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冷遇王子の花嫁になりました  作者: 二夜原 霞
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信用ならない

カリム王子が自分の宮人を使ってまでスーリヤ王子を乱立する木々の中から捕獲し戻ってこさせると、カリム王子は水槽の縁に大きな椅子をおかさせてそこにアントニアに座るよう頼んだ。

それからカリム王子はスーリヤ王子の泥と獣の血とあと恐らく木の汁であってほしい謎の汚れに濡れた野良着を掴んで怒鳴った。


「お前は、どういう了見で異国からはるばる来た花嫁をこんな宮で暮らさせてるんだ!」


自分よりも背も高く、年上の兄に怒鳴るというのは流石に品の良いものではなかったし、アントニアもかなり驚いて目を見開いたまま体を仰け反らせ硬直していたがカリムには怒鳴るほかなかった。

何も足りないものなどない、花嫁には苦労させない、準備は万全だとつい数週間前に宮殿で自分に語っておきながら、カリムが訪れた宮の様子は酷いものだった。

もう入り口の扉からして蝶番の螺子が壊れてまともに開け閉めできない上に、門の一部は崩れ、辺りの樹木は生い茂るに任せる有様。

中へ入れば足跡がつくほどに埃がつもった荒れた様子の中で働くアントニアの姿を見つけ、カリムは最初、花嫁が自国から連れてきた侍女が見かねて掃除しているのだと思った。

話を聞いてみれば皆親切だ、スーリヤ王子も何かと気にかけてくれると言うので、ようやっとあの朴念仁の兄も人並みの気遣いを得たか、結婚すると人は変わるなと思っていたのが、実は遠路はるばる来た花嫁が婚礼の儀も行わないまま働いているのだと知ったときは卒倒するかと思った。


「宮が荒れているのはどうしようもない。 修繕しようにも金がない。 だが、花嫁の支度は怠っていないぞ。 俺は彼女のための装束も装飾品も化粧品も香水もすべて用意した」

「肝心の花嫁をほったらかして貴様は何をしていた!」

「夕飯の調達だ」

「そもそも、何故、宮がこんなに荒れたり、下僕が足りない上に、お前が食事の調達にでなければならんのだ! 何故、お前……父上にちゃんと報告しろといつも言っているのに!」


もはや後半は息がつまったかのようになりながら、野良着を掴んだ腕をカリムが揺さぶるため、細身のスーリヤは半ば引き寄せられたり、押しのけられたりといった扱いを受けていた。

カリムはずっと、スーリヤがいう「何も問題ない」の言葉を不安に思いながらも信じていたのだ。

悪い噂が流れようともスーリヤ本人が気にしてないのだから、おそらく自分達他の王子と同様に使用人がしっかりと手入れをした宮で何不自由なく暮らしているのだと思っていたのだ。

それが、この荒んだ廃墟に花嫁を招いて自給自足で暮らしていたのだと理解したからにはカリムはもうスーリヤの言葉を当てにしてはならないと学んだ。

そもそもこの男、周囲に対する肯定感がむやみやたらに高すぎる。

自分が怯えられて避けられている自覚があるのかさえ分からないし、何より言葉が少ない上に無表情で何を考えているか長年の付き合いがあるカリムにすらてんで分からない。


「私は、お前が、花嫁を大切にしてると思っていたのだぞ!」

「あ、あの、大切にしていただいております、スーリヤ王子はいつも私のために調理までしてくださって」

「料理人すらいないのですか、この宮は!」


アントニアが慌てて椅子から立ち上がりスーリヤの元へ駆け寄り告げた言葉にカリムはもはや眩暈すら覚えていた。

奉公にくる人間が少ないであろうとは思っていたが、王子なのだから命じれば奴隷でもなんでも呼べるだろうにどうしてスーリヤはそんなことさえしないのか、いやそもそも発想として、「イェニラ王の血を引いていない自分が権力だけを笠に着るなど」とか言い出しそうなのでカリムは拳を握るより他になかった。

カリムは改めてアントニアを見た。 薄桃色の美しい肌にくすみすらない金の髪、そして美しい緑の瞳を潤ませてスーリヤを案じる彼女は本当に、本心から、このろくでもない歓迎をしでかした兄を愛してくれているように思える。

