表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
儚き影のレジスタンス  作者: 可惜夜ヒビキ
10/26

第9話

「あなたは──岸井健介、首相……?」


私と進の目の前にいたのは、見間違えるはずもない、我が国の前首相である岸井健介だった。

だが、彼は私の言葉にかぶりを振った。


「”元”首相ですよ。今はその座を息子に取られた、ただの老いぼれです」


そう言ってこちらに笑みを向けてくる彼の息子は、現首相の岸井東治だ。東京市に潜入し、美沙に捕まった際は見かけなかったが。


「しかし、どうしてあなたがこんなところに?」


1歩進み出たのは進だった。彼の質問に、健介さんは少し目を伏せ、私たちを誘導するように歩きながら答えた。


「……贖罪、ですよ。この国がこうなってしまった原因は、私にありますから──」


不意に彼が止まり、私達も足を止める。彼の視線の先を見ると、旧世田谷スラム街がほぼ一望できた。


「――ですから、この場所で少しでもここに住む皆さんの力になりたいと、そう思っているんです。もともと私の家は農家でしてね、農業が好きだったんですよ。そんなわけで、今はこの山で色々と育てているんです。少し見て行ってください」




その後、私たちは健介さんに案内されるまま山のあちこちにある畑に案内された。


「……ここでは、自然薯を育てているんです。そろそろ収穫の時期が近いですから、かなり大きくなってきましたよ。そうだ、あなた達も収穫してみますか?」


そう言われて目を輝かせたのは進だった。


「えぇっ、いいんですか!?僕、自然薯が大好きなんですよ!……あっ」


我を忘れて飛びついたのだろう、遅れて自分がしたことの恥ずかしさに気が付いたらしい。しかし、健介さんはそんな彼を見て笑った。


「はっはっは、そうでしたか!では遠慮なさらないでください。うちの自然薯は縦長にはやしているのではなく、地中に埋めた横長のパイプに沿わせているので収穫も楽なんですよ。ささ、お二方もどうぞ!」




後で聞いた話だが、ここの自然薯は健介さんが種芋から育てたものらしいので、収穫も楽だという。確かに一度、関東広域放送の記録ルームで──確か、「ザ・鉄腕ラッシュ」という番組だったか──自然薯の収穫風景を見たことがあるが、やはり天然のものを掘ろうとすると慣れていなければすぐに折れてしまうようだ。


自然薯の収穫において最も大事なのは、自然薯に敬意を持ち、赤子を抱くように優しく扱うこと──作業を始める前に、健介さんから言われたことだ。その言葉通りに私は慎重にパイプを掘り起こすと、二つに割れているパイプの片方を開けた。日の光を浴びて輝く自然薯の前にしゃがみ、ゆっくりと両手を差し入れる。


「ほっ……」


私がそのまま少しずつ手を上げると、バコッという音を立てて自然薯がパイプから外れた。折れることもなく綺麗に輝いている自然薯を見つめ、思わずその場でジャンプする。その脇では、自然薯を二つ持っていた進が項垂れていた。


「やった!抜けたっスよ、健介さん!」

「僕は途中で折れてしまいました……」


すると、健介さんが満足げな笑みを浮かべながら近づいてきた。


「いやはや、お二人とも初めてにしてはかなりうまいですなぁ。どうです、これから私の家で自然薯料理でも?」


家、と聞いて、私はここに来た本当の目的を思い出した。


「……そういえば、誰かを復活させられるって人が、ここで暮らしていると聞いたんスけど──」


私が質問すると、彼はゆっくりとした動作で頷いた。


「あぁ、彼ですか。それならば、私なんかよりあの人の方がよっぽど知っておられる──ついて来てください。ついでに、私が丹精込めて作る自然薯料理もご馳走しましょう」




私たちが案内されたのは、山の中腹に建てられた小さな家だった。その脇には川が流れ、小さな機械が設置されている。どうやら発電機のようだ。スラム街にあるものとは一回り小さいが、一軒家の電気を賄うには十分だろう。


