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儚き影のレジスタンス  作者: 可惜夜ヒビキ
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第7話

──奏多くんが、私の目の前で死んでしまった。東京市にきてから、多くの偶然が重なったことで起こってしまったが故の悲劇。けれど、もとをただせば、最大の原因は、きっと私に──


「どうでもいい余韻に浸ってる最中で申し訳ないけど、そろそろ次のフェーズに移りたいの。早く終わらせてくれない?」


美紗の言葉に、自然と怒りが湧いてくる。右手を奏多に添え、目に涙を浮かべたまま、私は美紗の方に向き直った。


「……あなた、自分の子供をこんなふうにして、どうしてそんな平然として居られるんスか」


彼女は銃を下ろさぬまま、冷酷な笑みを口に含みながら答えた。


「決まってるじゃない。彼が私たちの実験対象として相応しくなかった、それだけです。利用価値のないものに、愛情なんて生まれないわ」


それを聞いて、怒りと共に哀れみの感情が沸き上がってくる。自分の子供を、こんな風にしか見ることのできない人がいるとは。


「そんなの──」


口を開きかけた私に、彼女が再び笑みを浮かべてくる。それは狂気的で、危険なもの。蒼梧と奏多が美紗の凶弾に倒れたときも、彼女は同じ笑みを浮かべていた。


「ふふ、何とでも言いなさい。さぁ、次はあなたの番です。運が良ければ、彼とも会えるわ──」


最後まで言いきらぬうちに、美紗の銃が火を吹いた。奏多も蒼梧もおらず、愁さんは足を負傷していて動けない。もうここまでか──刹那、これまでの記憶が頭の中を迸る。初めてスラム街に足を踏み入れた時、初めて奏多と蒼梧と3人でご飯を作った時、そして──父親の記憶。


「──父さん、自分にはやっぱり無理だったっス……」


そんなことを呟きながら、目を閉じる。数秒と経たないうちに私の体を一発の弾丸が撃ち抜き、即座に意識を失うはずだ。


が、どれだけ待っても体に激しい痛みが生じることはなかった。ゆっくりと目を開けると、私の体の周りは白いベールのようなもので覆われていた。


「──ッ!?」


ベール越しに、美紗が後退りをするのが見える。まるで、何かを恐れるように。


「この光は……」


何が何だかわからずに戸惑う私の脇で、ゆっくりと立ち上がった愁さんが呟いた。その足の傷は──何と、塞がっている。


「……来たか」


その言葉と同時に、壁のガラス窓を破って誰かが入ってきた。現れた人物は、年齢が11、2歳くらいだろうか。奏多と同じように、いや彼以上に青臭さを残し、しかし何人もの上に立つ指導者のようなオーラを、彼は放っていた。銀髪の彼が着る白衣の右肩には、《JDC》の文字。


「JDC!!まさか、どうしてッ!?」


JDC、正式名称Japan Doctor Committeeの1人らしきその人物は、愁さんの方に体の向きを変えた。


「遅くなってごめんね愁さん。貴方からのGPS信号がこんなところでずっと留まってるんだもん、これはと思ってきてみればビンゴだ」

「……すまない、俺が不甲斐ないばかりに迷惑をかけた」


そう言って自分を責める愁さんの肩を軽く叩くと、彼は美沙の方へと向き直った。


「いいって愁さん、貴方がいないとボクたちだって困るんだから──あとは任せて」


そう言って彼が目を瞑ると、私を包んでいたバリアがいっそう強まり、風が吹き荒れる。部屋の天井に設置されていたシャンデリアが大きく揺れ、装飾の施されたカップやネックレスが宙を舞う。彼の方を見ると、彼の周りでは水色の光が飛び交っていた。すなわち、顕現。


だが、今まで私の見てきたそれとは、全く異なるものだった。あくまで関東広域放送に残されていた映像データからの情報との比較だが、これほどまでに強大なものは初めてだ。私の記憶の中では、彼に並ぶものはきっと、映像データの中に入っていた、黒いオーラを放つ女性ぐらいだろう。


「っ、この力は……」


彼の放ったバリアに触れないよう後退りをしながら、美紗が歯を食いしばる。それを見た彼は、余裕のある笑みを浮かべて言った。


「《調律者》、っていうらしいね。普通の人には無害だけど、貴方みたいな性根の悪い人には効果があるんだってさ──悪意のこもった力を、糺す力だよ」


……なるほど、だからさっき愁さんの足の傷が治ったのか。"性根の悪い人"である美沙の放った弾丸は、彼女と同じように悪意のこもったもの。それを、彼の能力で糺したのだろう。


彼が説明をしている間にもバリアの力はますます上がっていく。ついには壁の一部が崩れ落ち、私たち3人が余裕で通れるほどの大きさの穴が出来上がった。

彼は私のすぐ近くまで後退りをすると、ぎりぎり美沙には聞こえない程度の声量で叫んだ。


「……JDCのヘリが、すぐそこで待機してる!さぁ、みんな今のうちに!」


彼の指差す方を見ると、先ほど壁に空いた大穴に、JDCとロゴの入ったヘリが横付けされている。最上階手前というのもあってか、タワーとヘリの間に隙間はほとんどない。しかし、私は憂慮すべきことがあった。ここに2人、自力で帰ることの出来ない者がいる。


