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冷遇王子の花嫁になりました  作者: 二夜原 霞
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カリムの心労

カリムは宦官から告げられた兄夫婦の新婚旅行への同行に深い溜め息をついていた。

名目上は使節団の代表ではあるが、実際には何故姉妹の取り違えが起きたのかを確認するための交渉をせねばならないのだろう。

以前にスーリヤが家族から愛されている、ということが分かった時にとても安心していたアントニアの表情が思い出される。

もしかすると彼女は家族のなかでは疎まれていたのではないか、という不安がカリムの中にはあった。

カリムからすればアントニアは変人の兄のことを心から愛してくれる女性であり、スーリヤの妻が彼女で心底ほっとしている。

しかし、この旅行がアントニアを傷つけるのではないか、そしてその根幹に自分が触れるのではないかという不安があった。


そして、それ以上にいま後宮の母の元に向かっているということが何よりもカリムの心労をあおっていた。

本来、後宮には王子であっても立ち入ることは許されない。

しかしカリムの母、現在の正妃であるハイファーは後宮の中に小さな宮を持っており、そこにのみ実子である王子は立ち入ることを許されていた。

宦官に付き添われて後宮にある正妃宮に入ると、そこは鮮やかな花や豊かな葉を持つ木が生い茂っていた。

イェニラでは庭園で楽園をかたどることが宗教的な伝統として長年行われている。

幾何学模様のタイルが敷き詰められた回廊を進み、真っ白な大理石で作られた石畳の先にある宮は鮮やかな青色の丸屋根がついており、エンタシスのきいた大きな柱の間からハイファー妃が宰相の娘であるサイーダと談笑しているのが見えた。


「母上、失礼いたします」

「カリム、よく来ましたね」


ハイファー妃はカリムを見ると楽し気に目を細めて、口元に優美な笑みを浮かべた。

ハイファー妃はカリムと同様に褐色の肌に美しい目をした細身の女性だった。 イェニラの貴族の娘であり、美しく、気品をもった人だった。


「カリム様! こんにちは、私も先ほどハイファー妃様に呼ばれてきましたの」


サイーダは可愛らしい笑顔を浮かべて立ち上がり、カリムへと近寄ってきた。

サイーダは宰相の愛娘であり豊かな黒髪を見事に縮れさせた美少女で、花のような愛嬌と水晶のように澄んだ目をした申し分のない女性だった。

ただ、カリムはサイーダがあからさまに自分にまとわりついては、さも婚約者でもあるかのように振舞うのが好きではなかった。

カリムは軽く挨拶をするにとどめてからハイファー妃の側にある椅子へと腰掛けた。

テーブルの上にはミルクティーのカップが三つあり、カリムはその一つに砂糖を入れて口に運んだ。


「カリム、サイーダを使節団に同行させなさい」


ハイファー妃から告げられた言葉にカリムはぎょっと顔を向けた。

使節団には女官や侍女が同行するとはいえ、自分が個人的にサイーダを連れていったのでは自分がサイーダに思いを寄せていると周囲に思われかねない。

しかし、ハイファー妃はなんでもないことかのように取り澄ました表情でミルクティーを口へと運び、その味わいを楽しんでいた。


「スーリヤの妻となった娘の故郷へ同伴するのでしょう。 お前があちらでよからぬ女に手を伸ばさぬようにという母の思いやりです」

「サイーダはカリム様と共にであれば野蛮な土地にでもよろこんで向かいますぅ」

「ほら、サイーダのなんと可愛らしいことかしら」


そういって微笑む母とサイーダの姿にカリムは苦々しい表情を浮かべていた。

子供のころからそうだ。 ハイファー妃はカリムを次の王にするためならばどんなあくどいこともしでかしていた。

今回の王子宮の予算横領には流石にかかわっていないことを祈っているが、後宮や女官たちにスーリヤの邪眼の噂を流したのは母であることをカリムは感付いている。

イェニラの貴族として幼い頃からスレイマン三世の妃となることを目的として教育を受けてきたハイファー妃にとってラクシュミ妃の存在は憎くて堪らない存在だった。

おまけに好色なスレイマン三世がラクシュミ妃の存命の間、一人の側女も取らず彼女だけを愛していたという事実もハイファー妃にとって許しがたいものだった。

幸いにもラクシュミ妃は第二子の出産によって死に、忘れ形見となった王子も生後十日で命を失っていたが、残されたスーリヤの存在はハイファー妃にとって憎い女の痕跡に他ならなかった。

そして、ハイファー妃はラクシュミ妃の死後、初めて自分がもうけた息子であるカリムを王とすることで今は亡きラクシュミ妃へ勝利しようとしていた。

幼い頃からスーリヤに負けてはならないと執拗に言い聞かされ、子供のころはカリムもスーリヤのことを憎んでいた。

しかし、今のカリムはスーリヤを打ち負かしたいというライバル心はあれども子供のころのように憎んではいなかった。

それは、スーリヤがあまりにも悪い意味で前向きで、他人を全肯定して受け入れる性格だったからだ。

武芸の腕前などは素直に勝ちたいと言えるのだが、あのぼんやりした男を出し抜きたい、という思いはカリムの中にはなかった。

だが、ハイファー妃はいまでもスーリヤをひどく憎んでいた。


「母上、くれぐれも申し上げますが、父上はスーリヤのこともアントニア妃のことも大切に思っています。 万が一、母上が彼らに危害を加えようとしたならば、父上とて動かずにはいられませんでしょう」


カリムがそう告げるとハイファー妃はくっきりとした眉根を寄せて苛立ちを露わにしていた。

しかし、そんな親子の会話にサイーダは割って入るように口を挟んだ。


「カリム様だって国王になりたいはずなのに、どうしてそんなことをおっしゃるんですか」

「私は自分の実力で王位を得たいのです。 卑怯な手を用いてスーリヤを出し抜こうとは思いません」


サイーダはまるで自分が酷いことを言われたかのように眉根をさげて訴えていたが、それが尚の事カリムを苛立たせていた。

カリムはサイーダの幼すぎる性格が好ましくない。 自分勝手で傲慢で、このような女性が将来、自分の妻になるのかと思うとどうにもぞっとしない。

良いところを見つけようとも思うのだが、それよりも先に彼女のでしゃばりなところが鼻についてしまうのだ。


「カリム、貴方がなんと言おうともサイーダの同行は既に決定されたことです。 それに、女官や侍女の手配も正妃である私の采配……何を言おうと変わりませんよ」

「母上……!」


カリムは思わず前のめりになり、母に言いつのろうとしたが母はミルクティーを口に運びながら目を伏せてしまった。

サイーダはにこやかに微笑みを浮かべながら、カリムの腕へと手を伸ばしていた。


「旅行、楽しみですわね、カリム様!」


無邪気に笑うサイーダの表情は理由がなければ可愛らしいと思ったのだが、今のカリムには鬱陶しく思えてしまっていた。

カリムは一度溜め息をついてからサイーダの手をどかさせた。


「サイーダ、未婚の女性が男に触れるのはあまり褒められたことではありませんよ」

「あら、カリム様は未来の夫ですもの、特別ですわ」


そういうとサイーダは当たり前のことだといわんばかりにし、自分の口元に指を添えていた。

カリムは自分の腹の内に黒くよどんだものが溜まっていくのを感じながら、正妃宮を後にするのであった。

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