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冷遇王子の花嫁になりました  作者: 二夜原 霞
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侍女は花のように過酷

翌日からアントニアは正妃の宮で侍女として仕えろと言われたものの、アントニアにとってはこの一週間で侍女として過ごすのがなんとも大変だった。

何しろ、雑用は修道院で習っていたが貴族令嬢として貴婦人について礼法を学んだ経験はまるでない。

おまけにイスとイェニラでは慣例も常識も異なっているだけに侍女としてお仕えする相手にどう接するのが正しいのか今一つ確信が持てなかった。


部屋の中は既に掃き掃除を終えられていて、何を手伝えばいいのかと聞けば薔薇の香りをうつした水をまいて部屋の香りをよくするとか、着替えを手伝うとか、読むための書物をお持ちするとかそういったことだと教えられたが、雑用のような明らかに目的が決まっていて、いつまでにするとかが決まっていないだけにアントニアはかなり混乱した。

それでもハイファー妃が喜んでくれるならば、アントニアは朝早くから働いた。


「おはようございます、ハイファー妃陛下」


ハイファーが目覚めるとまず馴染みの侍女が彼女の洗面のための綺麗な水を入れた桶を差し出し、次の侍女が顔を拭く布を用意し、その次の侍女はハイファーの髪が濡れぬようにしっかりと持ち上げる。

そしてアントニアはその間に寝台から伸ばされたハイファーの足元に膝をついて履物をはかせた。

顔を洗い終わると立ち上がったハイファーの着物をまた別の侍女が脱がせ、桶を別の侍女に渡した最初の侍女が新しい着物を広げてハイファーの伸ばした腕にかけ、二人がかりで着せていく。

アントニアは帯を差し出して別の侍女がハイファーの着物を整えてしめる。

ハイファーがテーブルにつく前に果物が入った銀の器を置き、ハイファーが座ると丁度熱いお茶が差し出され、果物と茶をハイファーが味わっている内に侍女たちは三人がかりでハイファーの長い髪を整えた。 その時、アントニアは髪を整えるためのピンをいくつも乗せた布を傾かないよう平行に伸ばして捧げ持っていた。


アントニアは元々、自分のことは自分でする、というのが当たり前に身についていたが、イスでも貴婦人というのは着替えを手伝わせるのが当然のことだ。

とはいえ、イェニラほど多くの侍女を従わせているのは希であるだけにアントニアはこの一連の朝の支度だけで目が回るように感じた。

特にイェニラは染料も織物も長年の文化として大切にされているだけに、侍女たちも皆美しい着物を着ているものだから、花々がくるくると回りながら目の前で入れ替わり立ち代わり踊っているように見えるほど華やかな朝の支度にアントニアは見惚れるやら忙しいやらで情報量が多く感じた。

ハイファーが葡萄をいくつかつまむとすぐに部屋の外から別の侍女たちが料理を運んで持ってはいり、毒見がかりが銀の匙で料理を一口ずつ食べてから、新しい銀の器に料理がよそわれてハイファーの前に置かれる。

アントニアはハイファーの背後から銀でできた食器を差し出し、そして使い終わったものは回収して白い木綿の上に並べていく。

イェニラでは毒殺を防ぐ目的で銀の食器を使うことが伝統となっているが、こうして日常の中、当たり前に使われる食器ひとつみても素晴らしい工芸品のように彫刻が施され、どれもくすみの一点もなく綺麗に磨き上げられている。

この間、侍女たちは一言も口を聞かなかった。

一番身分の高いハイファーがしゃべりだすまで使用人たちが口をきいてはならず、また使用人が主人の前でぺらぺらと喋る、というのもまずないことだった。

ハイファーはこの当たり前のことを特に気にするつもりもなく、ミルクで練った平たいパンと共にザクロ酢を使った羊肉のマリネなどの朝食を口にしていた。

侍女は銀の水差しから器へと飲み水をそそいでテーブルに置き、すべてはハイファーの食べるタイミングに合わせて給仕や皿の取り下げが行われた。

アントニアは空になった皿を乗せたトレイを持って部屋の入り口にいくと、部屋の外で待っていた召使へとトレイを手渡した。


侍女たちの食事は交代で行われたが、朝の支度だけでアントニアは疲れ果ててしまい、深い息を付きながら、砂糖がたっぷりとけた甘い茶をぐっと飲んだ。

既に馴染んでいる侍女たちはその様子に苦笑しながら、平たい白いパンを食べていた。


「他の仕事よりはずっと楽でしょう?」


侍女の一人が声をかけてきたが、アントニアはその言葉に驚いた。

繕いものや洗たくであれば自分一人で集中していくらでも効率化できるが、今回は何よりも主人であるハイファーに合わせなければならないのだ。

その様子を見ながら様々なことを決して失敗せずに順番通りにしなければならないというのはかなりの重労働に思えた。


「私はこういったことは初めてで、雑用の方がむいているかもしれません」

「まあ、私は洗濯や洗い物なんて絶対に嫌だわ」


シンドゥ出身だと言っていた茶色い目をした侍女はそういって苦笑しながら羊肉の串焼きをアントニアにも差し出してくれた。

羊肉は修道院でも食べていたが、スパイスが効いたイェニラの料理は食欲が進み、水で練ったシンプルなパンにもよくあう味がしていた。


「皆さんは本当にすごいですね。 ハイファー様が過ごしやすいよう、連携がとれていて、まるで花が踊っているようでした」

「あら、私たちが花ですって。 おかしな言い方をする方ね」


そう言いながら侍女たちは笑って、アントニアを眺めていた。

侍女の中でアントニアが王子妃であることを知っているのはごく少ない。

歯並びがよく、毛もしっかり生え、上品な振る舞いが身についているアントニアは王の愛人候補の一人でハイファーが自分の手ごまにしようと側においているのだろう、という具合にアントニアを見ている侍女が多数だった。

そして、彼女たちは自分たちが王の目に留まるような華やかさや一芸に秀でたところがないことを理解したうえで、主人であるハイファーの私的な空間に入れる侍女であることを誇っていた。

そんな彼女たちの自信に満ちた表情にアントニアは憧れるような眼を向けながら、食事を続けていた。


結局、その日が終わるころにはアントニアは緊張感とハイファーを常に見ていなければいけない、という感覚でとてもくたびれてしまった。

アントニアは改めてカマラとシーリンに感謝の念を覚えながら、スーリヤ王子の宮へと戻った。

そして、明日もまた侍女として仕えるのかと思うと少しばかり気が憂鬱だった。

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