第1話
何とか木曜日に間に合いました。これから1週間毎にちゃんと更新できるか心配です。
では、本文どうぞ!
部屋に入り込んでくる日差しで、奏多は目を覚ました。大きく伸びをして起き上がると、窓から東京市のビル街が見えた。
「あそこが爆心地、なんだよね……なんであそこの建物だけ、無事なんだろう」
いつも抱えている疑問を、思わず口に出す。
──16年前、僕が生まれる直前に、東京市を中心として世界規模のウイルス感染症パンデミックが勃発した。日本の人口はそれにより半分まで減り、それをきっかけとして《アビスウイルス》の世界規模の感染が広まった。強烈な症状とワクチン開発の遅れ、そして類まれな感染力の強さにより、死者は世界で10億を超えたという。いわゆる"ハロウィーンの断罪"である。その後、ワクチンの普及によってアビスウイルスはほぼ収束し、現在ではほぼ見られなくなった。代わりに、症状や感染力は強くないが異常なしぶとさを誇る変異株《VOID》が流行し、ここ旧世田谷スラム街でも毎日多くの患者が簡易病棟に運ばれていくのを、奏多も幾度となく見かけている。
アビスウイルス、またはVOIDに感染すると、感染者の額に逆三角形と眼玉のような謎の模様が現れる。見かけの症状はそれだけなのだが、感染者の話によれば「しきりに頭の中に声が響いている」らしい。そして、日が経つ事に頭痛や幻覚、めまい、うわ言などの症状が出始め、感染から1年がたった頃に心臓麻痺を起こして誰もが等しく亡くなってしまうのだ。
「──っ」
1年ほどたったところでみな亡くなってしまう、それはこのスラム街も例外ではない。これまで奏多は、目の前で亡くなる人を何人も見てきた。それでも最近はJDCから提供されるワクチンのおかげで日に日に減っているけれど──そんなことを考えていると、隣で蒼梧兄さんが起きる気配がした。
「んぉ…?おはよう奏多、いつもお前は早ぇな」
「おはよう、蒼梧兄さん。ちょっと考え事をしてたんだよ」
兄さんが隣で大きく伸びをするのを横目に僕は起き上がると、家の冷蔵庫から食材を出して朝食を作りに共同キッチンへと向かった。
旧世田谷スラム街には、他のスラム街とは比較にならないほど巨大なものだ。それ故に電気や水といったライフラインもある程度は整っている。電気は要所ごとに設置した発電機やソーラーパネル、そして目黒川にJDCと共に設置した水力発電所から供給される。また、水は雨水や目黒川などの水源の水を濾過したものを使っている。但し、ガスは無いので火を起こすとこは自ら火打石などを使って種火から作るしかない。
共同キッチンは、屋外に設置された公共の調理場である。電気が通っているお陰で、炊飯器や電子レンジなどかなり充実した場所だ。そこで毎日僕が朝と夜の支度をし、昼は蒼梧兄さんに料理を教えながらご飯を作っている。兄さんは力が強すぎるから教えるのは一苦労だけど。
今日の朝食はトーストとハムエッグというシンプルなものだ。それを、僕と兄さんとの2人分作る。僕たちの家は幾つかの部屋に別れており、僕と兄さんは同じ部屋で暮らしているため、何かをする時は必ず2人分のことをまとめて行う。ちょうど今のように。暫くすると、少し濃いめの匂いが辺りに漂った。
「うん、今日もいい感じ」
出来上がった料理を皿に盛り付け、兄さんの待つ部屋まで早く持っていこうと一歩踏み出した時、近くで怒鳴り声がした。
「おい、こいつは俺のもんだろうが!!」
「何言ってんだ、俺が最初に見つけたんだぞ!!」
どうやら男二人が怒鳴りあっているようだ。粗悪な環境であるスラム街で育った者の中には扱いに困るものも少なくないが、彼らがいい例だろう。今は、道端に落ちていたものがどちらのものになるかで言い争っているようだが――
少し気になり、僕は皿をキッチン台に置くと立ち並ぶ家と家の隙間からその場の状況を眺めた。
まず初めに見えたのは、屈強そうな2人の男。先程からずっと言い争っている2人で間違いないだろう。そして、その2人の間には――
「――!?」
思わず声を出すところだったのを、慌てて止める。
彼らが取り囲んでいたのは、何と1粒の真珠だった。確かにそれなら言い争いをしていてもおかしくはない、何しろこのご時世、真珠は海洋汚染の影響で見る影もないのだ。しかし、真珠は特別な貝が何年もかけて作るもの、と本で読んだことがある。それを見てから1度はこの目で見てみたいと思っていたが、なぜこんなスラム街のど真ん中で――そう考えている間にも、2人の争いは激化し、今ではお互いの胸ぐらを掴みあっていた。
「てめぇ、何度言ったら分かるんだ!コイツを最初に見つけたのは俺だ、とっとと俺に寄越しやがれッ!!」
「お前が最初に見つけたかもしれねぇけどよ、これの所有者は俺だ!!誰にも渡す筋合いはねぇよッ!!」
「なんだと、だったら拳で分からせてやるしか――」
「そこの2人、そこまでだ!!」
あわや殴り合いというタイミングで、野太い声が響く。同時に振り向いた彼らの視線の先に、愁さんが立っていた。
「愁さん、こいつが俺の真珠を――」
「何言ってんだ、先に見つけたのは俺だっつってんだろ!!それがこのスラムのルールだったはずだ!!」
2人の言い分を聞き、愁さんは少し俯くと、考えこむかのように目を閉じる。しばらくすると、愁さんは軽く頷いた。
「なるほど、大体分かった。さしずめ、もともとコイツのものだったかもしれない真珠を――」
愁さんはまず、真珠の元々の所有者らしい人物を指さした。
