第9話 サイコロ振って一回休み
【登場人物】
アーク=クリュー……十五歳。勇者。
マール=ララルゥ……十二歳。魔法使い。
リリーナ=ホーリーライト……十七歳。僧侶。
シナモン……全高一メートルの白ヒヨコ。パルフェという乗り物。アークの愛鳥。
ショコラ……全高一メートルの桃ヒヨコ。パルフェという乗り物。マールの愛鳥。
トルテ……全高一メートルの紫ヒヨコ。パルフェという乗り物。リリーナの愛鳥。
「つーかーれーたーー!」
ピンクのパルフェが足を止めた後、数メートルほど行って、もう二羽のパルフェが足を止めた。
しばらくお互い見合った後、先に進んだ二羽のパルフェが戻って来た。
「マール。フーリエを出てまだ三時間しか経ってないんだぞ? このまま進めば夜までには国境を越えて、ハルミドの町に入れるんだ。なんとか先に進もうぜ」
白いパルフェ『シナモン』に乗った勇者、アークが、微かな苛立ちを隠しながら、ピンクのパルフェ『ショコラ』に乗った魔法使い、マールを優しく諭す。
だが、マールは半分涙目でアークを睨む。
「なんでグラールの町を飛ばすんですか! さっきの分かれ道を湖の方に下っていけばすぐグラールじゃないですか。わたし、そっちがいいーー!」
「だーーかーーらーー。鄙びた温泉街なんか寄ってどうするよ。ハルミドは都会だぞ? 都会で一泊の方が良くないか?」
「都会は都会でいいけど、温泉入って行きたいのーー!!」
アークは頭を抱えた。
マールに疲れが溜まっているのは分かる。
だが、こんなにも激しく反抗してくるとは思わなかった。
「アークさん……。わたくしも、温泉に一票入れさせていただいていいかしら」
「リリーナ?」
紫のパルフェ『トルテ』に乗った、黒縁丸メガネを掛けたシスター、リリーナが恐る恐るといった感じで右手をそっと上げる。
メガネを掛けていると、リリーナは地味な印象があるが、パルフェに乗っていると、横のスリットから、ガーターベルトを履いた太ももが丸見えだ。
実に目の毒だ。
アークは思わず目を反らした。
「キミまで……」
「ここに温泉があるのも何かの縁というものです。一日行程が遅れたって、問題はありませんでしょ? ここは、温泉に入って旅の疲れを癒やして、明日ハルミドに入るコースを採るべきかと思いますわ」
「さすがです! リリーナ先輩!」
「……いつからキミら、先輩後輩の仲になったんだ?」
アークは渋い顔をした。
だが、二対一だ。
女の子の温泉好きは、古今東西、世界の常識でもある。
ここは、機嫌を取っておくべきか。
「分かった! 分かれ道まで戻るぞ。今日は当初の予定通り、グラールに一泊だ。それでいいんだろ?」
「勇者さま、素敵!」
「さすがリーダーですわ、アークさん!」
「あぁもう、早くしないと置いて行くぞ!」
二人に褒められて、赤くなった顔を見られまいと、アークはソッポを向いた。
道を下って行くと、正面に大きな湖が見えてきた。
そして、湖を囲むように、温泉旅館が何軒も立ち並んでいる。
「……こりゃ、思った以上に大きいか?」
「あ! 勇者さま、勇者さま! わたし、あそこがいい!」
マールが指差す先に一際大きな宿があった。
「え? いや、だってあれ、高そうだぞ?」
「いいじゃありませんか。スケルトン退治で懐はまだ温かいですし、折角ですもの、こういうときくらい、いい宿に泊まるのもアリだと思いますわ」
「いや、しかし……。あぁもぅいいよ、好きにしてくれ」
「やったー!」
マールは入り口で接客をしている店員にパルフェを預けると、リリーナの手を引っ張って、さっさと中に入ってしまった。
アークはため息を一つつき、後に続いた。
カポーーン。
「なるほど、こりゃ凄ぇ。宿泊費がお高いだけのことはあるな……」
アークは展望露天風呂に浸かりながら、独り言を呟いた。
たっぷりのお湯の上を、湯けむりが流れていく。
風呂は屋上階に設置されている為、風呂に入りながら、遠くまで景色を見渡せる。
湖と山のコントラストが絶妙だ。
シーズンオフなのか、単に時間帯の問題なのか、男湯にはアーク以外誰もいない。
お陰で、この広い展望露天風呂を一人で貸し切りだ。
炭酸泉のせいで、体中に泡が付く。
身体に染み込み、疲れを取っていってくれる気がする。
アークは濡らしたタオルで顔を拭き、畳んで頭に乗せた。
そのまま目を閉じる。
そのときだ。
「ちょ、これ、わたしの頭がスッポリ入るじゃないですか! え? サイズ、どうなってるんですか?」
「あぁ、こら、マールさん、遊ばないで!」
「あ、これか。えっと、A、B、C、D、E……え、ちょっと待って、指が片手で収まらない!」
「やめてくださいーー!」
近くから聞こえる女性の声に、アークの動きが止まる。
アークは慌てて振り向いた。
やけに高い岩壁があると思っていたが、どうやらこの展望露天風呂は、大きい湯船を岩壁で真っ二つにして、男女に分けているらしい。
声が丸聞こえだ。