だからこそ、こんな扱いに放置しておくのが気の毒でたまらずカリムは深い溜め息をついてスーリヤの胸倉から手をどかした。

スーリヤの方は散々揺さぶられたのに相変わらずの無表情でカリムを見つめて不思議そうにしており、そうやって何も言わず無表情だから余計に噂が真実味を持ってしまうのだとカリムは歯噛みした。


「とにかく、この宮を整えましょう。 私の宮の人間を越させて掃除をさせますから……あと、調度品などは予算で整えられますか?」

「予算など、俺の宮にはほとんどないぞ」

「はあ!? な、何故、王子の宮の予算は常に均等であるよう父上が命じているでは……」

「何、狩りと畑で賄える」

「賄うなと言っているだろうが!」


スーリヤもアントニアもこの宮の有様に不満を持っていないことが何よりもカリムを困惑させていた。

荒れはてた宮で自給自足、それで何を満たされた顔をしているのか。

贅沢をしろなどとは言わないし、カリムもまた質素であることが美徳であるとは承知している。

だが、質素と貧困は違う。

この宮は長年手入れをしてこなかったせいで元の姿を失っているし、大体王子が自給自足で暮らしている状態に他国の令嬢に付き合わせるようなことは国体が保てない。

カリムは重ね重ねアントニアに申し訳ない気持ちになりながら額に手を当てた。


「大方横領している輩がいるんでしょう。 スーリヤが何も言わないのをいいことに着服金を増やして、今では宮の予算のほとんどを吸い上げている、というところか」


苦々しい思いを噛み締めながらカリムが呟くとスーリヤはそういうこともあるのか、とどこか呑気な口調で言っていた。

この男はまさか本気で自分の宮がこうであるのが自然の成り行きだと思っていたのか、とカリムは思いきり睨んだ。

アントニアは申し訳なさそうにしきりにカリムを見ていた。


「あの、私、てっきり……スーリヤ王子はイェニラ王と仲が良くなくて、このような扱いを受けておられるものだとばかり」

「まさか! いいですか、父上は寧ろスーリヤを可愛がっています! ラクシュミ妃を愛するのと同じように、スーリヤのことを大切に」

「そうだ、父上は俺をいつも案じている」

「それが分かっててお前は何故、こんな有様を一言も報告しなかった!」


カリムは再びスーリヤに怒鳴りつけていたが、アントニアがほお、と深い溜め息をついて微笑むのを見ると兄弟は互いに顔を見合わせてから、アントニアへと視線を向けた。


「良かった……スーリヤ王子は家族に大切にされていたのですね」


それはまるで、とてもつらい物語が幸せな結末を迎えたことに対しての感想かのようにしみじみとした声だった。

自分が欲しくてたまらないものを誰かが得ていることがうれしくてたまらない、そんな声にカリムは驚かされていた。

カリムはアントニアがこの国に嫁いでくると聞いたとき、名誉として受け入れたのだろうと思っていた。

何しろ遠い異国とはいえ王子の妃だ。 聞けばシッテンヘルム伯爵は家格こそ有名ではあるが社交界では斜陽だという。 その家から王族との姻戚を結べるとなれば家族総出で娘をもてなし、喜び、祝い、そして涙にぬれながらも送り出したのだろうと思っていた。

だから、スーリヤに花嫁を不安にさせるな、不満を持たせるなと何度も言ったのだ。

異国の土地に大切な娘をやる家族たちのためにも、娘を案じる親のためにも花嫁を大事にしてやれと。

けれど、アントニアの口振りはまるで、スーリヤだけが家族から愛されているかのようだった。


「ああ、俺は愛されている」


ばっさりと、カリムの考えを断ち切るかのように短い言葉がスーリヤから告げられた。

少なくともこんな宮で自給自足で暮らしてる王子の姿を見て、花嫁が不仲を案じていたのはお前のせいだというのに、とカリムは額に血管を浮かべながらも二人を見た。

真っ白な髪のスーリヤと金色の髪のアントニアの姿は不思議と似合ったものだった。


「とにかく! この宮の窮状は父上にも報告します。 食事も手配するようさせますから、スーリヤはくれぐれも花嫁に不自由をかけぬよう!」

「本当に不自由などないのですが……」

「俺も彼女に不便などはさせん」

「貴方がたのいうことは信用できません! もっと王族らしく横柄になってください!」


横柄になれ、など人に頼む日が来るなどカリムは想像したことさえなかったが、兄夫婦に今かけられる言葉はこれが一番適切だった。

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