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冷遇王子の花嫁になりました  作者: 二夜原 霞
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両親との会食

家族との会食を前にアントニアは落ち着かなかった。

十年ぶりに再会しても親しい言葉などかけられず、そもそも会話と呼べるほどの言葉をかけられなかった。

ただ品物のように送り出した両親と自分をいないものかのように見る妹との視線を思い出すと、それだけでアントニアは指先までも氷に包まれたような心細さを感じずにはいられなかった。

イスの服を着ている、ということもなおさら、結婚前に最後に実家に帰ったときのことを思い出させていた。

スーリヤはそんなアントニアを案じてか、何度も声をかけてくれた。

普段であればただスーリヤの顔を見れば不安など消え去るというのに今回ばかりはアントニアの凍えるような恐怖心はまるで和らがなかった。


「アントニア、家族は苦手か?」


不意に、スーリヤがいった言葉にアントニアは顔をあげた。

彼の表情は相変わらず無表情で、何故そんなことを聞いたのかは分からなかった。

それにアントニアは家族に愛されなかったことを自覚していても、家族を苦手だとかまして嫌いだと言えなかった。

愛されたい、という望みがまだ残ってしまっているのだ。

アントニアは家族を愛しているし、愛されたいと願っている。

だから彼女は静かに首を左右に振った。


「いいえ、私は……家族を愛していますから」


それは生まれた時からの呪いだった。

人間が最も無力な状況で有無をいわさず組み込まれる社会こそが家族だ。

多くの場合、それは願望もあいまって穏やかで、優しく、愛情に満ちているべきだと社会は言っている。

家族を愛するのが当たり前の事であり、生んでくれた両親に感謝し、兄弟に愛情を注ぐことこそ人間としてあるべき姿そのもの。

ならばここでアントニアが家族が嫌いだと言い切ることなど決してできることではない。

それはあまりにもおぞましく、汚らしい考えで許されてはいけない社会秩序を裏切る行為に他ならないからだ。


「そうか」


スーリヤは短く言いながらもアントニアが今までにないほどに怯えていることを感じていた。

初めて自分の宮に来た時も恐ろし気にはしていたが、それは宮が困窮のあまりで迎える人間もおらず荒れ果てていたためだろう。

ならば今、自分が隣にいるのに青ざめて血の気の失った唇を引き結び、まるで今から首を縛られる罪人のように身を強張らせているのは何故だ。

スーリヤは自分の胸の内にらしくもなく不安がよぎっているのを感じていた。

アントニアはスーリヤにとってこの世で唯一手放したくないと願う人だ。 それほど大切に思う相手が何故、家族に会うということをこれほど恐れているのか理解が及ばなかった。


いよいよ会食の時間となった。

当初、宿の宴会に用いられる大きな部屋を借りて盛大な宴席を催す予定だったが、シッテンヘルム伯爵家から「贅沢な振る舞いはイスの慣習に乗っ取らない」と断られてしまった。

そのため、王子の身内との会食とは思えぬほど小さな部屋でひそやかに行われることとなったのだ。

真っ白な部屋の中にマホガニーのテーブルが並び、その上に繊細なレースが敷かれていた。

作法などは全てイスのものであり、先に来ていたシッテンヘルム伯爵家の人間と軽く挨拶を交わしたのち、それぞれの席へとついた。

シッテンヘルム伯爵家の側は伯爵本人とその夫人、そして娘であるアンネローゼが席についていたが、その表情は嫁いだ娘と再会した喜びなど微塵もなく、まるきり他人……いや、それよりも遠い何かを扱うようで、アントニアには声すらかけなかった。

