第20話
「……さて、父親であることを禁じられたこの身であれば躊躇は要らない。せめて私の手で、あいつのところへと送ってやろう」
目の前に立つ男──私の父親だった男である輝場裕也の放った言葉が終わるか終わらないかの瞬間、私は瞬時に透明化し、彼の頭頂部めがけてたて続けに銃弾を放った。彼の周りを走り続け、可能な限り全方向から。
しかし、私の弾丸は全て直前でかわされ、彼の身には傷一つ付かない。やはりこの男、反射神経と移動速度は私の想像以上のスペックを持っているようだ。
「……っ」
私が再び彼の正面に立って透明化を解除すると、彼は私の持っている銃を一瞥し、にやりと笑った。
「ほう、お前が持っているそれはFNか。いい銃だ、殺傷性も高い」
そこまで言うと、彼は静かに右手を振りかざしながら言葉を続けた。
「だが──俺には遠く及ばない」
短くそう言うと、一気に右手を振り下ろした──いや、私の足元目がけて何かを投げつけるような動作をした。
私は反射的にその場で跳んだがぎりぎり間に合わず、私は彼の手首から伸びていた鞭に足を取られ、その場でうつ伏せに倒れ込んだ。
「うっ──」
両足に鞭が絡まってなかなか立ち上がることができない私の足を、彼は左手に握った拳銃で容赦なく撃った。
「ぐぅっ!?」
瞬間、ふくらはぎに凄まじい熱を含んだ痛みが走る。私の放った弾丸以上の大きさを誇るそれが私の両足に穴を開けたことは、すぐに判った。
そんな私を気にすることなく、彼は自らの手に握られている銃に酔いしれているようだ。
「アメリカ製の拳銃だ。口径も広いから俺のお気に入りの一つなのだよ。それより……」
そこで言葉を止め、彼は私の方を見て目を細めた。
「もう体力も残っていないせいで、透明になる力も使えないだろう?その銃ひとつで俺を捉えられると自惚れたのが、運の尽きだったな」
「くっ……」
確かに、私の手に握ったこの拳銃があれば何とかなると思っていた。この中に甘えた自分がいないと言えば噓になる。
しかし、まだ死んだわけじゃない──なおも立ち上がろうとする私に向かって彼は少し悲しそうな視線を向けたかと思うと、再び私の足を撃ち抜いた。今度はより体の中心に近い、太ももを。
「うぁぁっ!」
再び苦悶の声を漏らした私に向かって、彼はわざとらしく哀しげな声で語りかけてきた。
「出来れば俺だってこんなことはしたくないんだぞ、千夜?俺の崇高な目的を、お前が理解してくれさえすればすぐにでも止めてやっていい」
「……あんたの狂った考えなんて、死んでも賛同しないっスよ」
私が少し掠れ気味な声でそう言うと、今度こそ彼は心から哀しそうな声を出した。
「そうか、それがお前の答えという訳か。……残念だな」
そして、再び引き金を引く。撃ち抜いたのは──私の腹部。
「あ……」
──身体だけでなく、心まで張り裂けんばかりの凄まじい痛み。あまりの衝撃に声も出せずにいると、裕也は私の耳元に囁きかけてきた。
「辛いだろう、苦しいだろう?いいか千夜、俺の手には、そこから解放する力がある」
解放──つまり、死。選択を一つ違えればお前は死ぬぞ、と言わんばかりの脅しを、私はただ痛みに耐えながら黙って聞くことしか出来なかった。なおも彼の囁きは続く。
「もう一度言う、千夜──俺と一緒に来い。お前と俺なら、永遠の命を手に入れられる。どんな病気にも──たとえアビスウイルスにだって縛られない、永遠の命が」
「……なるほど、そうだったんスね。あんたはただ、ママを──」
なけなしの気力を振り絞り、消えかけた体力を足へと集中させる。
──まだ、死んではいない。命ある限り、勝機はある。
「──けど、やっぱりあんたには賛同できないっスね。なにより自分は、こんなところでくたばっちゃいられないっスから!」
そう言って立ち上がろうとしたのと同時に左足から鞭が外れ、私は片膝をついた状態で彼に向かって銃弾を放ち続けた。
しかし、手負いの私が放った弾は全て避けられてしまう。
「フハハハ!遅い、遅いぞ千夜!そんなことでこの俺を止められるなど片腹痛いわ!神の力の一端を得るための実験は、こんなところで止まっていられないのだッ!!」
