第10話
「──どういう意味っスか?もう、力を使わないって」
私の疑問に答えたのは、梶田さんだった。
「千夜、実はこいつの力は──」
しかし、そこまで言った彼を清吾さんが手で制した。
「待ってくれ、梶田さん。そっからは俺が話す」
彼は私と梶田さんの前に一歩踏み出すと、過去を振り返るように、ゆっくりとした口調で語り始めた。
「……俺の力は、ただ死んだ人を復活させるだけじゃない──代償がいるんだ。その人の復活を願う人の命っていう、大きな代償が」
「──!!」
彼が「もうこの力は使いたくない」と言ってから、薄々感じていたその理由。しかし、彼から発せられたその内容は、私が思っていたことよりもはるかに重く、そしてはるかに儚いものだった。
絶句する私に向かって、清吾さんは少し悲しそうな視線を向けてきた。
「いいか、この力を使って誰かを助けるってことは、同時に誰かの命を奪うことと一緒だ。そんな力、俺はもう使わない──いや、使いたくない」
きっぱりとした彼の口調に、顔を伏せて思わず呟いた。
「……じゃあ、もう奏多くんには二度と会えないってことっスか」
「申し訳ないが、そういうことだ。分かったなら帰ってくれ」
冷たく言い放され、私の頬を涙が伝った。確かに、彼の言っていることは正論だ。私が反論する余地も、権利もない。
それでも、彼のことは今までたくさん見、たくさん写真を撮ってきたつもりだ。まだであって一か月と経っていないというのに、こんな形で別れるなどとても容認できない。
「そんなの……そんなの嫌っス!これが我儘だってわかってるっスけど、けど奏多くんとはまだ一緒にいたいんス!!」
その場でうずくまった私の肩に、梶田さんの手が乗せられた。そして、あの低い声で優しく語りかけてくる。
「……もうよせ、千夜。お前がどれだけ喚いて、悲しんだとて、それでも彼が戻ってくるわけじゃない。俺達がどうこうしようと、彼の意志がない限り無理だ」
「そうだ。悪いが、これは俺が決めたことだ。今更誰かにどうこう言われる筋合いはない──」
そういうと、彼は家への道をゆっくりと進み始めた。その途中で、彼が小さく呟くのが聞こえた。
「もう、一人にしてくれ。俺は美沙に会ってくる」
その瞬間、私の頭の中で何かが弾けた。氷川清吾の妻である、美紗という名の女性。偶然とは思えない、彼女の名前は──
「氷川、美沙……まさか……」
ある1つの可能性に気が付いて喘ぐと、それを聞き取った清吾さんが怪訝な視線を向けながら近づいてきた。
「どうした記者さん、俺の嫁の名前なんか呟いて。もうここに用は無いはずだ」
その言葉で、私の思考は現実へと戻って来た。私は彼の目を見、はっきりとした口調で短く告げた。
「いや、用事はまだ終わってないっス──あなたの妻について、聞いてほしいことがあるっス」
「何だと!?美沙が、生きている……?」
数分後、彼の家にお邪魔した私たちは、私が東京市で撮った写真を清吾さんに見せながら、改めて氷川美沙──彼の妻が生きていることを彼に伝えた。
「そうっス。自分が実際に会ってきたっスから、間違いないっスよ。そして、彼女は今、東京市で──」
「千夜、それ以上は……」
私が続けて何を言うかを察したのか、梶田さんが止めてくる。彼には、これまでの道中ですべてを話していた。が、これ以上引き下がることはしたくない。蜘蛛より細いこの糸の先に、きっと奏多がいる。
「──東京市で、日本医師会と共謀して人間兵器の開発をしてたっス」
「……!!」
清吾さんは少し驚いたような顔を見せたが、すぐにその顔は笑みを含んだものへと変わった。
「……そうかい、まぁ生きてることがわかっただけでもいいさ。アイツとはまだ、話し合ってないことばかりだからな。子供だっていなかったし、もう一度会えたら俺達だって──」
そこまで彼が言ったところで、私は右手で彼を制し、話を遮った。血は繋がっていなくとも、美紗の手に宿った子はいる。