スーリヤ、アントニア、そして王子の身内として来たカリムはその冷ややかな態度を見ながら、息を呑んでいた。

アントニアにとって家族が冷たいのは、やはり、という感覚だったが、スーリヤとカリムはその態度に素直に驚きと困惑を感じていた。

しかも、アントニアの両親は単にアントニアに無関心なのではなく、アンネローゼにはごく普通の親らしい表情を見せているのだ。


「この度はお招きいただき、感謝しています。 スーリヤ殿下」

「こちらこそ、招待に応じていただいたことを感謝しよう」


スーリヤとシッテンヘルム伯爵の言葉を聞きながら、カリムは冷たい汗が背中を伝うのを感じていた。


「ねえ、お母様。 このお料理、とても美味しいわ」

「本当ね……料理人の腕がいいのかしら」

「アンネローゼ、ちゃんとサラダも食べなさい」


和気あいあいとした家族の会話の中で、アントニアだけが俯き、ただ料理を口に運んでいる。

そしてその状態を家族の誰もおかしいと思っていないのだ。

カリムはその異常な光景を見ながら口を開いた。


「当初、イェニラから縁談を持ち掛けたのはアンネローゼ殿の方でしたが……」


カリムが異を決したような口調で告げると、シッテンヘルム伯爵は一瞬、料理を切り分けるナイフをとめたが、すぐに何のことはないというように顔をあげた。


「アンネローゼは既に国内での縁談を求めておりましたので、姉のマリア・アントニアを修道院より呼び戻したのです」


シッテンヘルム伯爵の声はまったく誠実さがなかった。

そもそも、アンネローゼの縁談がまだ決まっていなかったとしてもマリア・アントニアを送るのであればその旨を事前にイェニラ側へ伝えるべきだったのだ。

それをまるで品物の品名が入れ替わっていただけとでもいうような口調で告げられ、カリムは腹に据えかねるような思いをしていた。

しかし、それでも使節として来ているカリムは冷静である必要があった。


「イェニラの使節が確認した際、マリア・アントニア妃は精神病で修道院におられると伺っていましたが、いつ快癒されたことがお分かりに?」


カリムが放った言葉にアントニアは硬直していた。

精神病? 私が、いつそんなものにかかったのだろう。

そもそも修道院に入れられたのはたった六歳の時で、まだものの分別もつかないような頃に両親から「結納金がないから」という理由で修道院に入れられたのだ。

それなのにどうして、まるでアントニア自身に非があって、両親はやむなく娘を修道院に預けたなどという建前を取ったのかが分からなかった。

アントニアはもはや目の前の料理を口に運ぶこともできず、ただ打ちひしがれるような気持で項垂れていた。

胸の中からせり上がってくるものが喉を塞いで呼吸すらできなかった。


「マリア・アントニアが快癒したと聞いたのはそちらから縁談をいただいてすぐです。 その後、修道院にいるアントニアに話を通し、彼女がイェニラへ向かいたいというので送ったのです。 その際、娘が早く結婚相手に会いたいと強請るものですから、そちらへの連絡が間に合わなかったのは申し訳ありませんが……」


嘘だ。 全部、全部嘘だ。

アントニアは何故、修道院から戻されたのかさえ知らなかった。 イェニラの側から早く花嫁を送れと言われたと説明されたのだ。 誰と結婚するのかなんて船の中でシーリンたちから聞くまで知らなかった。

なのに実の父親であるシッテンヘルム伯爵はまるでアントニアにすべての責任があったというように、なんら悪びれることなく言っているのだ。

アントニアは微かに顔を上げて父の顔を見た。

シッテンヘルム伯爵はなんら感情のこもらない、アントニアに対してなんの愛着も悪意もない無関心な表情を向けていた。


「そうだな、アントニア」


アントニアは今すぐにでも全部嘘だと叫びたかった。

淑女らしくなくてもいい。 父が自分にどれだけ無関心だったか。 母が自分にどれほど冷たかったか。 妹だけが愛されてどれほど苦しんだか。 そのすべてを打ち明けたかった。

しかし、アントニアにはその勢いはなかった。


「……はい」


いつも、両親が自分に愛情を見せたことはなかった。

そっくり同じ顔なのにアンネローゼだけが愛されていて、アントニアは愛されなかった。

もうそれに慣れて、アントニアは両親に誠実さも愛情も求めて怒りを抱く気力も持てなかった。

それにここで素直に従っていればなんの問題もないのだ。

両親はどうせアントニアを忘れ去るし、アントニアはイェニラに戻るだけ。 それでもう二度と会わないはずなのだ。


だが、スーリヤは受け入れなかった。

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