怨霊では無い
「結局、塚本は何しに此処に来たんだろ?」
聖は、白いオウム(マユの魂が宿っている)に聞いてみた。
その夜マユは、いつもより早い時間に、
聖の椅子の、隣に置きっ放しのマユの椅子に座っていた。
「誰かに言われたんでしょ。通報してくれた人に、きちんとお礼をすべきだと」
「お礼、って感じでは無かっただろ? 随分偉そうにしていた」
「平静を装うのが精一杯。人間らしい対話をする余裕がないのよ。あのドクター、完全に憑りつかれてるから」
「やっぱり、あれ、憑りついているんだ」
「セイ、そうだよ。塚本ドクターは、花村ユミに憑りつかれている、ヨ」
「花村ユミ、なんだ。……俺には分からなかったけど。渡辺の妻じゃないんだな」
「渡辺の奥さんは、誰に殺されたか、知らないでしょ。自分と娘が死んだのは、自分の過失、自転車を停める時にミスったと思ってるに違いないわ」
そして渡辺は、替え玉を殺したと知らない。
初めから、(塚本と体格に差がありすぎて)討ち死にの覚悟だった。
復讐を果たしたつもり。
だから、思い残すことは無い。
「花村ユミの恨みは凄まじいだろうな。塚本に殺されたようなものだから。しかも娘も殺されたんだ。取り憑いて当然だよな」
花村ユミが殺され損なのは、あまりにも理不尽だ。
怨霊となって仕返しをする権利は充分にあるかも。
「……怨霊?」
「そうだよ。恨んで取り憑いている……怨霊、なんだろ?」
「セイ、それは違うと思う。アレは怨霊ではないわ」
「違うの?……でも、取り憑いていたよね。ぴったり塚本の後ろに……」
「ええ。塚本さんへの強い執念、だけど、恨んでない。だって彼女は何も知らない。知らない男に殺されたのが最後の記憶。彼女は渡辺に襲われる直前まで、とても幸せだったの」
塚本への強い愛。
マユは、ただその思いだけを亡霊から感じ取ったという。
「たかが……小学校の同級生、なんだよ。一方的にそこまで惚れ込めるって、理解出来ない。心の病のせいで、妄想恋愛していたのかな」
「一方的かどうか真実は闇の中でしょ。塚本と彼女の関係は、塚本の証言しか無い」
マユは花村ユミがS市に住んでいたことを指摘した。
「ほんとだ。S市だった」
「地図で見たらS市って大半は田畑で農家が多いわ。アパートやマンション、建っているのは国道沿いだけ。つまりS病院の近くしか無いのよ」
「そうか。花村ユミもS病院に行ったかも知れないのか。……じゃあ、渡辺の店にも行ってたとか」
「それは無いかも。渡辺の現住所はK市よね。妻子が死んでから店を閉め、K市に引っ越したかも。
塚本の自宅がK市にあるから。事故直後にK市に移ったかも」
渡辺は近距離から塚本を見張っていたかっただろう。
「ドクター塚本の住所は知らないけれど、塚本病院は……K市だ」
「小学校の同窓会で花村ユミがS病院の近くに住んでいると、塚本は知った。
シングルマザーで、自分の娘と同じ年の子がいることも。
その時点で、すでに渡辺から直接脅されていたのよ。
身代わりに丁度いい親子に、同窓会で偶然出会った。……塚本からアプローチしたかも」
「口説いたの?」
「素敵なドクターだもの。白馬の王子様よ。不倫でも、誘われたら嬉しいわよ。
初恋の人だとか言われたら舞い上がるでしょ。辛い状況なら、尚更ね」
(事件の日、ショッピングモールアピピに一緒に行ったのは、
女がアピピに一緒に行くのが夢だと
家族のように娘と三人、フードコートでランチするのが夢と
それができないなら死ぬと
脅迫めいた病的なメールを送ってきたからだ。
スルーできなかった)
と、塚本は言っていた。
「あの亡霊は、一度、子ども連れデートしただけの関係じゃない。もっと深い関係よ」
「プラトニックな関係で、初めてのデートで、(プレゼントしたとしても)嫁と見間違うミニスカートに着せるのは無理があるの?」
