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冷遇王子の花嫁になりました  作者: 二夜原 霞
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乗馬初心者です

スーリヤが連れてきた馬は灰色の馬体に白い斑点が混じった見事な葦毛の馬で、水で濡らした刃物のような光沢が現れ、馬がよく手入れされていることがよくわかった。

その馬の背に跨って雲のように白い髪を風に任せながらスーリヤはアントニアの前へと来ると、ぱっと鞍から降りてアントニアへと手を差し伸べた。


「この馬は気性もいいし、年も取っているから君にも乗りやすいだろう」


自分が何かアントニアへしてやれることがある、というのが嬉しいのかスーリヤにしては言葉数が多くなりながら、アントニアの体を支えて馬上へと乗せると、スーリヤもその後ろへと跨った。

アントニアは王子の宮に来てからこちらの文化に合わせて動きやすいように布の大きくとられたズボンのような履物をはいていたため馬にまたがるのは容易であったが、初めての馬上の高さと、また思いのほか揺れることに驚き、姿勢がおぼつかなかった。


「背筋を伸ばせ、馬に不要な負担を強いることになるぞ」


そう言いながら、スーリヤはアントニアに縮こまった背筋を伸ばすように促した。

アントニアはなるべく胸を張るようにしながら背筋を伸ばした。

イスでは女性はほとんど馬に乗る文化はない。

乗るとしても女性用の鞍はドレスを着たまま乗れるように横向きで、座席も高く、非常に不安定で乗りにくいものだった。

男性のように馬にまたがる、というのはアントニアには全くの未経験だった。


「こ、これでいいんでしょうか? ええと、手はどうすれば」

「手綱を掴むんだ。 肩の力を抜いておくといい」


静かな口調で手綱を握らせると、スーリヤは静かに前を向かせた。

アントニアが手綱を握る手の上からスーリヤが手を重ねると、そのまま軽く馬を歩かせ始めた。

ゆったりとした馬の動きに合わせて鞍の上でアントニアは軽く上下に揺られる感覚がし、身を強張らせたが、スーリヤがそれを指摘した。


「とても、視点が高くなるんですね……」

「よく遠くまで見ておくといい、馬を無理に止めようとすると振り落とされる」


そう軽く言いながら、スーリヤはアントニアの様子を見ていた。

流石にはじめて、ということで体が硬直しがちではあったが姿勢は一度指摘してからはきちんと背筋を伸ばしており、馬の動きに不自然に揺れることがない。


「アントニアは筋がいいな」

「そ、そうでしょうか? 私はまだ、よく分からないのですが」

「体がぶれない。 これができるだけで上達は大きく変わってくる」


スーリヤが静かに伝えてくれる言葉にアントニアは少しほっとした。

何しろわざわざスーリヤが教えてくれるのだから、物覚えが悪いとがっかりされたくない。

実際、アントニアはきっちりと姿勢を整え、腿で鞍をしっかりと固定して体を支えていた。

普通であれば正しい姿勢で馬上に乗るだけでも一週間ほどは練習を要することになるので、アントニアは筋がよいといったスーリヤの言葉も適切であった。

だが、やはりスーリヤはスーリヤであった。


「うむ、これならばすぐに上達する。 早速襲歩をしてみよう」

「はい?」


アントニアがシュウホとは何か、と問おうとした瞬間、スーリヤは腿で鞍を抑えながら、ぐっと前傾に体を鞍から浮かせ、手綱を掴んだ。

その瞬間、先ほどまで三本の脚を地につけて悠々と歩みを進めていた馬はばっと浮かび上がった。

いや、浮かび上がったというのは適切ではないが、少なくとも鞍上にいるアントニアにはそう思われた。

馬の脚は通常の歩みでは脚三本で歩むが、本気で走る際には一瞬、四本の脚すべてが宙に浮かび、そのまま二本の脚で着地して進むことになる。

更にはこの馬は元は軍馬として調教されスレイマン三世によりスーリヤに下賜されたものである。

つまるところ、一度走り出したならばそれはもう乗り手が無事かどうかよりも命令を完遂することを最重要視する。

スーリヤはしっかりと両脚で鞍を捕まえ、鐙で体を支えることすらせずに体重移動を行うことで馬の移動による衝撃を逃がしていた。

しかし、初めて馬に乗ったアントニアはそんな余裕などない。

もはや体が上下に揺さぶられるというのは生ぬるい。 内臓そのものが真下から上に放り投げられるかと思えば今度は急激に落下する。 更には上下に激しく動くために尻は激しく鞍にぶつかり、手綱を握る手ばかりがスーリヤに抑えられてしっかりと掴んでいる。

悲鳴をあげるべきだと思ったが、アントニアは今、何か言おうものなら間違いなく舌を噛み切るという確信があった。

時間にすればほんの一分たらず、馬の全力の脚を見せつけられアントニアが脳震盪を引き起こすぎりぎりのところで叫び声があがった。


「スーリヤぁあああ! 何をしている!」


悲鳴の主はカリムであった。

修繕を終えた宮に祝いの品を持ってきたこの弟王子は兄スーリヤが妻に乗馬を教えると聞いて嫌な予感を覚え、自らの黒い馬を走らせて駆け付けてきたのだ。


「ああ、カリムか」


カリムの声に気付いたスーリヤは呑気に無感情な声を上げると弟のもとに行こうと馬の手綱を引いて落ち着かせ、徐々に速度を下としていった。

そして、今にも死にそうな顔をしたアントニアは馬が止まるとほぼ同時に気絶し、そのまま馬の首に体を預けていた。

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