「──いや、いるっス。美沙さんの宿した子が……それが私の生き返らせたい子、奏多くんっス」
「何……?」
「自分が初めてここに来た時、奏多くんは清吾さんのことを慰めてたっス。覚えてないっスか、この子のことを……?」
そう言いながら、私がここで初めてとった写真を見せる。写っていたのは、清吾さんに頭を撫でられて顔を綻ばせる奏多だった。それを見た瞬間、彼は全てを察したようだった。目を大きく見開き、途切れ途切れにかすれたような声を出す。
「まさか──あの時の坊主が、俺の息子、だと……?」
穴が開くほど写真を見つめる彼を見、私はあの日のことを思い出していた。
あの日、私はスラム街というものを初めて見た。それまで東京市内から出たことがなかった私は、関東広域放送に就職後も動画の編集ばかりを任され、外に出ることは叶わなかった。しかし、ある時突然、上司から密着取材を受けて来いと言われたのだ。
「えっ──自分が、っスか?」
「えぇ、そうよ。外の世界を見て、いい刺激になるといいわね。……それに、きっとあなたのお父さんも見つかるんじゃないかしら?」
当時はスラム街の実態は何も知らず、パパの手掛かりもなにも掴めずにいたので、私は快くスラム街へと向かった。
そして、驚愕した。東京市と、そこからあまり離れていないはずの旧世田谷スラム街では、生活のレベルがあまりに違い過ぎたのだ。電化製品はもちろんのこと、あるだろうと思っていた温かい風呂までもがなかった。食事は一日に三回とれるが最低限、そのため食べ盛りの子供が「まだ足りない」とわめいている姿も少なからず見かけた。
そんなスラム街の実態を一枚一枚写真に収め、私は歩き続けた。そうして出会ったのが、奏多と愁さんだった。
「──もう行方が分からなくなって16年になる。いつものようにふらっと仕事に行ったきり、こいつを置いてどこかに行っちまったのさ。どこかで生きてるといいんだが…」
歩いている途中で人だかりを見つけた私は、早速特ダネの匂いがして入り込む。その輪の中心には、三人の男性が立っていた。
と、突然建物の影から誰かが現れた。出てきたのは、15,6歳くらいの少年だった。彼は男性の方をまっすぐ見、こう言った。
「きっと大丈夫ですよ。確証は無いですけど……えっと、上手く言えないけど、あなたの奥さんは大丈夫だと思います」
その瞬間、私は彼についていこう、と本能的に感じた。特ダネが待っているかもしれない、というだけの理由ではない。彼についていけば、きっと私も成長できる。そして、その先に、わたしのパパも──そう考えたのだ。
「フン、お前に言われなくてもうちの嫁がそう簡単にくたばるわけがないぜ。……けどまぁ、ありがとよ坊主」
その男性に頭をくしゃくしゃと撫でられ、少年の顔は綻んでいた。まるで親子のように──
気が付くと、私は自分の透視能力を使いつつシャッターを切っていた。その音で、全員が一斉にこちらを振り返る。
「──いやぁすいません、微笑ましいシーンがあったからついシャッターを切っちまったっスよ」
これが、私と奏多、そして愁さんとの出会いだった。
回想を終えて閉じていた目を開くと、私は清吾さんに向かって一歩進み出た。
「奏多くんはあの時、あなたの息子としてではなく、同じスラム街に暮らす仲間としてあなたに近付いて、励まそうとしていたっス。我儘で自分勝手な自分なんかより、彼の方がずっと大人な存在──そう思ったから自分、もう怖くないっス!奏多くんのためならこの命、安いもんっスよ!!」
気が付くと必死になっていた私に、彼は口元にうっすら笑みを浮かべながら両手を上げた。
「……分かったよ、俺の負けだ。この坊主を生き返らせればいいんだろ?そこまで必死なら、最後の仕事としてやってやるよ。さぁ、アイツの──俺の息子が眠ってる場所まで、案内してくれないか」
「……ここっス」
私たちの家の隅に建てられた小さな墓までやって来ると、清吾さんはその墓の前でしゃがみこんで、墓石を軽く撫でながら話し始めた。
「よう、久しいな」