家に入ると、そこはスラム街の家とはまるで違う雰囲気を纏っていた。積み上げられたいくつもの本が両脇に並ぶ狭い通路を、ところどころに設置された小さな色とりどりの電球が照らしている。


その通路をしばらく進むと、広い部屋に出た。どうやらここで通路は途切れているようだ。本や紙が散乱する部屋の中央には机と椅子が置かれ、誰かがそこに私たちを背に向けて座り、なにか作業をしている。机の上には数冊の本と、試験管が置かれていた。


「梶田さん、客人ですよ」


健介さんが呼びかけると、その人はしきりに動かしていた手を止め、椅子をくるりと回して私たちの方を向き、ぴょんと椅子から飛び降りた。


人目でその人が女性だとわかった。前髪以外はほぼ手入れの行き届いていないぼさぼさの髪をだぼだぼのパーカーの後ろに流し、赤い目を白いフレームの眼鏡で覆っている。


「可愛い子っスね……」


思わず呟くと、彼女が眉を軽く持ち上げた。


「む……?」


──前言撤回、"彼"が眉を持ち上げた。

彼の声は、その容姿からは想像もつかないほど低かったのだ。進は気づいていないようだが、私は口をあんぐりと開けたまま固まってしまった。

そんな私たちを見、彼は目を閉じてしばらく何かを考えた後、目を閉じたまま話し出した。


「ほう、誰かと思えば最近ここにやって来たというキャスターと、JDCの医師か。よくぞ参られたな」


そこで初めて気が付いたのだろう、進が驚きの声を上げた。


「いや、声低っ!?」


そう言って口をぱくぱくさせている彼にはなんの反応も示さず、男性は自己紹介を始めた。


「梶田彰三、という。これでも一応JDCの者だ。この山の中で、VOIDについて研究を続けている」


VOIDの研究──とすれば、"あの時"の情報は喉から手が出るほど欲しいに違いない。容姿と声とのギャップから頭を振って脱出すると、私は声を上げた。


「──だったら自分、特ダネがあるっす!」




「美味しい!健介さん、料理上手ですね!」

「親譲りの手法なんですよ。この食べ方が、シンプルながらも一番おいしい」


健介さんの作った自然薯料理に舌鼓を打つ進の脇で、私の話を聞き終えた後にずっと目を閉じて考え込んでいた梶田さんが目を開けた。


「──なるほど、VOIDの完成形である《Eclipse》と、それを用いた人間兵器の量産とはまぁ……奴らもついに、倫理観とやらを失ったか」


私の話を聞いた彼は、表情を変えずに礼を言った。


「貴重な情報、感謝する。礼と言ってはなんだが、何でも一つ聞いてやろう。ただ道に迷ってここに来たわけではあるまい?」


──その言葉を待ってたっスよ、梶田さん。

私は彼に詰め寄りたくなるのを堪えて尋ねた。


「──ここに住んでいるという、誰かを復活させられる人の話を伺いに来たっス」


私の質問に、彼は何かを懐かしむように、目を閉じながら答えた。


「あぁ、彼のことか……少し待っていてくれ、今"掘り起こす"」

「……?」


そう言って、彼は目を閉じたまま見上げるような格好になった。刹那、彼を淡い黄色の光が包む。似たような現象を、私は多く見てきた。


「これは、"顕現"……?梶田さんも、何かの能力者だったりするんですか?」


自然薯をかっ込みながら質問した進に答えたのは、彼の脇にいた健介さんだった。


「えぇ、彼はいわゆるハイパーサイメシアなのですよ。VOIDを研究している過程で自身もそれを患ったことで、今まで自分が見、聞いてきた情報を、こうして掘り起こしているのです。……普段は研究のことで頭がいっぱいなので、能力を使っていなければ前日の夜ごはんに何を食べたのかさえ覚えていないんですがね。因みに、この能力を私は《保持者》と呼んでいます」


