表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冷遇王子の花嫁になりました  作者: 二夜原 霞
2/59

馬車の中

旅立つ馬車は非常に豪華なものだった。 白馬の四頭立て、家門を染め抜いた扉に柔らかなクッション。 修道院に迎えの為よこされた馬車とは大違いで、それに替えの馬が何頭も用意されている。

けれど、本来であれば花嫁が持っていくはずの私物の馬車は一つとしてなかった。

当然だ。 マリア・アントニアがこの屋敷で暮らしていたのは六歳の時まで、それからは修道院で生活しておりこの屋敷には何も、マリア・アントニアの大切なものなど存在していなかったのだ。


アントニアは馬車の窓にうつる自分の顔を見つめていた。

両親と同じ鮮やかな金髪、妹とそっくり同じ顔立ちに緑の瞳。

まったく同じ日に生まれ、同じ女、同じ顔をした双子で何故妹だけが両親に愛されていたのかは分からなかった。

理由が思いつかないのだ。 物心ついた頃には両親はアントニアをのけ者にするようにし、妹だけを溺愛していた。

そして、六歳の時には「お前の結納金を用意することはできない、お前は修道院で神に生涯を捧げなさい」と無慈悲に言われた。


何故、どうして、私だけ。

そう泣いて問うた声に返事はなく、馬車で遠い離島にある修道院へと送り込まれた。

何故自分が両親から愛されないのか分からず泣き崩れていたアントニアも一週間もすれば修道院に慣れるより他になかった。

幸いにも修道院には同じような年ごろの貴族令嬢が何人も預けられていた。

あるものは行儀作法の見習い、あるものは両親が亡命し安全のため、あるものは本当に信仰へと生きるため……理由は様々だが、修道院内は一種学校のような場所だった。

揃いの濃紺の綿のワンピースを着てシスターたちの儀式を手伝うのは少女たちの好奇心を満たす程度の神秘を与えてくれたし、皆で身を寄せ合えば夜の闇すらも恐ろしさは和らいだ。

もちろん不満はあった。 家族に会えない孤独、なんの娯楽もない施設、厳格な生活。

そんな中でもアントニアは優等生と呼ばれる部類でシスターたちからの信頼も厚く、友人にも恵まれていた。

このまま修道院で信仰に生きるのも決して絶望的な未来ではない、そう考えられるようになっていた。

そんなところに、急遽、伯爵家からアントニアを戻すようにという要請が来たのだ。

院長は何度か手紙で理由を聞いたが、それも全て家庭の事情として答えられず、何もわからぬまま伯爵家へ戻ったアントニアはそのまま、遥か東にある砂漠の国へと嫁がされることになったのだ。


アントニアはもう何度目になるかも分からない深い溜め息をついて馬車の窓ガラスへと手をついた。

本来であればこのように窓の外を見る行為は淑女がするものではないが、アントニアを咎めるものはいなかった。

誰一人、アントニアの供としてついてきてくれたものなどいなかったからだ。


馬車の外ではどんどん景色が移り変わっていく。

白い岩石の山脈が目立っていたシッテンヘルム伯爵領とは異なり、なだらかな緑の丘が広がり、そして国境近くの開けた道になると今度は赤茶けた岩山が遠目に見えた。

婚礼に向かう馬車だというのに祝福の言葉をかけてくれる人もいなければ、舞い散る花びらもなく、ただ荷物を運ぶかのように一定のスピードで馬車は駆けていった。

アントニアは自分の顔を両手で覆ってしまうと、もうそれきり窓の外を見ようとは思わなかった。

どれだけ見ても、どれだけ覚えていても、この国に残した家族は自分のことなどまるきり気にかけてはくれぬだろう、という確信だけがアントニアの胸に固いしこりとなって残った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