「不倫関係、隠れて会っていたのよ。それがね、家族のように3人でショッピングモールランチ、買い物、でしょ。着ていく服までプレゼントされて……花村ユミは嬉しかったと思うわ」
「うん。……幸せすぎて夢みたい、って言っていた」
「塚本は、あの日、渡辺の尾行に気がついていた。それで、わざと人気の無い5階の駐車場に車を停めた。渡辺は塚本の妻子の姿を知っている。ただし間近でしっかり顔を見るのは難しい。遠目か、SNSで見知っている。塚本は遠目に妻子に見える服装を花村親子にさせ、家族らしい振る舞いをした。駐車場に戻ったときに、渡辺の車が有るのを確認し、渡辺が自分の車の陰に潜んでいるのも見た。で、花村親子から、さっと離れたんでしょ。渡辺が襲いやすいように。ユミさんは誰にどうして殺されたのか知らない。自分が塚本の妻を演じていたと知らない。おしゃれな服は役の衣装で、沢山の買い物袋や、高級な服を着せられた娘は、役の小道具だったと……知らないのよ」
殺される一瞬前まで幸せの絶頂だった。
塚本が、(どうせすぐ消える女だから)妻と別れるとか、言ったかも。
永遠に、その時に留まりたい。
恋人の側にいたい。
強い執念。
塚本が生きている限り、取り憑いているだろう。
と、マユは断言する
「騙されたと知らないで、恋する男に取り憑いているんだ。でも塚本は怖いだろうな」
「怨霊だとしか思ってないわね」
「うん。花村ユミは、塚本の罪を知らないのに、きっちり復讐してる、って結果だよな」
「そうね。現世では完全犯罪かも知れないけど、塚本は一生怯えるのは間違いなさそうよ」
マユは微笑んだ。
塚本は法で罰せられる事が無くても、この先安穏には暮らせない。
聖は、それで、まだ良かったと思った。
花村ユミが真実を知るのは、あまりに不憫では無いか。
年が明けて1週間過ぎた頃、
結月薫が工房に来た。
珍しく昼間に来た。
相棒と2人で、勤務時間中の訪問だった。
相棒は初めて見る若い、痩せた背の高い警察官だった。
「外で、待っといて。10分で話終わるから」
薫が最初に指示したので、聖はその相棒をチラ見しただけ。
「例のアピピ事件で急展開があったので、目撃者に報告に来た」
「急展開?」
「昨日、滝本七海が重要証拠を持って奈良県T署に、きたんや」
塚本の妻が、渡辺からの脅迫状を提出したという。
手書きで書かれたのが10枚。
「滝本先生、12月2日に先生の奥さんと、子どもを、殺します。<五楼軒>」
文言は皆同じ。
B5の紙にマジックで書いて、三つ折りの跡がある。
どういう経路で(手渡しか投函か)塚本が入手したかは不明。
「塚本の嫁さんが言うには、大晦日に、目撃者の剥製屋へ、面倒かけたと詫びに行ってから、ダンナがおかしくなったんやて」
「……詫びに来たんだ(一言も謝らなかったけど)」
「そんでな。急に発狂した理由がわからんから、書斎を調べたら、脅迫状が出てきたんや」
「発狂、したの?」
「そうやで」
「……どんな風に?」
「チェーンソーで左手を切断、したらしいで」
「……(う、わ)」
聖は、自分の言葉が呪いのように塚本を狂わせたのだと、知った。
あの時は適当に言っただけだ。
へばりついている亡霊が見えているのなら
自分の手に付いた人殺しの印も
見えればいい、と。
実際見えていたのか、罪悪感が見せた幻かは分からないが
塚本は<人殺しの印>を見るのに耐えられなくて、
自ら、手を、切断したのだろう。
「なんで、そんな事したのか、嫁さんは分からん、言うてた。一応聞くけど、セイ、心当たり、あるん?」
薫は、質問するが、メモを取る様子も無い。
じゃれつくシロの頭を抱きかかえて、臭いを嗅いでいる。
「さっぱり、心当たりは無いよ」
聖は言い切った。
薫は
「そうやんな」
と、
微笑んだ。
最後まで読んで頂き感謝いたします。
仙堂ルリコ