下手の横好き
「それで、その浮かれた格好の理由は分りました、が……」
カリムは額に青筋を浮かべながらスーリヤを見据えていた。
スーリヤの隣でアントニアは身を縮こませるようにしながら両手を握り締めてカリムの顔を見上げていた。
「最初の街からこんなに買い物してどうするんですか! 荷物ばっかり増えて、仕方ないでしょう!」
「着る」
「お前の体はいくつあるんだ!」
あの後結局あれよあれよという間にスーリヤは服屋や装飾品屋にまでおもむき、更には市場の露店までもめぐり始めたのだ。
アントニアにはこの服が似合いそうだ、このリボンは金の髪によく映えるのだ、などと店員がいうことを鵜呑みにして、アントニアが止めるまで買い続けるほどだった。
おまけにアントニアがイスの装いをするならば夫の自分もする、ということで結果的に二人分の服やら装飾品やらが荷馬車三台は必要な程揃ってしまっていた。
「すみません、私が止めるのが遅く……」
「義姉上が謝ることはありません。 それと義姉上に関しては女性ですから、服も装飾品も我々男より遥かに持っているべきです」
カリムは溜め息をつきながらも、この二人の新婚旅行ということもありなるべく二人にしてやりたいのは本心だが、このままではイスの都につくまえに帰りの船の積載量をはるかに超える荷物を買い込みかねないという不安があった。
何しろ、イスの国についた最初の街、一日の逗留でこの量になっているのだ。
カリムに叱られている張本人であるスーリヤはまったく堪えていないようであり、交易都市であり港町ではさぞやいいカモにされたことだろうと溜め息が出てしまう。
それにカリムもアントニアがイスの装いをしているのは初めて見た。
普通、外国から来た人間が現地に馴染もうとしても最初の内は自分の故郷の服装をしていることが多いのだが、アントニアはカリムが初めて会ったころにはもうイェニラの装束を着ていたのだ。
前に女中のシーリンから聞いた話では嫁ぐ時の旅でも荷物はほとんどなく、しかも晴れ着こそ何着かあったが寝間着は飾り気のない質素なワンピース、更には普段着の類は全くなかったというのだ。
カリムにはやはりアントニアの家庭にはなんらかの不和が起きていたのではないかという不安ばかりが掻き立てられ、スーリヤの買い物の内、アントニアに対しての贈り物には何も文句を言わないことにしていた。
が、叱られている張本人以上に恐縮しているアントニアを見ているとこれ以上スーリヤを締め上げることができなくなり、カリムは溜め息をついていた。
実際、イスの旅行をするのだから環境に適したイスの服装になるというのは理屈が通っている。
カリムにしても軽装程度はイスで揃えるつもりであったが、スーリヤは普段着から夜会に出るような礼装、更には何を思ったか登山やら野良着やらまで買い込んできたため頭が痛くなっていた。
「イスの服は窮屈だが、動きやすいぞ」
国土の大部分が砂漠であるイェニラでは服装はまず強すぎる日光を遮断する目的で作られる。
そして、通気性がよいことが重要視されるため、伝統的なシルエットというのは決まっている。
そこへいくとイェニラほど熱くなく、日光で皮膚が爛れる心配もないイスではデザインというのは非常に流動的なものらしく、細身のパンツスタイルになったスーリヤは革靴姿で街のなかを歩き回っていたという。
アントニアの方は流石に故郷の服というだけのことはあり、淡いグリーンのワンピース姿で、それでも素肌を出さなイェニラの伝統を尊重してか、肩からショールを羽織りなるべく腕や胸元が見えないようにと配慮してくれている。
目の前で浮かれ倒している兄以上にイェニラの伝統を大切にしてくれているのはこの義姉ではないだろうかとさえ思いながらカリムは額に手をついていた。
「やっぱり故郷の服の方が落ち着くんじゃないですか? それにスーリヤ王子もイェニラの人じゃありませんからね」
不意に、サイーダの声がした。
カリムが振り向くとサイーダがくすくすと笑っていた。
イェニラ伝統の肌をあまり露出しない長い衣の裾をたぐるようにしながら歩くその姿にカリムは眉根を寄せていた。
が、ここでもやはりスーリヤはスーリヤであった。
「サイーダも欲しいのだろう。 見てきたらどうだ」
「はあ? なんで私がイスなんかの」
「アントニアを見ろ。 何を着ても似合う。 美人はそういうものだ」
さながら、俺の妻には似合うが美人じゃないお前にはイスの服は似合わないからひがんでいるんだろう、とも聞こえるこの言葉にサイーダはかあっと真っ赤になり、背を向けて宿の部屋へと入っていった。
無論、スーリヤにそんな気はない。
寧ろ、「可愛いサイーダならイスの服だってとても似合うだろうから、この機会に着てみたらどうだ」くらいの感覚で言っているのだ、この男は。
義兄のしゃべり好きの口下手に今回ばかりは感謝しながらカリムは買い込んだ荷物のうち、明らかに着ないであろうものは船に運び込ませておき、二人を宿に手配しておいた寝室へと案内した。