それを聞いて、私は梶田さんと初めて出会った時のことを思い出した。彼はあの時、私たちを見るとすぐに目を閉じて何かを考え込むような動作をしたあと、私と進の経歴をピタリと言い当てた。あの時も、彼の力で記憶を辿っていたのだろう。


「……ということは、さっき私たちのことを初めて見た時も……?」

「そういうことですな」


そこまで健介さんに聞き納得すると、彼の記憶の遡上も終わったようだ。彼はゆっくりと目を開いた。


「……思い出したぞ。やつは今、ここにはいない」


彼の発言に、思わず聞き返す。智子の言っていた話は、やはり外れてしまったのか。


「どういう、ことっスか……?」


少し間をおいて、梶田さんはゆっくりと説明を始めた。


「確かに彼――氷川清吾は、数年前まで私とともにここでVOIDの研究をしていた。だが──」


彼は視線を健介さんの方へとむけながら、話を続ける。


「──この男がここへやって来ると、自分はもう必要ないからと、この山を下りてしまったのだ」


少し寂しそうに俯く梶田さんに、進が質問する。


「今、清吾さんがどこにいるかは分かりますか?」


しかし、梶田さんはかぶりを振った。


「……申し訳ないが、彼の消息は俺達もつかめていない。何しろスラム街の現状など、全く知らないからな」


そこまで言って、彼は何かを思いついたようだ。彼は私の方を、興味津々に見つめてきた。


「そうだ、お前はキャスターなのだろう?良ければ、お前の撮った写真を俺に見せてくれないか」




「ふむ……、ほう……!」


数分後、私は現像してあった写真を床に広げてみせた。ここでの出来事をいつでも思い出せるように、常に持っていたのだ。そして今は、それを梶田さんが食い入るように見つめている。時折「おぉっ!」と声を上げているところを見ると、やはり長年スラム街に出ていなかったことで、かなりの変化があったらしい。


「しっかし、不思議なものっスね。自分がただ何気なく撮った写真に、あそこまで興味を示すなんて」


なおも写真を見続ける梶田さんを見ながら思わず呟くと、健介さんが話しかけてきた。


「彼はもう、10年以上も前からずっと、ここから出たことがないと言っていましたからね。このご時世ですし、10年もあればいろいろと変わってくるものですよ」

「じゅ、10年って……」


思わず苦笑を浮かべる。梶田さんこそ、ここに来る前に智子から聞かされた、"変わった人"に違いない。

そこまで考えていると、彼が私の肩をつついてきた。振り返ると、彼は一枚の写真を指さしていた。


「……おいお前、この写真をどこで撮った」

「その写真──確か、自分が初めてここで撮った写真っスね」


それを聞くと、梶田さんは満足げに笑みを浮かべた。


「ならば結構。まさにこの男さ、お前が探しているのは。彼こそ、もともとここで私の助手として働いていた氷川清吾だよ」


彼の指差した写真には、片手に真珠を持ち、もう片方の手で奏多の頭を撫でる男性の姿が写っていた。


「つまり、ここに彼が……?」

「間違いないだろう。そうと決まれば急ぐが吉だ」


ここまで長かったが、ようやくゴールが見えてきた気がした。奏多くん、もうすぐ会えるっスよ──そう言いたい気持ちをぐっと堪えて、私は梶田さんと健介さんに手を振った。


「分かったっス!色々と助かったっスよ、梶田さん!」


そう言いながら帰ろうとした私を、健介さんが呼び止めた。


「あぁ、少しお待ちくだされ」

「……?」


立ち止まった私に、彼は何かを差し出してきた。両手で受け取って見ると、それは木で出来た小さな腕輪だった。


「これは……?」


健介さんは、自分の右手首を私たちに見せて答えた。


「お守り、のようなものです。この場所をいつまでも覚えていて欲しくて、こうして私と梶田さんが付けているものを、ここに来た人達に渡しているんですよ。ささ、あなたも」

「あ、ありがとうございます!」


進にも同じものを渡してから、彼はまじめな顔で私の方に向き直った。


「……千夜さん、あなたに一つだけこの言葉を送りましょう──『信念を、貫き通せ』。私の座右の銘です。もしもこの先難しい選択をするような場面があったら、この言葉を唱えるといいですよ。……幸運を祈っております」

