第13話
「助けに来たよ、蒼梧兄さん」
奏多がそう言うと、彼の兄──蒼梧はちらりと彼の方を、そして私たちのいる方を見、呟いた。
「なるほど……このような子供が相手とは、あのお方も意地が悪い。私を信用しきっていないということか」
その雰囲気も、口調も、今まで話に聞いていた彼とは異なるものだった。
実際、彼の服装はスラム街で奏多から聞いたものとは全く違うものになっていた。Eclipseの影響下は分からないが、いつの間にか長く伸びている髪を結び、紺色の袴に身を包んでいる。まるで、武道に染まった若き天才、とでもいうような風貌だった。
「……やっぱり、分からないんだね」
奏多の声を聞いても、彼は眉を少し釣り上げただけだった。
「そなたが何を言っているのかは分からぬが、ともかく今回の対象はそなたらしい。恨みはないが、今この場で散ってもらうぞ──ッ!!」
そう言うなり、蒼梧は突然壁際へと走りだし、そのまま自分の拳を打ち付けた。
「シッ!!」
短い気合いの後に、彼の打ち付けた拳を中心に壁が大きく割れ、その破片が周囲に飛び散った。そのとてつもない腕の力に舌を巻きながら、私は彼のしたことに疑問を抱いていた。
(……?一体、蒼梧君は何を──)
それほど腕の力が強いのであれば、壁でなくとも奏多に向けて一発その拳を放つだけで終わらせられるはずだ。しかし、そうしなかった理由は──直後、判明した。
「……っ!?」
突然、壁から剥がれ落ちた大小さまざまな幾つもの破片が白く輝きだし、彼の手の中に集まり始めたのだ。それはやがて形を変え──彼の手には、一振りの薙刀が握られていた。
「あれは、一体!?」
思わず叫ぶと、隣にいた鎧の人物が、何の拍子もなく話し出した。
「ある物質を破壊し、それを基に別の物質を再構成する力だ。我々はそれを"再構築者"と呼んでいる。その特性上、破壊できるのは無生物に限られるがな」
その言葉に、なるほどと頷く。彼が先ほど行っていたのは、物質の破壊と再構築──すなわち、壁を破壊したのちにその成分を分解、再構成して薙刀へと姿を変えさせたのだ。
「なるほど……材料さえあれば、何でも思うままに作れてしまう、ということね」
私がそう言うと、今度は進が話しかけてきた。
「けれど、それだったら奏多君だって……!」
彼の言葉に、私は頷いた。あとは、奏多が彼自身の力を使うか否かにかかっている。
「えぇ、そうね。彼の選択の時は、もう近いはずよ」
* * *
私が一歩進むと同時に、首元と足元を弾丸が掠めた。
「ぐぅ……ッ!?」
目の前にいる男──櫻田龍羅が持っている歪で巨大な銃、《NTW_Revision》の放った対物用の銃弾は、着弾と同時に爆発して衝撃波を生み、私を地面に叩きつけた。
彼は本気で私を殺しに来ているというより、どこか楽しんでいるようだった。
「どうした、千夜。お前の空元気は、そんなものだったのか?」
彼は私のすぐ近くまで来ると、嘲笑を浮かべてこちらの顔を覗きこんだ。この戦いを何とも思っていないようなその顔に怒りがこみ上げ、自然とその場で立ち上がりピストルを構える。
「そんなこと……ないっス!!」
私が声を荒げると、彼は表情を変えずに《NTW_Revision》の銃口を下ろした。
「フン、いい返事だ。流石はアイツの子供、ということか」
彼の言葉に、思わず目を見開く。母はまだ私が幼かったころに亡くなってたと聞いているし、父は未だ行方不明中なのだ。
「──どうして、あんたが私の親のことを知っているっスか」
彼は目を閉じ、何かを思い出すかのような仕草をしながらゆっくりと話した。
「あぁ、そりゃ知っているとも。何なら子供であるお前よりも詳しく、な。この前だって、お前の父親と会って話したばかりだぞ」
