十年ぶりの再会
「アントニア、お前の縁談が決まった」
六歳の時から十年ぶりに再会した父--シッテンヘルム伯爵から淡々とした口調で告げられた内容にマリア・アントニアは硬直していた。
記憶の中よりいくらか年を取ったように思える父は昔と変わらずマリア・アントニアへ関心のない眼差しを向け、表情は笑顔のひとつも浮かべてはいなかった。
父の隣に座る伯爵夫人である母もまた、再会したマリア・アントニアへ優しい言葉をかけてくれることもなければ、温かな抱擁を与えてくれることはなかった。
広々とした部屋の中で、マリア・アントニアは自分と同じ顔をした同い年の妹を見つめて孤独を味わっていた。
「縁談……私の結納金は用意できないと伺っていましたが」
マリア・アントニアは震える声を絞り出し、木綿のワンピースを手で握り締めていた。
シッテンヘルム伯爵は実の娘に向けるにはあまりにも無関心な眼差しを向けながら足組をした。
「嫁ぎ先はイェニラ王国だ。 かの国は花嫁の家が結納金を納める必要はなく、むしろ花婿の側が花嫁の家へ貢物を差し出して妻をもらうものだ」
そこまで言われてマリア・アントニアは全てを察していた。
自分と同じ顔をした双子の妹--アンネローゼの結婚に必要な結納金のために自分が遥か遠い異国へ嫁ぐことへとなったのだ。
胸の内側がじくじくと熱を持って疼くのを感じながらマリア・アントニアは何も言うことが出来なかった。
「支度は既に整っている。 花嫁のドレスに着替え、馬車へと乗り込みなさい」
「……せめて、今夜だけでもこの家で眠ることはできないのでしょうか」
「先方は早く花嫁がつくことを望んでいる。 無駄にする時間はないのだ」
父はそれだけ言うとまるで義務を終えたかのように立ち上がり、妻とアンネローゼを連れて部屋から出ていった。
一人取り残されたマリア・アントニアは震えながら唇を強く噛み締め、項垂れていた。
父が告げた内容は自分への通達でしかなく、すべては既に話が終わってしまっているのだ。
遥か東にあるというイェニラ王国……そこの貴族にでも嫁がされるのだろうか。
どこの、誰に、どんな人なのかもしらない相手のもとへただ一人送り付けられることへの不安と心細さを感じているマリア・アントニアへ優しい言葉をかけてくれるものはいなかった。
暫くすると、部屋には侍女が訪れていた。
侍女たちは何もマリア・アントニアに声をかけることもなく、ただ、豪奢なドレスを身に着けさせ、馬車へと案内した。