それだけ言うと、過去を思い出しているのだろう、目を閉じながら話を続けた。
「にしても、まさかお前が俺の息子とはまぁ……こんな偶然も、あるもんだな」
そこで目を開け、墓石のさらに近くにしゃがみ込む。
「……早く気がついていれば、お前をもっと幸せにできたかもしれないが──色々と背負ってきたんだろう。待ってろ、すぐに戻してやるからな……」
そういうと彼は立ち上がり、表情を硬くしてこちらを見てきた。いよいよ、私を贄として奏多を復活させるらしい。
「いよいよっスね、奏多くん──」
すると、私の声が微かに震えているのを感じ取ったのだろう、彼が口元に笑みを浮かべた。
「……怖いか?死ぬのが」
そう言われ、思わず視線を逸らす。私の頭に浮かんでいたのは奏多と愁さん、そしてその隣で笑っている私自身だった。
「死ぬことに対してじゃないっスよ。もう一度奏多くんと会えなくなるのが、寂しいっていうか……」
そんな私を見、しかし清吾さんは一笑しただけだった。
「まったく、いらん心配しやがって──けど安心しな、死ぬのはお前じゃない」
「え……」
彼の顔に浮かんでいた笑みが、悲し気なものへと変わった。
「あいつの幸せを誰より願ってるのは、親である俺に決まっているだろうが」
私も梶田さんも、目を見開いた。
「清吾、お前は──」
そう言いかけた梶田さんを手で制すと、彼は再び視線を奏多の墓へと戻した。
「心配いらない、いつかはこうなるときが来ると思ってたんだ。それに、アイツなら俺の想いを美紗に届けられる……そう、俺は信じてる」
そこまで言って、彼は梶田さんに視線を向けた。恐らく、これからやろうとしていることについて、彼に意見を求めているのだろう。
それを汲み取ったらしく、彼は少し考えた後にゆっくりと頷いた。
「……異論はない。その選択にお前と、そして奏多とやらが後悔しないのなら」
彼の言葉に私は目を伏せ、涙をこらえながら声を出した。
「でも、きっと悔いるっスよ。奏多くん、そういう子っスから」
私がそういうと、彼は鼻の下をこすりながら、照れくさそうに視線をそらした。
「へっ、やっぱりあいつは俺の自慢の息子だ。本当に優しいやつだぜ──あの時だって、赤の他人だと思っていた俺のことを、ああして慰めてくれたんだからよ。そういう意味でも、アイツにはこれからも頑張ってもらわなくちゃな」
呟くと、彼は私の顔を見てきた。その表情からは、息子の目を再び見ることが出来ないという悲しみと、それでも息子の幸せのためにわが身を犠牲にせんとする決意が宿っていた。
「記者さん、いや──千夜さん。奏多のこと、あんたと愁さんに任せるぜ」
そう言って右手を差し出す清吾さんに、私は左手で握って応えた。
「任せてくださいっス。こう見えて自分、彼のことはいろいろと知ってるっスから」
私が答えると、彼は大きな声で笑い声をあげた。わざと声を大きくしているようにも聞こえた。
「そうかい、だったら俺には何の悔いもねぇや!」
そして、奏多の眠る墓を眺め、口元に笑みを浮かべながら一言呟く。
「……すまねぇな奏多。今まで親として、何もできなかった俺を許してくれ──美沙によろしく」
それが、彼の最後の言葉だった。
清吾さんは目を閉じると、地面に手を当てた。刹那、彼の全身を緑色の光が包む。それは強く、しかし優しい色だった。
光はその後5分ほど、ずっと光り続けた。そして、その光が少しずつ薄れ、消えた時、私たちの目の前にいたのは真珠を持った男性ではなかった。
「ここ……は……?」
私と梶田さんの目の前で、奏多がゆっくりと目を開けた。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
ここでひとつお知らせを。そろそろテストが近いので来週更新できるか怪しいです…
さて、今回で遂に奏多くんが復活!JDCという新たな仲間を加え、彼らは再び蒼梧を助け出すために東京市へと向かうこととなります。
それでは、次回もお楽しみに!