「──!!」
その発言に、全身が硬直する。
パパが生きていた──それも、東京市の中で。しかし、それでは何故行方不明という扱いになっているのかは分からない。
「パパが……東京市に……?」
私がそこまで言ったのと同時に、彼は獲物の銃口を私に向けてきた。
「おっと、これ以上はおしゃべりが過ぎるぜ。これでもこの情報は、このセントラルタワーの秘匿情報なんだからな──さぁ、もっと俺を楽しませてくれ、千夜。続きはその後と洒落込もうじゃないか」
* * *
「らぁぁッ!!」
全身に寒気が走り、その場から後ろへ大きく飛び移る。直後、目の前にいる男──岸井東治の拳が地面にめり込んだ。彼はその場所を起点にさらに大きく飛び、俺の腹に頭突きを一発放った。
「ぐっ……」
その威力で吹き飛ばされ呻いていると、東治は指をぽきぽきと鳴らしながらゆっくりと近づいてきた。
「聞いたぞ──美紗から聞いたぞ、愁。使えないと──お前の能力は、戦闘においてはまるで使い物にならないとなァ!!」
その言葉と共に再び飛んできた拳をぎりぎりのところで躱すと、俺はその拳を掴んだ。
「あぁ、そうかもしれない。だが、俺にはその能力で鍛え上げてきた知識がある」
そう言いながら、拳を掴んでいる腕に力を込めていく。しかし、そんな状況でも彼の目は怪しくぎらついていた。さながら、獲物を狩る獰猛な肉食動物のように。
「笑わせる。残念だ──お前のその裁量があれば私たちと同じ道を歩めたかもしれないというから残念だッ!!」
その言葉と共に俺の腕から拳が引き抜かれ、俺の胸部に彼の両腕が撃ち込まれた。こちらも両腕を使って受け止めたものの、威力を相殺しきれずに体が後ろへと吹き飛ばされる。俺の背後では、吹きさらしとなっているこの場所に向かって風が唸っていた。
あと一撃喰らえば、その瞬間に俺の体は地上50階の高さから外へと放り出され、うなりを上げて地面に激突するだろう。背水の陣となった俺に、再び彼はじりじりとにじり寄った。
が、このまま千夜を、なにより奏多や蒼梧といったスラム街の奴らをおいてこの世界から逃げるなど、俺には到底できない選択だった。
「……その言葉、そっくりそのまま返させてもらう」
ゆっくりとその場で立ち上がりながらそう言った俺に、東治は眉を吊り上げた。
「何だと……?」
そう言いながら、再び大きく拳を振りかぶってくる。俺はそれを無視して話を続けた。
「確かにお前は、この国の首相としては十分な潜在能力を持っていると言えよう。だからこそ、お前がその力を正しい方向に使えなかったのが──」
瞬間、俺は大きく左斜め前へと跳んだ──今まさに拳を虚空へと突き抜けた、東治をおいて。
「──残念だッ!!」
勢い余った彼はそのまま姿が見えなくなった。同時に悲鳴が聞こえてきたが、それも途中で消えてなくなった。
彼の断末魔の叫びを聞き終える前に、俺は兄貴のもとへと駆け出していた。
「なっ──愁!?」
「千夜、今だ!」
俺が兄貴の前に飛び出ると同時に、後ろで千夜の気配が消えるのを感じた。俺が着地したとき、彼女の姿はどこにもなくなっていた。
「フン、自分を犠牲にしてまであの女を逃がすとは……よほどあの女を気に入っているみたいじゃないか?」
興を削がれたような顔をする兄貴に、俺は首を横に振って応えた。
「いいや、彼女だけじゃない。俺がこれまで見てきた若い風は、確かにその勢いを増してきているさ。俺や兄貴が老害だと言われるようになるのも、かなり未来の話ではなくなってきたかもしれないぜ?」
俺の言葉を黙って聞いていた兄貴は、頭を掻きながらフッと笑った。こちらを見下しているような笑みだったが、今までのような刺々しさは感じられなかった。
