宴で広がる噂
宴席に招かれた名士たちやその夫人、子供たちは市長邸のホールに入るなり口を広げて驚いていた。
敷き詰められた絨毯は職人が数人がかりで年単位の時間をかけて作った良質の織物であり、壁にかけられた織物もまた染色に宝石を砕いて用いた糸がふんだんに使われていた。
白い陶磁器に緻密に描かれた幾何学模様は全て金を使っており、そこに飾られた花は生花ではなく宝石を彫刻したもので、そのあまりの豪華さと異国の装いに誰もが目を奪われていた。
そして、そのホールの奥、もっとも上質な椅子とテーブルとを前につくスーリヤ王子夫妻の姿もまた人々の意識を引いた。
イス人特有の薔薇色の肌に見事な金髪、そして鮮やかな緑の瞳をしたアントニアは夜会に相応しく肩口の開いたドレスを着ていたが、その肩の優美な曲線は彼女の清楚な様子に似合っていた。
だが、誰よりも人目を惹き付けたのはスーリヤ王子であった。
イェニラ人の美しい浅黒い肌とも違う。 大理石でかたどったように白く整った顔立ちに真っ白な髪、鮮やかな黄色の瞳をした王子の顔立ちに若い娘たちはほお、と息を漏らしていた。
そして、スーリヤ王子もまたイスで作られたシルクのジャケットにシャンタンのベストを着た姿でアントニアを伴い立っていた。
「いやあ、これはまた素晴らしいパーティに招いていただいて」
「本当にまあ、イェニラの文化には驚かされます」
称賛の声をあげる貴族たちを歓迎するためにグラスを手にしながらアントニアを伴いスーリヤは挨拶をしていた。
スーリヤは相変わらず無表情で無感情な口調であったが口元が僅かに震えていた。
招かれた人々が喜んでいる様子を見てそれが楽しかったのだろう。
「アントニアの故郷ということもあり、このイスに来ることは楽しみにしていた」
スーリヤは本心を明かしていたのだが、その口調があまりにも無感情だったために多くの人は社交辞令だろうと思っていた。
しかし、アントニアは嬉しそうに笑顔を浮かべてほんのり頬を赤らめていた。
「スーリヤ殿下は普段はどのように過ごされているのですか」
「最近はしなくなったが、狩りに出ることが多かった」
「おお、それはそれは! 男らしく素晴らしい」
招待された貴族の一人が狩り、と聞かれて思ったのはおそらくイスの貴族たちがするような鳥討ちやキツネ狩りなのだろうが、スーリヤは本当に一時期狩りで食料を得ていたため、そこには認識の齟齬があった。
しかし、アントニアはその齟齬に気付かれまい、とすぐに笑顔のまま口を開いた。
「スーリヤ殿下は弓の腕前も非常にお上手だそうですね」
「ああ、どんなものにでも当てて見せる」
スーリヤの方は妻から自分の武芸の腕前について言及されたことに普段はあまり見せないほど自信たっぷりの発言をして頷いていた。
アントニアとスーリヤが和やかに歓待をしている最中、サイーダはイェニラ王国の伝統的な服装をして、テーブルに寄りかかるようにしていた。
カリムは先ほどから招待した客の荷物の管理や名簿の確認などで慌ただしくしているし、なんとも退屈だった。
「せっかくの宴なのになんでスーリヤなんかに構うのかしら」
普通に考えれば主役となるのはそもそも新婚旅行であるスーリヤとアントニアだというのにサイーダは自分が中心にいないということに不満を感じていた。
第一招待客も全員金髪や茶髪で赤っぽい肌をしていて見分けがつきにくいし、服装だってイェニラのように刺繍や染め物がなくてほとんど似たような服ばかりで分かりづらい。
三流国の田舎の名士となんて口を聞く気もないけれど自分が壁の花だなんて納得がいかなかった。
何よりも、イェニラでは呪われた邪眼の持ち主として忌み嫌われているスーリヤにすり寄る貴族たちの姿が気に入らない。
「ねえ、貴方もイェニラの方なの?」
不意に声をかけてきた少女の方を見ると、やはり赤っぽい顔に青い目、金色の髪をした少女だった。
年齢もサイーダと同じくらいでおそらくは招待客の娘といったところなのだろう。
「そうよ、私はイェニラ王国の宰相の娘サイーダよ」
イェニラ王国の宰相、という父の身分を示せばこの田舎貴族の娘など自分が話しかけた相手がいかに高貴な相手か分かり、おそれおののくことだろう、とサイーダは思った。
しかし、実際には少女のほうは「へーすごいね」くらいの軽い調子で言うだけで、まったく気にする様子がなかった。
イスの一般的な貴族子女にイェニラ王国がどれほどの大国であるか、というのはほとんど知られていない。
ただそういう名前の異国、砂漠の国らしいというくらいの認識であり、その国の宰相の娘、といわれてもどれだけすごいのか分からなかったのだ。
「それで、あのスーリヤという王子さま本当に素敵ね、イェニラにはあんなに素敵な方が多いの?」
「スーリヤ殿下よりもっと素敵な王子がおられるわよ。 末の王子はまだ子供だけれど、カリム様の方がずっと素敵だわ」
話しかけてきた少女は自国の王子であるスーリヤにやけにとげとげしい態度をとるサイーダに驚いていた。
それは周囲にいた他の少女たちも同じで、イェニラに関心を持っていた他の娘らも自然とサイーダの方へと近寄っていた。
「そもそも、どうしてスーリヤ殿下があんな仮面をつけてるか貴方たち知らないでしょう?」
サイーダはふ、と口元を歪めながら、横目にスーリヤを見た。
スーリヤはまったく感情を読み取れない無表情で、顔の半分は陶器に覆われていた。
少女たちはサイーダへと視線を注ぎ、ごくりと息をのんで話の続きを待っていた。
「あの仮面の下には邪眼があるのよ。 不吉な呪いを帯びていて、その目を見たら死んでしまうんですって」
「まさか!」
「……スーリヤ殿下はそれで母親と弟を殺したのよ。 それで、陛下が仮面をつけさせたんですって」
冷ややかな軽蔑の籠った口調でサイーダが言い切ると、少女たちは小さくざわめきを起こしていた。
サイーダの言葉が真実であるかは疑い半分ではあったが、異国の地から来た人間で、しかもイェニラの人間とも見た目が違うスーリヤに忌まわしい能力があると言われると妙にその言葉は重みがあった。
娘たちはぞっとした表情を浮かべると、スーリヤ王子から目線を逸らしていた。




