「炎」第三十五話
「よく来たなぁブレイバ! 早速だが……助けてくれねぇか?」
ブレイバさんの背中に引っ張られるように歩き続け、おおよそ二時間ぐらい歩いただろうか? 現在僕は恋人を背中に背負いながら、中年夫婦のケンカと云う物に直面していた。
ボッコボコに腫れた顔のシルドさん、その上に馬乗りになる丸々太った奥さん……それを呆れたような目で視る、若い女の人と老人の図。第三者から見れば滑稽かもしれないが、この村に来た事情もあり、少なくとも僕とホープは笑えなかった。
「ははっ、相変わらず尻に敷かれているなぁシルド! 煙草か? それとも浮気か? 今度は何が原因だい? フライ―パさん」
「はっ、前者に決まってんだろモヤシ! アタシらは何十年も夫婦やってるけどね、まだまだかた―い絆で結ばれてんだよさぁ歯を食いしばりな馬鹿ダーリン!」
言っている事とやっている事が嚙み合ってない。フライパンを握りしめたフライ―パさんは渾身の力を籠め、シルドさんの脳天に叩きつけた! 思わず目を瞑ってしまった……僕が殴られたわけではないが、背筋が凍り付いた。何度か頭を殴った後、ブレイバさんがにやけながら静止した。
「それぐらいにしてやってください、いくら頑丈なこいつでも死んでしまいます」
「そうかい? まぁお前が言うならそうしてやるさ……感謝しなシルド! あんたの髭面のお友達にね!」
そう言ってフライ―パさんは家の奥に行ってしまった……担いでいたフライパンの凹み具合に舌を巻きながら、僕は焦点の合わないシルドさんに近づいた。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「……嫁は、きちんと選べ……」
そう言い残して気絶したシルドさん。僕とホープは慌てたが、建物の中から女の人が出てきてシルドさんを引きずって行った。手慣れているといえば聞こえはいいかもしれないが、気絶している人間を、まるでぬいぐるみの様に引きずるのはどうかと思った。
「どうしたの? 早く入りなよ」
おじゃまします。と、ブレイバさんはあまり抵抗が無さそうに部屋に入って行った、僕もホープが落ちないように背負い直してから、「おじゃまします」と小さく一礼。入ると意外にきれいに掃除されていて、シルドさんの実家とは思えない程綺麗だった。
「やぁ、いらっしゃい。儂はアルド、不肖の息子シルドの父親じゃ」
「お久しぶりですアルドさん。来て早々申し訳ないのですが……ここに来たのには、お願いがあって来たんです」
何やら畏まったブレイバさんと、アルドと名乗る老人が話し始めた。
「ほほう、お前の息子の嫁をここに置けと? シルドの借金を無しにしてくれるなら構わんが……何故じゃ?」
「……あいつの右手を見てください」
何を言っているのか聞こえず、でも聞いていいのか分からなかった。取り敢えずシルドさんの娘だというアイアスさんに連れられ、僕は布団があるという部屋に向かった。
「……」
横目での情報なので正しいかどうかは分からないが、僕の事を……アルドさんがきつく睨んでいたこと。ブレイバさんがひどく悲しい背中をしていたことを、僕は不安に感じて、嘘であってほしいと願った。