初めて彼と会った時とはまるで別人のような狂気的な雰囲気をその身に纏わせながら、彼は左手に握った拳銃をあらん限りの力で握りしめ、その銃口を私に向けた。狙うのは、私の頭。
「今度こそ私は人智を超える!そのための尊い犠牲となれ、千夜ッ!!」
片膝をついたまま立ち上がれない状態では、あの弾は避けられない。この部屋に入ってから何度も死に損なっているこの身だが、今度こそ終わりか──目を閉じてその瞬間を待とうとした刹那、私の周りの時が、空間が、何の兆しもなく唐突に止まった。
恐る恐る目を開けると、私以外のすべてが灰色に染まり、私を狙っていた弾は空中に浮いたまま微動だにしていなかった。
「これは……?」
突然の出来事に戸惑っていると、どこからともなく声が響いてきた。
──私の力を、少しだけ貴方に託します。どうか私の代わりに、彼を元通りにしてください。昔のような、優しい人に……
「待って!あなたは、一体誰なんスか!?」
しかし、その声は私の意志に反して急速に遠ざかっていく。それと同時に、泣きたくなるほど懐かしい郷愁の念が、津波のごとく私の中へと押し寄せてくる。
──ごめんね、ごめんね。私の代わりにこんなつらいことを任せてしまって。けれど、あなたならやってくれると信じています。いつまでも見守っていますよ、可愛い私の──……
「──!!」
瞬間、凍り付いた空間が色づきはじめ、止まっていた時が再びゆっくりと動き出す。私を狙った弾も、少しずつ私のもとへと近づいてくる。
緩やかにその遅れを取り戻しつつある時の中で、私だけが置き去りにされることなく素早く動くことができた。先ほどの力はきっと、この世界の時に干渉するものだったのだろう。しかし、なぜその力が一時だけでも私に宿ったのか──
だが、考えている暇はない。誰かが作ってくれたこの一瞬の隙を、逃すわけにはいかない。
「──あぁぁァァァ!!」
叫びながら、私は裕也の足元に銃口を向け、たて続けに彼の足を撃った。
瞬間、時の歪みが修復される。この世界の法則を無視して動いていた私に、世界が追いつく。
それと同時に、裕也はその場で倒れ伏し、自らの足を押さえて呻いていた。
「うぐっ……どういうことだ!?お前のどこにそんな体力が残って──いや、そんなことはどうでもいい!!この私が、お前なんかに……出来損ないな副産物のお前に、後れをとるなど──」
怒りの炎を宿しながらこちらを睨みつけてくる彼の胸に、私は銃口を向けた。
ここにきて手の震えが戻ってくるが、私はもう何発も撃った。戻れなくなるまで撃ってしまったのだ。今更引き返すことなどできない。
──さようなら、パパ。
心の中で呟き、震える右手を左手で抑えて、私は何の葛藤も、後悔も、躊躇いもなく引き金を引いた。
「がはっ!!」
私の行動の結果はすぐに返ってきた。目の前で突っ伏していた男は、一度ビクンと大きく跳ねると、もう動くことはなかった。
「もう終わりっスよ、輝場裕也。神の領域に踏み込むような実験も、日本医師会の暗躍も、必ず自分が──いや、自分たちが止めてみせるっス」
吐き捨てるようにそう言い、改めてデータ送信用の端末へと向かおうとすると、背後で微かに物音がした。
銃を構えて素早く振り返った私の視線の先で、祐也が何か言っているのが聞こえた。思わず近寄り、耳を澄ませる。
「……いい目だ。彼女と──母親と同じ目をしている」
「──!!」
瞬間、私は先ほどの力の源を、そしてこの男を正気に戻すよう懇願した人物の正体を理解した。
母親だった──彼女の思念が、消えかかっていた私の心に力を貸してくれたのだ。どうすることも出来ない自分に代わり、私にその想いと力を、少しの間だけ託して。
「ママ……」
母親の顔を思い出そうとしても、頭の中にもやがかかったようになり思い出せない。やはり頭の中で、彼女の声が響いているだけだ。ただひたすらに、ごめんね、ごめんね、と。
そっと目を閉じ、心の中でありがとう、と言うと、私の目の前で再び裕也が動いた。
「だが千夜、事はお前の想像するように上手くはいくまい。あの方が必ず、俺の研究を……」
それを最後に、彼はぴくりとも動かなくなった。もう光を宿すことのない彼の虚ろな目を、しばらくぼんやりと眺める。
どれくらいそうしていただろうか、再び腹部と足に激しい痛みを感じ、私ははっと我に返った。
