表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

人殺しの印

「渡辺は、当て逃げ犯を見た。それが塚本なら、全て辻褄が合うわけね」

 マユは、考え込んでいる。

「命日に妻子を狙ったんじゃないかと」


「だけど、車は、一瞬見ただけよね。ナンバーを覚えていたのかしら?」

 逃げた車のナンバーを記憶するなんて神業だと、いう。

「暗かったんでしょ。不可能な気がする。たとえナンバーを覚えたとしても、その先が難しい。警察を通さずに持ち主を自分で調べられるかしら?……現場の様子、見たいわ」

 

 渡辺の店がどこに有るかは結月薫に聞いている。

 築年数30年程の2階建ての一戸建て。

 1回が店舗。シャッターが降りている。

 <五楼軒>の看板。

 店の前に、花が供えられていた。


「地図も見せて」

 店の右隣は墓石屋、タイヤ屋、マンション。向かい側はビニールハウスが並んでいる。

 店の左に車が通れない細い道が有る。

 道の先にはS病院、があった。


「この道はS病院の裏口に続いているのね」

 マユの瞳に光が煌めく。

「それが何か?」

「……ねえ、塚本とS病院に関係があったか、調べて。ついでに渡辺とS病院の関係も」

「分かった」

 マユの推理は分からないが、

 言われたことを、やってみた。


 塚本とS病院、続けて入力して検索したらヒットした。

 塚本はS病院の非常勤医師、だった。

 週に1日だけ、内科外来を担当している。


そして、結月薫にラインし、

渡辺が鬱病でS病院精神科を受診していたと、聞いた。


「10年前の事故以前に、2人に接点が有った可能性が出てきたわね」

 マユは嬉しそうだ。

 

「渡辺が鬱病になったのは妻子が死んだ後だ。当て逃げ車をS病院で偶然見つけ、塚本を特定した、って事?」


「そうじゃないわ。事故車に、そのまま乗っているとも思えない。渡辺は塚本を事故の前から知っていたの。S病院の関係者だと知っていた」

「そうか。隣なんだから、鬱病の前にも、受診していて不思議じゃ無い。……風邪引いて塚本に見て貰ったかも」


「でしょう。近くに他に病院無いもの。……ねえ、飲食店も近くに無いわ」

 病院関係者が、渡辺の店を利用していても、不思議では無い。

 或いは、院内に出前していたかも。


「知っている人物だから、運転席の塚本をちらっと見ただけで、分かったのよ」

「うん。大きな男で、彫りの深い顔した……特徴の有るルックスだし。マユの推理をカオルに知らせるよ」

 早速ラインした。

 (おもろい推理や、アリガト。また連絡する)

 すぐに返事が来た。


そのうちに、またカオルから連絡がある。

聖は塚本の罪が暴かれるのを祈った。

その時を待った。


だが、カオルからの連絡もまだ無い、

次の日、

大晦日に

何と、

塚本が、

工房に、来た。

 

大晦日の午後六時。

アポも無くカオル以外の誰かが尋ねてくるなんて

思いも寄らなかった。

だから、ノックの音を聞いたとき

宅急便かと気楽に……ドアを開けた。

そこに立っていた大きな男を見た瞬間、

聖は情けないが、膝がカクンとして

まさしく恐怖で力が抜けた。


「色々大変でしたね。その後、どうですか?」

これが、塚本の最初の言葉だ。

黒いカシミアのロングコート。

黒い手袋。

息が荒いのは、県道に車を停めて

寒い中、山道を歩いたせいだろう。


「大丈夫ですよ。わざわざ済みません。……汚いところですが、どうぞ」

招き入れるしか無い。


「今、紅茶を入れます」

「それは有り難い。レモンは駄目なんでミルクティにしてください」

言いながら入って来た。

勧めもしないのに、ソファに座った。

途中、一度だけ振り返った。

自分の背後を確認するように。


(この人、あ、アレが、見えているのか)

入って来たのは塚本だけでは無かった。

ボンヤリ白い人影も

続いて、来た。

それは女の姿に見える。

花村ユミの亡霊か。

それとも渡辺の妻か。

聖には分からない。

(取り憑かれているのか……自業自得だけど)


「剥製とは珍しい。この国に今時、需要があるんですか?」

 立ち上がり、陳列棚を見回して、言う。

「ええ。細々と、やっています」


「完璧な紀州犬ですか。贅沢ですね」

 やや警戒態勢で座っているシロにさっと触っていった。

「親の遺産です」



「私の正当防衛を、正確に証言しましたね。正しい対応です。警察でも、そう言われてるでしょうが、私からも直接、伝えるべきだと、まわりに言われました。非常に不快な思いをしたので、年内に全て終わらせたいんです」

 塚本は、聖を見ない。

 紅茶を、ごくごく、一気に飲んだ。

 ……手袋を外して飲んだ。

 熱い紅茶は美味しいのか、


いや、さっさと飲んで

さっさと帰るつもりなのだ。

迷惑を掛けたと目撃者に詫びる言葉はない。


「先生、これから、本当に大変ですね」

 聖は、思わずつぶやいた。

 

「これから?」

塚本は、問う。

初めて聖と目が合う。


「そう。かける言葉もない。お気の毒です」


「……いや。大丈夫ですよ。もう、終わった」

 渡辺を亡き者にした。

 もう怯えるものは何もない。

 と、言いたいのだろうが

 明らかに、塚本は何かに怯えている。


「先生、私は巷で霊感剥製士って、呼ばれているんです。……ですからね、今、全部、見えているんです」

 塚本の目が、急に大きく見開かれる。

 そしてスマホを取り出し

 何か検索している。

 <神流剥製工房>で検索しているに違いない。


聖の言葉が、ハッタリではないと、すぐに知ることになる。


「霊感ですか。非科学的な世界の人ですか。精神科の領域でしょうかね」

立ち上がる。

挨拶もなく

ドアへ向かう。

一度立ち止まり手袋をつける。


聖は、

その背中に囁いた。

「先生、自分は人殺しは見れば分かるんです」

「?」

「……手を見れば分かるんです。何人殺してるか分かっています、よ」

「ひ……。」

塚本は妙な声を出した。

だが振り返りはしない。

聖に何か言う気配もない。


もっと、怖がらせてやろう。

この男は極悪人だ。

もっと、もっと、苦しむべきだ。


「あのね、先生も自分と同じ体質ですよ。保証します。……よおく、ご自分の左手を見てください。人殺しの、しるし……見えますよ」


「い、いいぃー」

奇妙な悲鳴と共に

大きな男は走り出ていった。

ドアも閉めないで。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