思わず、アークは黙り込んで聞き耳を立てた。
バシャバシャ、掛け湯をしている音がする。
特に悪いことをしているわけでは無いのだが、背徳感がヒシヒシとアークを襲う。
「あぁ、これは……生き返りますねぇ……」
「うわぁ……冬至でも無いのに、お風呂になんか浮かんでるし……」
「ほえ?」
「先輩……、それ、浮くんですね……」
「マールさん、それ呼ばわりは止めてください」
アークは思わず想像して顔を真っ赤にする。
「先輩、ちょっとそれ、触っていいですか?」
「え? イヤですよー。ちょ、ダメですったら。あぁ!」
「何を! 食べれば! こんなに! 大きく! なるんですか!」
「特に何もしてませんってば。マールさんだって、成長すればきっと、あぁ!」
ぶくぶくぶく。
アークは慌てて風呂を出た。
身体だけでなく顔も真っ赤だったのは、湯あたりのせいだけでは無いだろう。
アークは意外と純情だったのである。
「おーぅ、随分と長く入ってたなぁ」
部屋でくつろいている間に、真っ赤だった身体の色が戻ったアークは、窓際に置いてあった籐のイスに座ってマールとリリーナを迎えた。
窓から入る涼しい風のお陰で、呼吸も、すっかり戻っている。
アークは浴衣を着ていた。
中庭に置いてあった碑に彫ってあったのだが、どうやらここは、遥かな昔、異世界から渡ってきた者たちが作った宿らしい。
現在のオーナーは、既にこちらの世界の人間なのだろうが、宿の作りに、異世界の風味が溢れている。
祖父『九龍段平』のせいか、あるいは師『京極高虎』の影響か、最近、和テイストな服を着ることが多くなってきただけあって、黒髪のアークは、浴衣がとても似合った。
対して、赤髪のマールと金髪のリリーナは、浴衣が似合わないかと思いきや、なんとも言えない不思議な調和を見せて美しかった。
二人とも、湯上がりで身体から顔から、ほの赤いので、セクシーさが際立つ。
「用意が出来たら晩ごはん、食べに行くぞ」
「バーイキーング! バーイキーング!!」
「歌うな、マール! 子供か!」
マールが畳部屋の中で、喜びのダンスを踊る。
リリーナが、その様子を見て、ふふっと笑った。
子供体型のマールはともかく、リリーナの方は、着慣れない浴衣を着ているせいもあって、首筋や胸元、足首辺りなどの見える部分からフェロモンがダダ漏れてくる。
このまま見ていると鼻血が出てきそうなので、アークは乱暴に財布を持って立ち上がった。
翌朝、早くに宿を発った三人は、湖のそばで足を止めていた。
振り返ると、まだ泊まっていた宿が見える。
アークはパルフェに乗ったまま、ため息をついた。
湖岸でマールとリリーナが裸足になって、足の先をバシャバシャやっている。
「なぁ……行こうぜ?」
「まぁまぁ、待ってくださいよ、勇者さま。わたしは朝食バイキングでまだお腹いっぱいなんです。ちょっとは腹ごなしをしないと、途中でお腹が痛くなっちゃいますよ」
「マールさんは、昨夜も今朝も、いっぱいおかわりしていましたものね。無理しちゃダメです」
遊びたいだけじゃないか、とアークは考えたが、グっと我慢して口には出さなかった。
「あ、遊覧船です! 勇者さま! 船の上で風に当たったら、気分も良くなって、この先の旅も捗るかもしれません! おーーい、おーーい!」
「お前……」
遊覧船に向かって大きく手を振るマールに、さすがのアークも絶句する。
「あら、それはグッドアイディア。わたくしもその案を推しますわ」
リリーナの助け舟に、マールがガッツポーズを取る。
「あぁ、もぅ、好きにしてくれ……」
やった、と、マールとリリーナは手に手を取って、遊覧船乗り場に走っていく。
結局、宿からほんの三十分の場所で、遊びに遊び、昼食まで食べてからの出発となってしまった。
だがこの二日間はストレス発散の役に立ったのか、マールとリリーナの表情がとても明るく、いい笑顔になっている。
ならばいいか、と、アークは苦笑いを浮かべた。
「出るのが遅くなった分、ハルミドに入るのは少し遅くなるぞ。いいな?」
「はーい」
「はーい」
二人の声がハモる。
夜には三カ国目、ヒルデガート王国の第一の都市、ハルミドに入れるだろう。
ハルミドは、ここ、グラールのような田舎の観光地とは打って変わって、洗練された大都市だ。
ポポロニア島、一番の田舎、アルマリア王国から一歩も出たことが無かったアークには、想像すら難しい大都市ぶりだろう。
きっと夜中でも明かりが絶えない、大都市なのだろう。
勇者アークは、想像の羽を羽ばたかせ、パルフェの上で、ニヤっと笑った。
はい、温泉回です。
『勇者・時坂杏奈は世界を救う』の時もそうだったですけど、
温泉回は書いてて楽しいです。
やっぱり、温泉回だとキャラクターが笑ってくれるんですよね。
書きながら想像して、こっちも楽しくなるって感じで。
ということで、リフレッシュした三人は、次回、ガラっと変わって
都会へ行きます。
でも、平穏なわけ、ありませんよね~。
次回も乞うご期待♪