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冷遇王子の花嫁になりました  作者: 二夜原 霞
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妹アンネローゼ

アンネローゼ・シッテンヘルムは父から告げられた言葉の意味が分からなかった。

イェニラへ嫁いでいった姉との会食。

そのために馬車に乗って都へと向かっているのだが、揺られる馬車の中でただぼんやりとアンネローゼは外の景色を眺めていた。

灰茶けた岩山の間にひっそりと開けた土地のシッテンヘルム伯爵領。

岩山のせいで冷害や霧も多く、湿度が高すぎて穀物を育てるのにはむかず、育てた果樹もほとんどが実をつけたまま腐敗して落ちるような不毛の土地。

幸いにして良質な石材が産出できるが、それでも領民と伯爵という家格を背負うにはあまりに実入りが乏しい。

戦争のあった時代はよかった。

土地が貧しくても男たちは外に出て、自分の命と引き換えに金を手に入れることができた。

女たちはただ子供を産み育て、次代の兵士を作ればよかった。

ただ、便宜上平和な時代となった今、かつて睨み合っていたイェニラからの貢物でかろうじてこの土地は息を繋いだのだ。

アンネローゼはそんな死にゆく領地をそれでも愛しく思っていた。

例え死にゆく土地でしかないとしても、そこで生きている人々がいて、生きようとする命がある限り、アンネローゼは生まれ故郷を心の底から愛することができる。

だって、彼らは生まれたことの義務を果たそうとしているし、領主の娘として生まれた自分にはその全ての命を愛でる義務がある。

生まれたからには貧民の赤ん坊だろうと、富裕な老人だろうと、生きている限りアンネローゼは愛しく思う。

それだけの優しい心をアンネローゼは生まれながらに持ち合わせていた。


そして、アンネローゼにとって、姉であるマリア・アントニアはもう死んだ人だ。

生まれてすぐに両親はアンネローゼを愛し、姉のマリア・アントニアを冷遇し始めた。

そこにどういった理由があるのかは知らないけれど、物心つく頃にはアンネローゼも姉はそういうものなのだと納得していた。

家族の食事にもマリア・アントニアだけは呼ばれず、自室で食べさせられていた。

服も、教育も、食事も、ありとあらゆるものはアンネローゼのために用意され、そのおこぼれがマリア・アントニアのものとなった。

ようするにこの家の娘は最初からアンネローゼただ一人で、残飯を食わせる豚がマリア・アントニアだったのだ。

だが、それでもマリア・アントニアが生きている限り、アンネローゼは姉を愛していた。

両親がどれほどマリア・アントニアを冷遇し、自分と距離を隔て、待遇に差をつけようとも愛しい姉のために毎晩祈り、姉のために共にいる時間を求め、姉のために自分のものを差し出し、姉のために微笑みかけた。

生きている限り、アンネローゼはマリア・アントニアを心の底から愛した。


しかし、六歳になったころ姉が実家を出て修道院に贈られたことでアンネローゼの中ではマリア・アントニアは死んだことになっていた。

両親は世間体のために「マリア・アントニアは精神病を患い修道院に入れた」と言ってはいたが、世間体など知らない幼いアンネローゼはより本質的に理解していた。

食っていけぬ家に家畜を養う金などない。

無論、修道院に入れるにも金はかかるのだが、それは家畜の屠殺に手間がかかるのと同じようなものだ。

だから、マリア・アントニアという名前の書かれた棺の蓋はもう閉まっている。

それは六歳の時に決定した覆しようのない事実であった。


だというのに、十六歳になったその日、父が「マリア・アントニアを修道院から連れ戻す」といった意味が分からなかった。

イェニラという国へ嫁がせるというのだ。

おまけに帰ってきたというマリア・アントニアはアンネローゼと同じ顔をしていて、同じような声で喋って、何かを乞うような浅ましい眼差しでアンネローゼたち家族を見ている。

なんてグロテスクな存在だろう、とアンネローゼは吐き気さえ催した。

だからせめて姉という死体をなるべく穏便に処分することにした。


修道院という墓地に埋めていた棺から、すっかり白骨になったマリア・アントニアをイェニラという骨壺に移し替えるのだ。

これでもう大丈夫。 死体は動かないし、死者は喋らない。

もう二度とアンネローゼの前に不気味な死肉が現れることはない。

そう思って安心していたのに、突然、葬ったはずの姉がまた現れてきたのだ。

そして両親はその申し出をあっさりと受け入れた。

理由が分からなかった。

どうしてマリア・アントニアなどという死体にまた会いに行くのだろう?

イェニラに姉の死体を送り届けることで出る報酬でアンネローゼの婚姻を行う、というのは説明を受けていたが、葬ったはずの死体にまた会いに行かねばならないというのはどういうことだろう?

人間であれば墓参りというのはまだわかる。

けれど、マリア・アントニアは家畜だ。 墓をこしらえてやる程度の恩情はあっても参るような義理はない。

だというのに、何故? 両親はこの申し出を受けた時溜め息をついてはいたが、アンネローゼのように拒絶感を催した様子はなかった。


「もしかして、まだ生きてたのかしら」


アンネローゼは誰にいうともなく呟いていた。

六歳の時、棺桶にいれられた姉はもしかして修道院という墓のしたで十年も生きていたのだろうか?

そう思うとぞっと身震いが走った。

冷たい墓土の下で十年も腐った体で生きている死人なんてぞっとする。

外見こそアンネローゼと瓜二つだったけれど、その中身は爛れて腐汁を垂らした化け物だ。

今から会いに行くのはそういうものなのだ。

アンネローゼは自分の人差し指と中指とを交差して十字を作ると、神に加護を祈った。

優しい両親と自分とがどうか、おぞましい姉の呪いを受けませんように。

そう祈ることでしか、おそろしい死人と対面する恐怖心を和らげるような術はなかった。

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