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冷遇王子の花嫁になりました  作者: 二夜原 霞
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断絶された認識

スーリヤは彼らしくも無いほどに激怒していた。

料理にも酒にも一切手をつけていなかった。

肩は怒りのあまり震え、見開いた黄色い目は炎を吹きそうなほどに燃えていた。

ただ静かにシッテンヘルム伯爵を見つめていたスーリヤは静かな口調で告げた。


「会食は終わりとする」


これ以上この場にいたら確実にアントニアの家族を殺してしまう。

それほどの強烈な怒りを感じながらも、スーリヤがアントニアに触れる手は優しく、ただ静かにアントニアの体を抱きあげた。

腕に抱いた妻の肉体は氷のように冷え切っており、小刻みに震えていた。

スーリヤが席を立ち、背中を向けるとアントニアの妹であるアンネローゼが微かな声で呟いたのをスーリヤは聞いていた。


「気持ち悪い」


本当になんの悪意も無く。 ただ、目の前で汚いものと触れる人がいた、とでもいうような感想を残した義理の妹をスーリヤはきつく睨んでから、怒りを叩きつけるよりもまず、愛しい妻を安全な場所へと運んでやらねばならない、と会食のための部屋から出ていった。

シッテンヘルム伯爵夫妻は本来であればすぐにも大国の王子であるスーリヤに詫びねばならないというのに、ただ静かに食事をし、まるで最初からアントニアなどいなかったとでもいうように、和やかに視線を交わしている。

その光景がカリムはあまりにも薄気味悪かった。

スーリヤが出ていった部屋でカリムは静かに息をついた。

少なくとも、スーリヤがここで怒りに任せた行動を取らなかったのはアントニアがいてくれたからだ。 もしも、彼女がいなければスーリヤは何をしていたか分からなかった。

そして、カリムもまたこの両親にまだ聞かなければならないことがあった。


「何故、双子の娘をそのように差をつけて扱われるのですか」


カリムが問いかけた内容に対して夫人の方は僅かに笑顔を引きつらせていた。

けれど、シッテンヘルム伯爵とアンネローゼは何を言われているのか、というように平然としていた。

つまり、夫人の方は本心では片方の娘だけを極端に冷遇したこの状況が異常だと分かっているのだ。

そうなればアントニアの冷遇が起きた原因はシッテンヘルム伯爵だ。

娘であるアンネローゼは生まれた時からアントニアが冷遇されているのが当たり前だったので、姉の存在そのものが冷遇されてしかるべきものだと思ってしまっているのだ。

そう考えるとアンネローゼもまた、この異常な家庭の被害者ともいえなくはなかった。


「アントニアは長女です。 伯爵家として厳しく教育したことはありますが、そこになんの問題があるというのです」


シッテンヘルム伯爵はまるでアントニアの扱いが妥当なものだというように告げて、ゆっくりとワインを飲んでいた。

その表情は何一つおかしなことなどないのだというものであり、寧ろ問われること自体が不本意だと語っていた。


「双子ではありませんか。 何故、アントニア妃だけにそう冷たくされるのです」

「冷たくなどしていません。 もしあれがそう言っているのならば、それこそ思い違いというものでしょう。 私も妻も、娘を叩いたり、詰ったことなど一度もありませんよ」


カリムは知っている。 肉体に振るわれる暴力だけが痛みになるわけではないということを。

そして、憎まれるよりも無関心でいられることがどれほど子供の心を苛むかを想像することはできた。

アントニアはずっと、箱の中にいたのだ。

暗闇の箱の中で誰にも声をかけてもらうこともなく、白い光を抱くこともなく、ただ箱に入れたまま放置されていたのだ。


「何故、貴方がたはそんなに惨いことができるのですか。 アントニア妃とアンネローゼ嬢の何が違うというのですか」


カリムは感情的になってはいけないと思っていても疑問を呈するより他に無かった。

自分の目から見ても鏡写しのように似た双子の姉妹。 なぜ、長女ばかりが愛情を受けられなかったのか、その不条理はなんなのか理解できなかったのだ。

しかし、相変わらずシッテンヘルム伯爵の表情は微塵も揺らがなかった。

ただ静かに、ワインを飲み干したグラスをテーブルへと置くと、関心など微塵も持たない瞳をカリムへと向けていた。


「あれは、長女ですから」


長女、長女、としきりにシッテンヘルム伯爵は口にした。

カリムはこの家族とは対話が成り立たない、と口惜しさを感じた。

アントニアがスーリヤを心から愛していることに自分達がどれほど感謝しているか、そんなことは子の家族には微塵も伝わらない。

彼らは自分達の家庭の、自分達の秩序が守れるならばアントニアはいてもいなくてもどうでもいいのだ。

おまけにその理由が、長女である、という一点に集約されるのであれば最早どんな言葉も届きはしないだろう。

カリムが失望に打ちひしがれていると、不意にアンネローゼが唇を開いた。


「あの人はもう死んでるのに、どうしてそんなに必死なのかしら」


アンネローゼは不思議なものを見るような、何か恐ろしいものでも目にするかのように眉を寄せていた。

顔立ちはアントニアと似ているのに、その表情はむしろサイーダに近かった。

両親から愛されているという絶対的な自信があり、大切に育てられたからこその傲慢さがあり、それがアントニアと同じ姿をしていることに違和感すら覚えた。


「それは、どういう意味なのですか」


カリムは単純に、あの人はもう死んでいる、という意味が分からなかった。

アントニアは生きている。 現についさっきまで自分達と食事をしていたのに何故そんな言葉が出てくるのか分からなかった。

けれど、アンネローゼの方はそんなカリムの方こそ道理に外れたことを言っているのだという目で見つめていた。


「あの人は修道院に行ったときに死んだのよ。 なのに十年もたってから掘り起こして、それを結婚させるとか、妃だとか、私には気持ち悪くて仕方ないわ」


冷ややかな口調でこそあったが、アンネローゼの口調にはすくなからずアントニアに関心があった。

カリムは自分の理解を越えたアンネローゼの解釈が分からなかったが、彼女にとってアントニアは既に過去の人で、それに今更付き合わされているのが不愉快ということだろうか。

だとしてもカリムはやはり不服だというより他に無かった。

それでもアンネローゼは姉が生きている、今ここにいるという事実を受け入れようとはしないのだ。

それはさながら目の前で起きた現実を否定し、迷信に縋る人にも似た行動だった。


「アントニア妃は生きておられます」


ただ短くカリムはそれだけを言うと立ち上がった。

別段、本来の花嫁とアントニアを取り換えろなどというつもりはない。

寧ろアントニアがスーリヤの花嫁でよかったとさえ思った。

こんな理屈の通じない家庭の中で育てられた姿だけがアントニアと同じものを受け取ったとしても、おそらくはスーリヤはこれほど深く愛情を示しはしなかっただろう。

故に婚姻のための貢物を返せ、などと騒ぐつもりもなかった。

けれど、イェニラ王家に対して不義理を行い、更にはその妃へ冷淡な態度をとった彼らに対して、これ以上親族として何かを施すつもりは微塵もなかった。

カリムは部屋から出ていき、従僕が扉を閉める音を聞くと先に部屋を後にしていたスーリヤと深く傷つくことになってしまったであろうアントニアの事を心配していた。

特に、スーリヤは今回、珍しく表情に出る程の怒りを覚えていた。

異国の土地で騒動を起こすわけにはいかないが、正当な怒りを覚えた兄をどう落ち着かせればよいかカリムには思いつかなかった。

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