「信念を、貫き通す……」


呟いてみると、私の中で何かが湧いてきた。それは、今まで感じていた「奏多くんが生き返らなかったらどうしよう」という不安の、消え去る音だったのかもしれない。


「えぇ、今度は奏多くんを連れて戻ってくるっスよ!本当にお世話になったっス、梶田さん、岸井首相!」


今度こそ立ち去ろうとした私たちを、次は梶田さんが呼び止めた。


「待て──やはり俺もついて行こう」


これは予想外だった。何しろ彼は、10年間ずっとスラム街に顔を出していないのだ。健介さんならまだしも、一体どういう風の吹き回しだろうか──


「梶田さんが、私たちに?」

「そうだ」


私に向かって指をさしながら、彼は説明を続けた。


「そろそろ今のスラム街を視察しようと思っていたのさ。そんな時にお前たちがやって来た──この絶好の機会を逃す訳にはいかない」


そして、ニヤリと笑った。


「それに、VOIDの力で人が復活するというのを間近に見られるのなら、俺の研究も捗るというものさ」


そんな彼の後ろで、健介さんが軽く頭を下げた。


「……まぁそういう訳です、どうぞ彼も連れて行ってはくれませんか?なぁに、彼が留守の間ぐらい、この家は私が護ってみせますよ」


そこまで言われては、断る理由もない。それに、人数は多い方が心強いというものだ。


「えぇ、勿論っスよ!いっぱいいろんな場所を案内してあげるっス!」




その後、「そろそろ職場に戻らないと、智子にどやされる」と言って進と分かれた私と梶田さんは、迷うことなくあの出来事があった場所に辿り着いた。私が初めてスラム街にやって来た時、一粒の真珠を巡って2人の男が争っていた場所だ。


(私の記憶が正しければ、この辺りに──)


写真を片手に辺りを見回すと、梶田さんが声を上げた。


「いたぞ、あそこだ!」


彼の指差す先には、間違いない、あの時奏多の頭を撫でていた男性が、呆然としてこちらを見つめていた。


「な、何だ……?」


状況が呑み込めていない様子の彼に向かって、梶田さんがまず話しかける。次いで、私も改めて自己紹介を済ませた。


「久しぶりだな、清吾」

「関東広域放送の木場千夜っス。あの時の写真、まだ残してあるっスよ」


私の言葉に、彼は少しだけ笑みを見せた。


「あぁ、あんただったか記者さん。ありがとよ、まだあの日のことを覚えていてくれて──それよりも」


そこまで言うと、彼は表情を固くして梶田さんの方に向きなおった。


「……あんた、どうして今更俺のもとに?」


それを聞き、梶田さんが私に目配せしてくる。俺ではなく当事者のお前から話すべきだ、と言いたいらしい。彼の代わりに、私が進み出た。


「梶田さんに聞いたんスよ、あなたのこと。あなたの力で、奏多くんを復活させられると聞いて」

「あぁ、なるほど……アンタもその口か」


ため息をついた男性に、思わず聞き返す。


「……?どういうことっスか?」


その男性は、半分申し訳なさそうに、そして半分面倒くさそうに言った。



「あんたには悪いが、もうこの力は使わないって決めたんだ──帰ってくれ」

最後まで読んで頂きありがとうございます!またまた遅れてしまいすみません…


さて、今回の話でさらに新キャラが2人登場!特に梶田さんはもっと活躍させていきたいキャラです。あとこれは余談ですが、私のTwitterのアイコンの子が実は梶田さんなのです…!


それでは、次回もお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] あぁ~、なるほど!氷川美沙は岸井健介の息子の東治の秘書をしている……ということなのか(´・ω・) 奏多を復活させられる人を探して、ずいぶんあちこちまわったけれど、実はスラム街に目当ての人が…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