「でも、奏多くんも蒼梧くんも……っ!」


私がそう叫ぶと、愁さんが叫び返してきた。


「だったら奏多だけでも、おぶって連れて行け!急ぐぞ千夜!」


そう言って、愁さんは足早にヘリへと向かった。私もやむなく、奏多の骸を抱えてヘリの方へと向かう。


「待ちなさいッ!!」


後ろで美沙の怒声とともに銃声が聞こえてきたが、あの男の子の力によって浄化されたのだろう、銃弾が私のいる場所まで届くことはなかった。

愁さんと私に続いて最後に男の子が乗り込むと、ヘリは旧世田谷スラム街へと向かった。




「そういえば、ほかのみんなはどうなったっスか……?愁さんと蒼梧くんと離れた、ここに来てたスラム街の人たちは──」


ヘリの中で、気になっていたことを聞いてみる。最初にここにやってきた時、トラックはかなりの量があった。加えて、政府にトラックが見つかった際、スラムの男性らしき声が聞こえていた。トラックに乗ってここにやって来たのは、愁さんと蒼梧だけではないはずだ。

私の疑問に答えたのは、JDCの男の子だった。


「みんな無事だよ。このヘリでここと世田谷を何度か往復して全員運んだ。君たちが最後さ」

「そうっスか、それは良かったっス……」


何とか顔に笑みを浮かべると、私は抱えていた奏多の骸に視線を落とした。彼の体はとても冷たかったが、顔はとても安らかに見えた。不意に視界が滲む。


「……気にするな、お前のせいじゃない」


私の心境を察してか、愁さんがそう言って励ましてくれる。けれど、涙は止まらない。


「けど、もし……っ!もし、自分があの時、トラックの荷台に乗っていなかったら、奏多くんだけでも──!?」


最後まで言う前に、愁さんの腕が素早く、しかし優しく私の体に回され、彼は私に覆い被さるようにして抱擁した。それと同時に、愁さんの目から私の肩に、何かが流れ落ちてきた。


「……すまない、俺は何も偉そうなことは言えない。だがこれだけは言わせてもらう──今は何も考えるな。一晩寝て、一旦落ち着け。今のお前に必要なのは休息だ」


普段の彼からは想像もつかないほどの小声で、愁さんは私の耳元に囁いた。自分への怒りとやるせなさ、奏多と蒼梧を失った悲しみ、そして愁さんの優しさに触れて頭がぐちゃぐちゃになっていた私は、ただ黙って頷くことしか出来なかった。

その脇であの男の子が、こちらも優しく言った。


「そろそろ到着するよ。……彼を、家まで連れて行ってあげて」


ヘリが完全に止まった時、私の頬を伝っていた涙はきれいさっぱりなくなっていた。





それから愁さんと、そして奏多と家に戻る途中で雨が降り出し、私たちはスラム街の中を駆け足で進んでいた。その途中、共同調理場へとやってきた私は、あるものに目が止まりその場で足を止めた。


「……!」


すぐ横を走っていた愁さんが少し走った後に止まり、こちらを振り返る。


「どうした?」

「愁さん、先に戻ってて欲しいっス」

「……分かった」


私が調理場で止まったことで、彼もなにか察したのだろう。それ以上問いただすことはせず、彼は足早に家へと向かっていった。


彼を見送ったあと、私は共同調理場の中の、奏多と共にカレーを作った場所へとやって来た。ここを通りがかった時に、私の目があるものを捉えたからだ。


調理場に残されていた、ラップが敷かれた1枚の皿。その中身は、冷たくなったカレーだった。恐らく奏多が私を追う前に作りかけたものを、誰かが気がついて最後まで調理を続けたのだろう。

既に冷えきっていたそれを、私は少しずつ口に運んだ。


「……あぐっ、」


カレーは少し固くて、少し辛くて、何より冷たく、懐かしくも寂しい味がした。刻々と強さをましていく雨の中、もうここにはいない奏多の顔を見ながら、カレーを食べ続ける。

不意に、雨で濡れた私の顔に暖かいものが流れた。


「あぐっ、あぐっ……うぅっ……」


これを作ってくれた人は、今まで一緒にこの場所で笑いあってきた人は今、私のすぐ隣にいるはずなのに、私がどれだけ手を伸ばしても届かないところにいる──私の顔が歪むには、十分すぎる理由だった。

最後まで読んで頂きありがとうございます!


さて、1話に1人ぐらいのペースで新キャラが出てきてますが今回はつよつよなキャラを投入!今後もっともっと活躍させていきたいですねぇ……


面白い、続きが読みたい!という方は感想評価レビュー待ってます!とっても励みになるのです……

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― 新着の感想 ―
[良い点] JDCの少年……すっごく強い!(* ゜Д゜) 愁とも知り合いのようだし、これからのストーリーに関わって来る重要人物っぽいですね! 千夜が奏多のことを考えながらカレーを食べるシーン、切ないで…
[気になる点] JDCは医師会とはまた違う存在なのでしょうか…。医師会はJMAだし…。そして彼女、取材目的で入ったのは嘘だったのかもしれませんね。何か隠しているような気がします。
2022/07/01 15:28 退会済み
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