イェニラへの帰路
港を船が出ていく中、アントニアは甲板に立ち、見送りに来てくれた人々を見つめていた。
その中に自分の家族の姿は無かったが、もう悲しい気持ちは無かった。
ベルでの決別以来、アントニアの中で家族に対する感情は既に決着がついていたのだ。
そして、アントニアと寄り添うようにしてスーリヤもまた甲板から人々を眺めていた。
「いい国だった。 またいつか来よう」
「はい、殿下! けれど、イェニラについたら宮の引っ越しなども忙しくなりそうですね」
アントニアが何気なく言った言葉に僅かにスーリヤは落ち込んだようだった。
どうにもアントニアが嫁いだ時にあまりにも宮が荒れていたことと、アントニアに労働をさせたことで珍しく養父のスレイマン三世からお叱りを受けていたらしい。
「すまんな、苦労をさせる」
「いいえ、スーリヤ殿下がおられるなら私は何も苦ではありません」
この旅行中に、アントニアはずいぶんスーリヤの表情が分かるようになってきた。
傍目にはやはりほとんど表情も顔色も変わらず、抑揚のない声で話しているのだが、アントニアから見るとそんな中でも色々と彼が感情を表に出しているのを察してきたのだ。
端的に言えば慣れた、ということだろう。
「それにお二方はお子にも恵まれませんとねえ」
後ろを通りがかったシーリンがからかい半ばにいった言葉にアントニアは耳まで真っ赤になり狼狽してその場にしゃがみ込んだ。
「シーリン、あまりアントニアをからかうな」
「すみません、アントニア様! まさかこんなに真っ赤になるなんて」
「い、いえ……早く、イェニラにも慣れます」
あまりに驚いたせいで鼻血が出てしまったアントニアがハンカチを押し当てているのを見て、スーリヤはアントニアの体を抱きあげて船室の方へと歩いていった。
そんな仲睦まじい様子を見てカリムは僅かに微笑みを浮かべると、イェニラの方から届いていた手紙を確認していた。
「夫婦仲は良好。 やはり、スーリヤは義姉上を逃がしたら再婚できませんね」
手紙の内容はスーリヤとアントニアの道中を心配したスレイマン三世からのものであった。
イェニラの港につき次第、すぐにも連絡を送るようにカマラに頼むとカリムは自身の船室へと向かおうとした。
「カリム様~!」
背後からの甘ったるいネコナデ声に眉を寄せると、やはりそこにはサイーダがいた。
折角、イスまで旅行したというのにサイーダは相変わらずイェニラの装束を身にまとい、イスの文化には全く興味をしめしていないようだった。
「ようやっとイェニラに帰れると思うとホッとしましたわ。 それに何だか気持ちが昂っているのか、すごくドキドキして」
見ればサイーダの額にはうっすら汗が浮かんでいた。
カリムは眉根を寄せながらサイーダの額に手を当ててみると、かなり熱く感じられた。
「サイーダ、貴方発熱していますね。 大人しく部屋にいなさい」
そう言いながらカリムはすぐに女性の召使を呼びつけるとサイーダを寝室へと運ぶように命じた。
「え、ちょ、か、カリム様~! そんなぁ!」
宰相の娘に何かあっては一大事、召使はすぐにサイーダを船室へと運んでいき、後にはサイーダの未練の声と晴れ晴れとした笑顔のカリムが残っていた。
晴れ渡る空の下、鮮やかなエメラルドグリーンに輝く碧海の上をイェニラの国旗を掲げた大きな船が渡っていった。
空には一点の曇りもなく、輝く太陽が一同の先行きを照らし出していた。
これにて第一部完結です。
まだまだ話は続きますのでどうぞよろしくお願いいたします。
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作業用BGM;LOVEタージ・マハル先輩