「――コイツが道端に落ちているのを見つけ、ここのルールに則って自分の所有物だと言っている、そんなとこだろ」
次いで、最初に真珠を見つけたという人物を指さす。真珠の所有者だという人は思わず唸っていた。
「うーん流石だな愁さん、ほぼその通りで間違いない」
すると、もう1人の男がニヤリと笑いながら口を挟む。
「当たり前だろ、愁さんは"観測者"なんだから」
――アビスウイルスから復帰した人の中に、何かしらの能力が発現する場合がある。愁さんもその一人で、自分のいる場所の周りで過去に起こったことを遡って見ることが出来、皆から"観測者"と呼ばれている。愁さんはその能力を用いて数分前の状況を"観測"し、さらに2人の言い分も加えたことでこの結論に至った訳だ。過去にもこの力のお陰でスラム街でのいざこざを何度も止めてきており、この辺りを統べるギャングのリーダーという役職にはふさわしい人物だろう。生きている時代が違えば彼はきっとすごい人になっていたかもしれないが、今はそんなことを考えていても仕方がない。先程は愁さんの能力を褒めることで理解の一致を得ていた2人だが、再び両者の視線はお互いに注がれ、今にも火花が散りそうな勢いだ。
「まぁ2人とも落ち着けって、ここのルールを思い出せよ?"道端に落ちているものはそれを拾った者の所有物になる、但しそれは所有者がその時点ではっきりしていない場合のみ"。そっちのアンタ、この真珠がアンタのものだっていう証拠は何かあるかい?」
すると、その男はしばらく考え込んだあと、独り言のように話し出した。
「……そういえば、俺の家にその真珠がついていたネックレスがあるんだ。嫁の形見だからな、大事にしようと思っていた矢先に近所のガキにそいつを取られて、その拍子に紐が弾けちまったのさ。他についていた真珠は全て見つけ、最後の1つがそれって訳だ。――だから、その真珠には紐を通すための穴が空いている。それから、どこかに"M"の刻印があるはずだ。イニシャルだよ、アイツの」
黙って話を聞いていた愁さんは、眉間に皺を寄せて再び目を閉じる。刹那、青く淡い輝きが彼を包み、野次馬の集団が軽くどよめいた。これは"顕現"と呼ばれ、能力を強く使う際にみられる現象だ。愁さんの場合、より過去の事象を視ようとするほど、周りの光は濃くなる。だが、光が濃くなるほど使用者への負担も大きくなる。愁さんが視ることの出来る過去は、遡っても10年が限界だ。
再びの沈黙の後、愁さんはゆっくりと頷いた。
「そいつの言ってる事に嘘はないらしい――で、どうなんだ?その真珠、ちょっと見せてみろ」
愁さんが差し出した手に、最初に見つけたという男は真珠を手渡した。
「ふむ……確かに紐を通すための穴が開いているな。それから――」
愁さんが真珠を見回し、ある一点で止めた。話し合っていた2人が覗き込む。
「――ここに、Mの刻印がうっすらだが入っている。こいつはもう、間違いないんじゃないか?」
すぐさま、元の持ち主だという人が愁さんの持っていた真珠に飛びついた。
「見たか、やっぱりこいつは俺のだったんだよ!」
そして、真珠を眺めながら一言。
「……やっと戻って来たな。帰ろう、美紗」
その様子を見ていたもう一人の男が、首の後ろに手を当てながら近づいていく。
「まぁ何だ、その……悪かったな。あと、そいつ大事にしてやれよ。嫁さんの形見なんだろ?」
すると、真珠の持ち主の男は目にうっすら涙を浮かべた。
「あぁ、もう行方が分からなくなって16年になる。いつものようにふらっと仕事に行ったきり――」
男は、真珠の繋がったネックレスを広げてみせた。
「こいつを置いて、どこかに行っちまったのさ。どこかで生きてるといいんだが…」
「きっと大丈夫ですよ」
僕は無意識のうちに飛び出し、口を挟んでいた。
「確証は無いですけど……えっと、上手く言えないけど、あなたの奥さんは大丈夫だと思います」
驚いて少し固まっていた男は、ふっと笑った。
「フン、お前に言われなくてもうちの嫁がそう簡単にくたばるわけがないぜ。……けどまぁ、ありがとよ坊主」
頭をくしゃくしゃと撫でられ、思わず顔がほころんでしまう。親の顔を知らない僕だが、その手はとても暖かく安心感があって――
パシャリ、と突拍子にカメラのシャッター音が響く。
僕も、愁さんも、2人の男も、そしてそれを眺めていた群衆も全員、音の鳴った方を見た。
「いやぁすいません、微笑ましいシーンがあったからついシャッターを切っちまったっスよ」
へへ、と照れくさそうに笑っていながら人混みをかき分けて現れたのは、白いタンクトップと白い帽子、そしてデニムのジーンズをはき、首から提げたカメラを手に持っているショートヘアの女性だった。
「ども!自分、関東広域放送の輝葉千夜っていいます!これからしばらくここのスラム街を密着取材させて貰いますんで、どうぞよろしくっス!」
――この出会いが僕の、ひいては世界の運命を大きく変えることになるとは、当時の僕は思ってもいなかった。
今回も読んでいただきありがとうございます。
今日の話を書いていて分かったことが一つだけ。やっぱり人間、予め期日を設けておくとしっかりやるもんですね。学校でレポートをやっていた時も提出前日の夜中にエナドリ片手にやっていた記憶…うっ頭が…
さて、今回から本文突入です。現状では奏多くんと蒼梧兄さんは何も能力は持っていませんがやはりどこかで主人公補正とやらをかけておきたいですね…笑
長くなってしまいすいません!次の話は1週間後に(多分)更新するので気長に待っていてください!