「……まぁいい、これからはお前も晴れて警視庁の仲間入りだ。俺もお前とこれから仕事ができるようで嬉しいぜ、愁」
そう言うと、小声で呟く。
「……絶対に、兄として弟の道を正してみせる」
兄貴は気付いていないかもしれないが、彼の独り言は昔から聞こえていた。今のそれも例外ではない。彼がしてきたのは、本当に俺を想っての行動だったのだ。
そんなことを俺が考えていると知る筈もなく、彼はその獲物、《NTW_Revision》に新たな弾を込めた。緑色に光るその銃弾は、猛獣に使う麻酔弾を彷彿とさせた。
「さて、ここでお前は"処置"を施すわけだが──最後にスラム街の長として、言いたいことはあるか?」
"処置"というのは、言わば洗脳だろう。今までの記憶を消し、新たに東京市の、そして警視庁の"存在しないはずの記憶"を刷り込んで、あたかも今まで自分が東京市に身を置いていたかのようにふるまわせるといったものだと推測がつく。恐らくは、これを使って蒼梧も──
日本医師会への怒りが改めてこみあげてくるのを感じながら、俺は拳を握り歯を食いしばって呟いた。
「……何もねぇよ、クソ兄貴」
そう呟いた俺の耳に、一発の銃声が響いた。
* * *
「──やばい」
思わず、そう呟いていた。戦いの始まる前から、今の僕では兄さんに勝てないと、僕の全身が本能的に感じ取っていた。
それは向こうも同じようで、兄さんは薙刀をくるくると回しながら気だるげに言った。
「こちらは薙刀、そなたは素手……最早、手合わせをするまでもないと思うが?」
手合わせをするまでもない──つまり、兄さんは僕に向かって降参しろ、と言っているのだ。しかし、ここで僕がそんなことをしては兄さんを取り戻すことができないだけではない。僕と、捕まっている進さん、そして智子さんが日本医師会に連れられてしまうのだ。
この最悪の結末を、回避する方法。僕はこれまでにないほど考えを巡らせ──1つの結論に辿り着いた。
「……そうだ」
どうして、今まで気が付かなかったのか──兄さんが壁の欠片から薙刀を生成したように、僕の身体にもアビスウイルスによる能力が備わっているではないか。その名も、己の想像を創造し現実へと変える力、"想造者"。
そのすべてを思い出した僕は、ただひたすらに願った。今の兄さんを殺し、昔の兄さんを取り戻す力を、と。
(僕に、その力を分けてください。僕にも、兄さんと同じような武器を──兄さんを助けることの出来る、力を……!!)
瞬間、僕の右手が強い輝きを放ちはじめ、僕は思わず目を瞑った。素体を必要とせず、物理法則やこの世界の理を一切無視した、奇跡に等しき神の所業。
右手の光が収まったとき、僕の右手には一振りの剣が握られていた。
「……ほう、面白い」
突然の光景に、兄さんが驚きつつも楽しんでいるように言った。
剣を軽く振ってみると、それは僕の手によく馴染んだ。まるで僕の体が、初めからこの剣の使い方を知っていたかのように。
その切っ先を兄さんに向けて、僕はニッと笑った。
「いくよ、兄さん。僕の力で、もとに戻してあげるから」
最後まで読んでいただきありがとうございます!また遅れました…人って朝早く起きる必要がないと本当にずっと寝ていられるんですね。すごい。
それはともかく、今回も例のごとく話の内容に少しだけ触れていこうと思います。
さて、ラストで遂に奏多くんが覚醒!次回ではそんな奏多くんと蒼梧くんが壮絶なバトルを繰り広げる…描写をうまく書けるか不安で仕方ありませんが頑張ります。
今回も遅れてすみませんでした!次回も遅れるかもしれませんが読んで下さい!ついでに感想評価レビューいつでも待ってます!




