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冷遇王子の花嫁になりました  作者: 二夜原 霞
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好奇心は猫をも殺す

「お前は、何を考えてるんだ! 初心者に襲歩を教えるなど無理があるだろう! 義姉上が落馬しなかったのが奇跡だぞ!」


二人乗りでまるで競馬で走らせるかのような勢いの走らせ方、それも片方は今日初めて馬に乗ったというのだから、あまりの危険な行為にカリムは額に青筋を立てて怒鳴っていた。

気絶したアントニアを腕に抱き、額に水をきった布を乗せながらスーリヤはいくらか肩を落としていた。


「しかし……アントニアは楽しんでいたと」

「悲鳴もあげられずに気絶しているではないか!」


スーリヤのなんでもよい方に解釈する性格が裏目に出てしまったと分かり、つくづくカリムは頭が痛かった。

幸いと言えるのはアントニアが馬から振り落とされたり、落下するようなことがなく、肉体的には無事であることだったが、完全に恐怖と目を回したのとで気を失っている義姉が目を覚ますのには時間がかかりそうだとカリムは溜め息をついた。


「イスでは女性は基本的に乗馬はしません。 ましてや、襲歩など見たこともなかったかもしれませんよ」


イェニラは元々遊牧民の国であり、それゆえに馬は生活に必要となっている。

軍人でなかったとしても、一庶民であっても男であれば襲歩のような馬を全力疾走させることはあるが、それはあくまでもイェニラの文化である。

イスの、それも修道院という閉鎖された空間で育ったアントニアにとってはトラウマになってしまったのではないかという不安さえカリムにはあった。

スーリヤもそこまで言われると改めて自分が危険な行為にアントニアを付き合わせてしまったということを理解し、珍しくしゅんと眉を下げていた。


「悪いことをしたな……」

「まあ、乗馬を教えるというのはいいかもしれませんが……少なくとも、貴方ではなく、ちゃんとした教師を呼んだ方がいいでしょう」


イェニラの王子たちにとっては乗馬は基礎教育のひとつだ。

物心つけば仔馬を与えられ、それに跨れるように訓練を開始する。

慣れてくればそれこそ軍馬に跨り、激しく駆けさせるための狩りに山へと向かう。

険しい山の中を裸馬で駆けられるほどになって初めて半人前。

そして、鞍をつけてからは完全に両手は手綱を握らずに馬を走らせる訓練を行う。

何故ならば戦場においては両手は弓を引き絞り、剣を持って戦うために用いられ、手綱を握る余地がない場合が多いからだ。

故に、スーリヤやカリム、その他イェニラの貴族の多くは両手を使わずに駆ける馬の背に跨ることさえも容易にこなす。

そして、スーリヤはそれを当たり前と思いすぎていたのだ。


「そうだな……そう、だな。 誰か、教師を」

「くれぐれも義姉上に怪我をさせない人を選んでください」


溜め息まじりに告げるカリムの言葉にスーリヤは深く頷いた。

ようやく自分がアントニアのためにしてやれることを見つけられたと思ったが、それでアントニアに怪我をさせるようでは意味がない。

スーリヤは腕の中のアントニアを案じるように見つめていた。

すると、アントニアが僅かに息をつき、ぼんやりと目を開いた。 その視線はまだ少しさまよっていたが、すぐに焦点を結ぶと、はっとしたようにスーリヤを見つめた。


「あ、私……まさか、馬から落ちたのでしょうか……」

「いや、君は器用にも馬の上で気を失った」


スーリヤが端的に告げた事実にアントニアは少し困惑してから、カリムの姿を見ると、自分がスーリヤの腕に抱かれていることに気付いて耳まで赤くなって口元を抑えた。


「す、すみません、お見苦しいところを!」

「いえ、むしろ義姉上はお体に異変はありませんか? かなりすごい衝撃だったと思いますが」

「ええ……その、驚きはしましたが……それ以上に、馬の走りに関心してしまいました」


そういうとアントニアは少し困ったように微笑みを浮かべて起き上がり、自分の口元へと手をやった。


「今までずっと、本の中で馬の走る様を読んでいましたが実際に馬に乗るとはこういうことなのですね。 とても揺れて、激しく動かれて、けれど強い風が頬を打つのは人の身だけでは決して感じられぬことでした」


カリムは自分が案じたような心の傷をアントニアがまったく感じていないことに関心していた。

むしろ、アントニアの方は自分が知識として持っていたものを実際に体験したことで上書きできたことを喜ぶように口元に手を添えて品よく微笑んでいた。


「すまないな、恐ろしかっただろう」

「それは、まあ……はい。 ですが、スーリヤ様がついてくださっていましたから、不安はありませんでした」


怖かったか、とスーリヤに言われればアントニアは嘘が言えなかった。 けれど、背後にスーリヤがいる限り絶対に自分は危険な目がないという信頼から不安ではなかったことも付け足した。

その言葉にスーリヤは僅かに安堵の息をついたが、それでもやはり案ずるようにアントニアを見つめていた。


「義姉上、あまりスーリヤを甘やかしてはいけませんよ。 この男はとにかく前向きが過ぎるのです。 普通崖の前で立ち止まるのですが、この男は崖の先にある道に向かって普通に歩き出すような男です。 義姉上までそれに染まっては止める人間がいません」


くれぐれもまともな感性は失ってくれるな、というカリムの言葉にアントニアは苦笑を零していた。

スーリヤ本人は流石に崖があれば立ち止まるつもりだが、普通の人間からすれば突っ込んでいっているようにしか見えないという自覚がなかった。


「それに、私もスーリヤ殿下のように馬に乗れるようになりたいです」

「義姉上……!」


アントニアの言葉に思わずカリムは呻くような声をあげて止めようとしたが、遅かった。

スーリヤはアントニアが自分を目標にしてくれる、という言葉の歓喜に打ち震えてそのままアントニアの体を強く抱きしめていた。

その力のあまりの強さに思わずアントニアは呻いたが、すぐにスーリヤは腕から力を抜き、アントニアの癖のないまっすぐな金色の髪に手を差し入れた。


「良かった。 俺もアントニアにすべてを教えよう」


つい先ほど別に教師を探す、と言っていたスーリヤ本人の言葉はどこへいったのか、アントニアに乗馬を教える、というやる気でスーリヤの黄色い瞳は輝いていた。

カリムは、王子妃に軍事教育レベルの乗馬の技を教えるというのはそれはそれでどうなのかと頭に手をついて考えこんでいた。

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