そうだ、私がここに来た目的は父親と話をつけることではない。隆羅さんのもとへとデータを転送し、未だ定まっていない彼の道を照らすことだ。
幸い、先ほどの銃撃戦でもデータ転送用端末にはほとんど傷はついていなかった。すぐにカセットとUSBを挿し込み、データの転送を開始する。
今度こそ、部屋の中に小さく電子音を響かせてデータの転送が始まった。それを見届けると同時に体全体から力が抜け、その場で倒れ込んでしまう。
「うっ……」
少しずつぼやけていく視線の先には、仰向けに倒れている裕也がいた。しかし彼の隣にもう一人、誰かが座ってこちらを見つめている。
今までずっと、どこか心の中にぽっかりと空いていた穴が埋まり、消えかかっていた記憶の最後の1ピースがピタリとはまる。
嗚呼、この体にまだ体力が残っていたならば、2人のもとへと走って彼らの胸に飛び込めたはずなのに──
「パパ……ママ……」
最早、幻覚だとは思うまい。
反射的に呟くと、私は彼の──いや、彼らのもとへと這っていった。少しずつ2人との距離が縮まり、やがて私の指先が、父親の指先に触れる。
瞬間、ほのかな温もりを感じた。今まさに消えようとしている彼らの魂の残り香が、今の私には燃えるように熱く感じる。
急速に落ちていく意識の中で、指先を通じて2人の意識が共有され、一つに溶け合う。私ももう、2人に最も近いところまで来てしまった。
私、もう一度3人でやり直したいんだ。一度は喧嘩しちゃったけど、ママも一緒なら──
「──きっと、分かってくれる、よね……パパ……?」
* * *
ベッドに横たわっている俺と、その隣に座って足をぶらぶらさせながら黙々と本を読んでいる彰三の隣で、不意に電子音が鳴った。音源は、俺のスーツケースだった。
「隆羅、あれは一体……?」
俺に向かって彰三が怪訝そうな目を向けてくるが、頭を軽く振ってそれを受け流す。
「千夜がUSBを挿してくれたようだ。すでにお前の手の中には、あの日のすべてが詰まっているだろうな」
「なるほど……」
俺の短い説明を聞いていた彰三は、スーツケースを俺のもとへと持ってくると、ベッドの脇に椅子をおいて俺の隣にちょこんと座った。今度は、俺が顔を険しくする番だった。
「……何のつもりだ?」
無意識に少しトーンが低くなった声で俺が言うと、彼はニッと意地悪そうに笑った。
「お前だけが知るというのも何だか癪だ。俺だって、あの日のことはまだまだ知らないことだらけだからな。研究者はやはり、探求心に満ち溢れていなければ」
無邪気に笑う子供のような仕草に、俺は思わず口元に笑みを浮かべていた。
「フッ──まぁいい、好きにしろ。それでは、ファイルを開いていくぞ……」
千夜が転送したデータの冒頭にあったのは、一本のビデオだった。一瞬だけ彰三と顔を見合わせるがすぐに画面の方へと視線を戻し、迷わず再生ボタンを押す。
画面の向こう側では、激しい光と逃げ惑う人々がみえた。どうやら、ハロウィーンの断罪が起こった瞬間の映像らしい。これは俺も彰三も知っていることなので、そのまま黙って視聴を続ける。
と、何の兆しもなく画面が切り替わった。どうやら次のビデオへと移ったようだ。カメラの視点は、東京市セントラルタワーの内部から外へと変わっている。今のところ、特に変わった様子はないようだが──
「……っ!?」
瞬間、思わず俺は、その動画を一時停止していた。目の前に映っている衝撃的な光景に目を見開いていると、全く同じところで引っかかったのだろう、隣から彰三の掠れ声が聞こえてきた。
「そんな……もしこれが本当だったら、蒼梧もまたEclipseの──」
その場で固まった俺達の耳に、微かな轟音が響いてきた。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
今回僕としては書いてて辛かったですがやっぱりこうしないとこのお話が綺麗にまとまってくれないというかカクヨムとの差別化が図れないというか、、、
そして、ここで久々に蒼梧君の名前を出しました!次回か次々回でそのへんもっと深く掘っていきます。是非次のお話も読んでいただければ!
それでは、次回もお楽しみに!




