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一瞬の安らぎ

「ホントに、こんな所に……精霊の気配がある、わけっ……?」


 森の中の川を辿り、突如、現れた小さな崖をよじ登りながらララは言う。


 その頭の上で、俺は流石に申し訳なさを感じながら、


「ああ、それは間違いない。気配はこの辺りだ」


 なのに見つからないとすると、ここはやはり空振りということか。可哀想に。崖を登り切って、ララは肩で息をしている。


「ララ、少し休憩しよう」

「ダメよ。そんな暇はない。セリア姉のためにも、一秒でも早く精霊を見つけ出さないと……」

「ああ。でも、だからこそ今は無理するべきじゃない。それに、今の俺たちには手を貸してくれている仲間がいる。そうだろう?」

「それは……」

「マナが濃いせいもあって、この辺りの水はまだかなり綺麗みたいだ。水浴びでもすればいいんじゃないか?」

「水浴び……? 何言ってんのよ、カピドゥスもいるのに」

「その心配はいらない。俺が《サーチ》で探った地形情報によると、あの崖はかなり横に長くて、アイツが回り道を登ってくるまではしばらく時間がかかる。もし早く来たとしても、俺が魔法で追い払ってやるしな」

「でも、それじゃアンタが傍で見てることになるじゃない」

「俺は紳士だ、そんなことはしない。裸になってる間、その辺の茂みの中にでも突っ込んでおけばいい」

「……それなら、じゃあ……」


 ララは不承不承にそう頷いた。


 すぐ近くに湖がある。それはもう《サーチ》によって解っていたから、俺はララをそこへ案内して、そこを囲む木の陰でしばし待機しておくことにした。


時刻は、おそらく既に深夜。


 けれど、満月に近い大きな月が夜空に浮かんでいるおかげで、辺りは驚くほどに明るい。


 ――月の光って、こんなに明るかったんだな……。


 慌ただしさの中に生まれた、一瞬の安らぎ。


その静けさに混じる、ちゃぷ、という静かな水音。


俺は美しい女性を守る紳士だ。ノゾキなどという下卑たマネはしない。が、聴覚に全神経を注ぎ込み、美少女の入浴音を楽しむのはセーフのはずだ。


俺は全力で耳を澄ましつつ言う。


「ララ……さっきは偉かったぞ。よくギルドの仲間に頭を下げたな」

「……別に、母さんとセリア姉を守るためだもの。プライドなんて気にしてる場合じゃないし」


 照れ隠しをするようにざぶんと大きな水音がして、それから少し後に、水から顔を出して深く呼吸するような音。


「だとしてもだ、それは誰にでもできることじゃない。覚悟を決めた人間だけができることだ」

「……何よ。ご機嫌取りなんかしても何も出ないわよ」

「そんなんじゃない。俺は本当にお前を凄いと思ってるんだ」

「アタシが凄い? 笑わせないでよ。アタシなんて、父さんみたいに強くもないし、セリア姉みたいに美人でもないし、それに人間でもエルフでもないし……どこを切り取っても中途半端なヤツじゃない」

「そんなこと言うなよ。前からなんとなく思ってたけど……ララ、お前は少し自分に厳しすぎないか? 戦い方しかり、自分のことをあまり大事にしてないっていうか……」

「……それは、そうかもね」


 しばし沈黙を挟んでから、ララは静かに言う。


「アタシなんて別にいつ死んでもいいって……心のどこかでそう思いながらずっと生きてきたし……。


 でも、やっぱりそれじゃダメなのかもね。アタシは一人で生きてるわけじゃないんだって……やっと本当に気づけた気がするわ。ハルト、アンタのおかげで」


「俺のおかげ?」

「アンタに守られてたら、『ああ、アタシって一応、守られる価値があるのかも』って……そうよく感じるのよ、実際」

「そうか……。じゃあ、これからもずっとお前のことを守っていかないとな。――なんて、まるでプロポーズみたいだな。いや、でも俺はお前のことを夫として支えていくこともやぶさかでは――」

「チョーシに乗るなっての」


 ざばっと水から上がる音。


「悪いけど、風をこっちに送ってくれない? 身体、乾かしたいから」


 ――俺は扇風機か。いや、まあララの所持品という意味では大して変わらないか。


 そんなことを思いつつ、ララのいるほうへと魔法で微風を送る。


 するとやがて、不意にひょいと身体を持ち上げられる。


 まだ少し濡れ髪だが、服を着たララと目が合う。と、


 ちゅ。


ララが、俺のおでこ辺りに軽くキスをした。


「……え?」


困惑。


 ――どういうこと?


声が詰まって、そんな言葉も出てこない。


 月明かりの下でも解るほどその長い耳を朱くしているララと、何も言えずに見つめ合ってしまう。


「な、何よ。お礼にと思ったけど、イヤだった? なら、水で綺麗に洗ってあげるけど」

「い、いや、そんなことは全然……!」


 唐突、ララが首に提げている宝石――今となっては父の遺品であるネックレスが赤く輝いた。


 どうやらこの石は遠く離れた場所同士で連絡をする手段として、さほど珍しい物でもなかったらしく、カピドゥスもこれを所持していたので活用することにしていたのだ。


 そして、これに連絡があったということは、精霊を発見した者がその情報をカピドゥス邸に持ち帰ったということを意味する。


「お、おぉーい、どうだ? ここに精霊はいたのか……? はひ、はひ……」


 全身を包み込む重厚なフルアーマーで身を固めたカピドゥスが、鞭を打たれて走らされた豚のような呼吸をしながらやってくる。


『お前が持っている中で最も頑丈な鎧を着てこい』


 と『少々ワケあって』言ったのは俺だ。だから、その今にも倒れそうな有様を見て心が痛まないでもなかったが、状況はそれどころじゃない。


 俺たちは《テレポート》を使い、急ぎカピドゥス邸へと戻ったのだった。

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