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冷遇王子の花嫁になりました  作者: 二夜原 霞
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カリムの光

スーリヤが熱を出した、といわれてカリムもまた最初は狼狽えた。

すぐに医師から「はしゃぎすぎによる疲れ」という診断が出て力が抜けたのは事実だが、イェニラとは違い、スレイマン三世の目の届かないところでスーリヤを害そうとする人間がいないとも限らない。

書類整理のために自分の部屋にこもりながら、カリムは勝手に部屋にあがりこんだサイーダに溜め息をついていた。


「なーんだ、大したことなかったんですね」


スーリヤの熱の原因を聞いたサイーダは呆れたような口調で言いながらつまんない、と言っていた。

大方彼女もスーリヤが病に倒れて、死ぬかさもなくば王位継承者たり得ないと判断されるような後遺症に苦しめばいいと思っている人間の一人だろう。

そもそも宰相もカリムの母もスーリヤが死ねばいいと思っている側の人間だ。

実際、幼い頃、まだスーリヤと直接深くかかわる前のカリムもそう思っていた。


「スーリヤは頑丈ですから、明日にはまた歩き回っていますよ」

「もっと苦しむようなものならよかったのに」


なんら臆面もなく言ってのけるサイーダを見ながら、カリムは自分もかつてはこんな人間だったのだろうかと嫌な気分になっていた。

使節団としての役職としてこの街の有力者に通過することを知らせたり、宿や飼い葉の手はずなどカリムはそれなりにやることが多い。

手元にある書類にも使節団のための食糧であるとか、飼い葉の管理についてだとか、カリムが確認せねば進まないものが多くあった。

しかし、そういった仕事というのはサイーダにとってはどうでもいいものに思えていたらしい。


「カリム様、ずっと宿にこもりっきりだなんてつまらないじゃないですか」

「生憎と私は使節団の代表ですので、職務を放棄するわけにはいきません」

「別にそんな書類なんて誰がやっても同じでしょう」

「最終の確認は責任者である私の管轄なんです」


カリムがつれない態度をとるとサイーダはますます不満そうに眉根を寄せていた。

しかし、カリムからすればただするべきことをしているのを邪魔しているサイーダに優しくする必要は感じられなかった。

だが、サイーダの方は普段甘やかされて育ってきたということもあり、ふんとそっぽを向いた。


「つまんない! カリム様、イスについたらデートしてくださるって言ってたのに!」

「文化の見学に付き合う、といったのです。 貴方もイェニラの貴族ならば他国の文化を学ぶことの重要さは理解すべきですよ」

「こんな田舎の国の何を勉強するっていうんですか!」


ヒステリックに叫ぶサイーダに自分の中でぎりぎりと怒りの感情がせり上がってくるのを堪えながら、カリムは書類に目を通しては確認のハンコを押していった。

サイーダはイライラとした感情を隠しもせず、椅子に座ったまま膝を抱えていた。

そんな行儀の悪い行為にもカリムは興味を持つことはなく、確認した書類をとりわけ、自分が訂正した方がよいだろう書類に目を通していた。


「大体、なんでカリム様がこんな雑事をしなきゃならないんですか。 スーリヤなんて本当の王族でもないくせに」


王族であるスーリヤのことを呼び捨てにした態度にカリムは片方の眉をはねあげた。

サイーダはそっぽを向いたままぶつぶつとスーリヤに対する文句を言っていた。


「アントニアだって、何を話しても黙ってうつむいてるばっかり。 石でできたスーリヤにお似合いで木でできてるんでしょうね。 肌だって赤いばっかで変な色してるし、髪も全然手入れしてないのか伸ばしてるだけ」


小馬鹿にしたような口調で自分の兄弟、そして義理の姉を侮辱する行為にカリムは頭に上っていた血が静かに引いていくのを感じていた。

懸命に自分の理性を動員して冷静であろうとするが、そうするほどに耳にサイーダの無礼な発言が響いてくる。


「そもそも、ビンバなんて滅んだ国の人間がいつまでも大きな顔をしてるのが間違いなのよ」


サイーダの言葉にいよいよこれ以上は耐え兼ねる、とカリムは音を立てて椅子から立ち上がった。

普段、音を立てるような激しい動作を滅多にしないカリムのその行為に驚いたようにサイーダは振り返った。

カリムは表情こそ静かであったが、明らかに普段よりも空気が重かった。


「出ていきなさい。 仕事の邪魔です」

「カリム様? なんで、私、何をしたっていうんですか」


何もわかっていないことが余計に腹立たしかった。

彼女の間違いを指摘して訂正してやることが王子として正しい行動だとは分かっていても、これ以上彼女と話したくないという感情が強かった。

カリムは半ば強引にサイーダの腕を引いた。

華奢なサイーダの腕はカリムの指が食い込み、サイーダは悲鳴をあげて痛がったが、それにも構わずカリムはサイーダを部屋から追い出すと鍵をかけた。


「カリム様、なんで、なんでですか!? カリム様!」


どんどんと激しく扉が外から叩かれている。

けれど、カリムはそれ以上に自分の中で膨れ上がっていく嚇怒の念を押し殺すのに必死だった。


幼い頃から、いつもスーリヤと比べられた。

母は「ビンバの女の王子になど負けるな」と呪いのように繰り返し、ほんの少しでも上手くいかないことがあると、幼いカリムを箱に押し込めて詰った。

殴られたことなどない。 打たれたことなどない。 けれど、狭くて暗い箱と女の罵声は何よりも恐ろしかった。

暗い箱の中で聞く母の声は信じられないほどに恐ろしく、まだ五つにもなっていなかったカリムは泣きながら許しを請うことしかできなかった。

そして、自分がこんな辛い目にあうのはスーリヤという男のせいなのだと思っていた。

スーリヤがいるから、スーリヤさえいなければ……そんなおぞましい感情だけが幼いカリムを染め上げる黒い感情だった。

けれど、初めて対面したスーリヤは「義母上は優しい方だな」と言っていた。

無神経なほどに周囲をいいように解釈して、自分が憎まれていることも、嫌われていることも何もしらず、黒い感情など何も知らないその姿が純粋にうらやましかった。

彼のように自分はなれない。 なれなくたっていい。 別の存在だから彼の隣にいられるのだ。

スーリヤが男でよかった。 最高の友人が兄としていてくれることにカリムは感謝した。

スーリヤに初めてあった日から、箱の中の暗闇は恐ろしいものではなくなった。

あの白い光が常に自分の中にあるのだから。


カリムは訂正を終えた書類と確認済の書類とを手に部屋を出るとサイーダの姿は既になかった。

大方彼女の侍女の元に泣きつきにいったのだろうが、どうでもよかった。

カリムは宿の滞在にかかる様々なものを担当者に確認するために廊下を歩いていった。


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