だったんじゃなぁ……!」
「いい奴かどうかはわからないよ?貸しイチだからね。デートか何かで返してもらう事にするよ。お嬢さんも疲れただろう?席に座って、一緒に食事を楽しもうよ」
……レスから施しを受けるのは癪だが、背に腹は代えられない。だが、陣介だけでなく私にも食事を提供した事が意外過ぎて、一瞬呆けてしまった。何を企んでいるんだろうか。
私がレスの考えを読もうとしている間に、マスターから食事がサーブされてきた。
「はいよ、おまちどうさん。お前さん達、何か聞きたい事や困った事があるなら教会に行くといい。リッチ神父なら何か知ってるかも知らん」
「教会?この街には教会があるんですか?」
「あぁ、こんな世の中だと、神様にも頼りたくなるからな。リッチ神父はこの街で子供達を育てる孤児院を営みながら生活している立派な人さ」
「とても素敵な事ですね!子供達が安心して暮らせるなんて!」
地獄に仏とはこのことだろうか。こんな世界でも子供と共に希望を持って暮らす人は居るのだ。
「……。」
「どうしたんですか?陣介さん。またガルダトカゲなのが嫌なんですか?」
「いや……って、え、これこの前のトカゲか?!」
「好き嫌いを言うと大きくなれないよ、陣介くん。嫌なら僕が貰うけど?」
「触るな!わしのたんぱく質じゃ!!……不味い!!!!」
「やっぱりどう調理しても不味いよな、こいつ」
豪快に笑う店主の声に、酒場全体が笑いに包まれる。生まれて初めてだ、こんなにも人間らしい生活をしているのは。
――だが、私はこの後思い出す事となる。私はあの時から人間ではなく、鬼となっている事を。