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冷遇王子の花嫁になりました  作者: 二夜原 霞
20/59

最近分かってきた

船旅は順調だった。

最初の日以降、アントニアはなるべくサイーダと二人きりにならないように努めていたし、カマラやシーリンも何かと理由をつけてアントニアを連れ出してくれていた。

それに嫁ぐ時にはいろいろと心に余裕がなくて楽しめなかった海上の風景を楽しむことができた。


「風がとても強いんですのね」

「これは貿易風だな」


明るい日差しを受けて煌めく碧海を見ながら甲板にでたアントニアはスーリヤと共に風を受けていた。

強い日差しの中で見るスーリヤは大理石でできた彫刻のように神々しく、アントニアは長い髪を結い上げたままその凛々しい姿に見惚れてしまった。


碧海、というのは文字通り碧の色をした美しい内海だ。

波も穏やかで古くから多くの貿易に用いられており、イェニラや海に面した国々はそれぞれ大きな港を作って文化や物品の交流を行っている。


「碧海は神様がこぼした宝石で色がついているそうですよ」

「それは……ビンバの伝承だな」

「カマラから聞きました」


一神教のイェニラやイスと異なり、ビンバは多神教の文化だったそうだ。

今でもイェニラのおとぎ話に姿をかえてビンバの神々は生きているそうだが、カマラが教えてくれた美しい物語はアントニアの知的な好奇心を満たすには十分だった。

元々修道院での娯楽など神の教えにもとづく物語やレース編み、刺繍といったものくらいしかなく、そういった物語を聞くのはアントニアにとって楽しいものだった。

そして、自分の故郷であるビンバの物語をアントニアが学んでいたことを知ったスーリヤは僅かに唇の端を震わせていた。


最近、アントニアも分かったことなのだが、スーリヤは嬉しかったり、楽しかったりすると唇の端が痙攣のようにごくごくわずかに震えるのだ。

笑顔を見せてくれることはめったにないが、唇が震えているのを見るとスーリヤに良いことがあったのだな、と分かりアントニアも嬉しい気分になった。

幼い頃からスーリヤを知っているカマラやカリムがいうにはスーリヤはまず滅多に怒らないし、泣かないし、笑わないという。

スーリヤは彼なりにしっかり何かしら感じているようで、自分では表情豊かな方だと思っているのだが、他の人から見れば全然感情が表に出ないようにしか見えないのだ。

そして、結果的に心がないだの、恐ろしいだのという誤解が広がっているという事態にカマラとカリムも溜め息をついていた。

ほんの少し前までスーリヤが恐ろしくてたまらなかったシーリンに至っては、近頃はスーリヤに「もっとはきはき思いのたけを話してください」とまで訴えていた。

アントニアもまたあの優しい笑顔を向けてくれれば嬉しいとは思うが、スーリヤの生まれ持った気性ならばこの無表情もまた素敵なものに思えてしまっていた。


「スーリヤ殿下、カモメが飛んでいますわ」

「白いな」

「はい、スーリヤ殿下と同じ色でございます」

「そうだな」


そして、アントニアは更に少し理解していた。

スーリヤは無口なのではなく、単に口数が少ないだけなのだ。

どうやら本人としてはかなりいろいろと考えているようなのだが、それが口からあまり出てこないのだ。

結果的に自分一人がしゃべりかけているようにはなるが、スーリヤのくちもとがぴくぴくと震えていることから喋ること自体は楽しいらしい。

甲板の上で滑ると危ないから、としっかりとアントニアの肩を抱いたままカモメを見るスーリヤはちらりと碧海を見ていた。

海にも興味があるのだろうか、と思ってアントニアが目をやると、船の近くをイルカが泳いでいた。


「まあ、イルカ!」

「ああ」


どうやらイルカがいることをアントニアにも伝えたかったらしい。

波の音で分かったのか、それともイルカの生息域だと知っていたのかは分からないが、どちらにしてもスーリヤが楽しそうに海を見ているのを見るとアントニアもまた胸がうきうきと弾み、自然と笑顔をこぼしていた。

口数が少なすぎるスーリヤの会話にやきもきしたようなカリムが背後から視線を向けていたが、アントニアとスーリヤが楽し気にしているのを見ると割って入るのもどうかと思い、静かに見守るにとどめて居た。


「カリム様~!」


そんなカリムに唐突に声をかけ、腕を引いたのはサイーダであった。

カリムは一瞬眉を寄せて腕をどかせてから背筋を正してサイーダへと向き合った。


「なんですか、サイーダ」

「どうして私との時間を作ってくださらないんですか。 今だって休憩時間なのに、まったく会いにきてくださらないし」

「……我々はあくまでスーリヤの新婚旅行に伴う使節団です。 無意味に遊びに来たわけではないのですよ」


カリムは未婚の女性が婚約者でもない相手に馴れ馴れしく触れるサイーダの態度に溜め息をこぼしていた。

しかし、カリムの母であるハイファー妃が宰相に肩入れしている以上、強く窘めることもできず、結果的にサイーダに振り回される形になってしまっている。


「でも、どうせスーリヤ王子の結婚だなんて大したものじゃないでしょう」


すねたように唇を尖らせてそっぽを向くサイーダを見下ろしながら、カリムは自分の腹の内で渦巻く感情を叩きつけてしまいたい欲求を抑え込んでいた。

何を言っているのだろうか、この娘は。

第一王子であり、王位継承権を持つ王子の結婚が些末なことだと本気で思っているのだろうか?

殺意すら感じる言動に手が自然と拳を作ってしまっていたが、カリムはすぐにおのれの立場を思い出して溜め息をついた。

イェニラ王国第三王子である自分が宰相の娘に暴力を振るうようなことしてはいけない。

いや、そもそもサイーダは単なる少女に過ぎないのだから男である自分が腕力をもって傷つけるような真似など男である限りしてはならないのだ。

そう何度も自分に言い聞かせながらカリムはサイーダに視線をやった。


「あなたも折角の機会なのですから、イスについたらあちらの文化を見てはどうです」

「イェニラ以外の三流国家の何を学ぶんですか。 まあ、カリム様がいっしょなら見て回るくらいしますけど」


甘ったるい猫のような声がたまらなく癪に障った。

しかし、カマラからサイーダとアントニアが話した後、アントニアが今までに無いほど落ち込んでいたと聞いた以上、兄夫婦にこれ以上サイーダを近づけ、スーリヤが激怒するような事態を引き起こすわけにはいかなかった。

スーリヤは普段、まったく怒らず、大抵のことを都合よく受け止める性格なだけに、本気で激怒すればカリムでも手のつけようがないのだ。


「分かりました。 それではイスでは私が同行すると約束しましょう」

「本当ですか! ふふ、やった!」


まるで自分のわがままをカリムが喜んで聞き入れてくれたとでも思ったのか、サイーダが無邪気に喜ぶさまを見て、カリムは汚物をみるような無関心な眼差しを向けていた。

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