「炎」第三十六話
「……とまぁ、そう言う訳だ」
アルドは、私から目を背けない。怒っているだろうか、悲しんでいるだろうか? 不甲斐なく、申し訳なく。でも今更、私のような老害にできることなど何もない……ただ、問い詰める眼光は、私の責任を眉間に擦りつけてくる。
「事情は分かった、だから始めに言っておく。――このクソ野郎、いつまで夢を見ていやがる」
「すまない」
「お前一人なら良かった。お前一人だけなら、まだ『みんなの為に死んだ可哀そうな男の話』で済んだ。お前一人で抱え込むんだったら……俺やシルド、アグリメント、ウィッシュなんて……お前があんなことしなけりゃ……!」
「――俺は既婚者だ!」
怒りが、とっくに権利の無い俺の怒りが、ぎらついた老人を揺るがす。暴力は良くない、仮にも『勇者』を語った人間のとる行動か? これが。笑わせてくれる、元々私はこの程度の人間でしかなかった、所詮、正義の代表なんて人間には務まらない。だからこそ、私は逃げた。命がけであの剣から、責任から……。
「……どうするんだよ」
「考えてるよ」
「具体策を言え! 固まっているか? イメージはあるのか? どうすればお前に拾われた、哀れな哀れな身代わりの少年を、あの地獄の正義ごっこから救い出せるんだ⁉ おい勇者、いいや偽善者! 答えろよ、答えて見ろよ!」
無論、返す言葉も返せる言葉も無い。足掻く術はもう何もない、私にできる事が無いことを分かっているからこそ、彼は怒りを爆発させることしかできないのだ。――だから。
「すまない」
「――冗談じゃ、ねぇよ」
深く、深く頭を下げた。アルドは崩れ落ち、私の無責任さと不甲斐なさに涙した。
あの子も、私が頭を下げれば諦めてくれるだろうか?
それとも、諦めて許してくれるだろうか?
もしかしたら、『勇者』とか言う称号の名の下に、無償の笑顔で手を差し伸べるのかもしれない。勿論私にそれを握る資格は、無い。
必死に抜け出したかった地獄の炎は、収まることなく……私の胸の奥で、罪悪感として燻り続けている。いつか再び、炎になる事を夢に見て……今も私と、あの子を焼き続けていた。




