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目撃

神流（カミナガレ）　聖（セイ）：２９才。１７８センチ。やせ形。端正な顔立ち。横に長い大きな目は滅多に全開しない。大抵、ちょっとボンヤリした表情。＜人殺しの手＞を見るのが怖いので、人混みに出るのを嫌う。人が写るテレビや映画も避けている。ゲーム、アニメ好き。

山本マユ（享年２４歳）：神流剥製工房を訪ねてくる綺麗な幽霊。生まれつき心臓に重い障害があった。聖を訪ねてくる途中、山で発作を起こして亡くなった。推理好き。事件が起こると現れ謎解きを手伝う。

シロ（紀州犬）：聖が物心付いた頃から側に居た飼い犬。2代目か3代目か、生身の犬では無いのか、不明。

結月薫（ユヅキ　カオル）：聖の幼なじみ。刑事。角張った輪郭に、イカツイ身体。

山田鈴子（ヤマダ　スズコ５０才前後）：不動産会社の社長。顔もスタイルも良いが、派手な服と、喋り方は＜大阪のおばちゃん＞　人の死を予知できる。

今日から１２月。

暦の上では冬到来だ。

でも、気味が悪いほど温かい。

この妙な陽気のせいで、

頭がふやけて、仕事モードになれない。

朝からゲームして、

午後はシロと河原で遊んだ。

見上げれば

季節に合わない青すぎる空。

美しいのに、何故か不意に不吉な感覚に襲われた。

「シロ、いやな予感がするんだけど……」

予知力など無い、と思っている。

それ故に、この、得体の知れない不安が自分で説明がつかない。

「異常気象だよな。地球がおかしくなっているのかな。地球がおかしくなると、その上に乗っている生き物も当然おかしくなるから、……俺の頭も誤作動中だったりして」

犬を相手に語り続けていたら、

ポケットの中で携帯電話が鳴る。

知らない電話番号。

（いやな電話、かも）

警戒して出る。

＜ペットショップAアピピ店＞からの電話だった。

初めての客だ。

ハリネズミの剥製について、料金を聞いてきた。

「その金額でしたら、お客様の想定範囲です。タワシちゃん（ハリネズミの名前）を近日中に当店まで引き取りに、来て頂けるでしょうか？」

ハリネズミなんて、滅多に無いので、嬉しい。

「あ、はい。明日、営業時間内にお伺いします」

「では、午後4時以降にお願いします」

＜いやな予感＞が一瞬で消えた。

早く、タワシちゃんに会いたい。

ペットショップには他にどんな子がいるのかと、ワクワクする。

生きているペット達を見れるのが嬉しい。

＜アピピ＞は奈良県内の巨大ショッピングモールだ。

コの字型で３階建。

映画館、フードコート、有名量販店、ゲームセンター。

ワンフロアの端から端まで１キロ。

駐車場は正面に広く有り、別に５階建の駐車棟もある。

奈良県だけでなく、和歌山、大阪府内からも訪れる客は多い。

聖は、行った事はない。

どこであれ、人混みにはわざわざ行かない。

人殺しの徴を見たくない。

だが、仕事とあれば、仕方ない。

ホームページでペットショップが２階の南端だと確認した、

「駐車棟の空いてるフロアまで行って車を停めよう。エレベーターで地上に降り、南端の階段で２階に行こう、かな」

なるべく人に会わないで目的地まで行けるルートを、捜した。

１２月２日火曜日

午後4時15分に駐車棟の最上階、屋上に着いた。

平日だというのに、車は多く、

5階まで来て、やっと空いている状態だった。

30台以上のスペースに

2台停まっているだけ。

白の軽ワゴン車と

真っ赤なワーゲン。

どちらも、エレベーターから離れた位置に停めてある。

聖は、エレベーター近くにロッキーを停めた。

軽ワゴンに作業服の男が乗っているのを、ちらっと見た。

タワシちゃんは、綺麗な若いハリネズミだった。

受け取りに時間は掛からなかった。

売り物のペットをじっくり見ていたので、

聖が店に居た時間は、およそ４０分、だ。

楽しい時間に満足して

駐車棟のエレベーターに乗り込んだ時刻は５時過ぎ。

聖に続いて、家族連れらしい、のが、乗ってきた。

狭い場所で見知らぬ人と一緒は苦手。

だが、短い間の事だし

先に乗っていて、今、降りるのも不審だ。

背が高くマッチョな男と

小柄な女。

女が抱いている幼児は、音符柄のドレスが可愛い女の子。

食料品やら、何やら、荷物は一杯。

沢山買い物したらしい。

女は、（幸せすぎて夢みたい）と、嬉しそうに男に言った。

幸せな一家、らしいと、思う。

ついでに、服装から見て、かなり裕福そうだとも。

彼らは、5階まで、一緒だった。

最上階、つまり屋上に出ると

外はすっかり暗く、月が出ていた。

黄色い照明が車を照らしている。

たった1時間しか経っていないのに、

来た時と、まるで雰囲気が違っていた。

聖はさっさと、自分の車に乗り込み、

ドアを閉めようとした。

その時、だった。

悲鳴を聞いた。

女の声。

「き、い、ああ、ああー」

反射的に、車から降りた。

（何？）

赤いワーゲンの近くに

男2人。

もみ合っている。

さっきエレベーターに居た大きな男と

作業服の男だ。

近くに、

人間が、倒れている。

聖の方に背中向けて。

首から血が、流れていた。

（襲われたの？）

「あ、あ、どうしよう、た、助けないと」

聖は駆け寄る。

（距離は30メートル程だった）

だが、助けは必要無かった。

大きな男は

作業服の男を組み伏せていた。

そして、殴っている。

みぞおち辺りを殴っている。

ずん、ずん、と鈍い音。

「……あの」

聖は遠慮がちに声を掛けた。

「え？」

大きな男は、聖を見ない。

腕の動きも止まらない。

機械のように同じリズムで、

腕が上下している。

大きな拳が、

黒革の手袋をはめた手が

倒れた男の腹にのめり込む。

「すみません、通報しますね」

聖は大きな声で言ってみる

男は、ゆっくり顔だけ向ける。

「え？」

聖が視界に入ると、

びくっ、と顎を震わせた。

白衣の男の出現は意外だったようだ。

「救急車、呼びますね」

すぐ側に

女が子どもを抱いて

倒れている。

明るい茶髪、

ピンクのセーター

黒いミニスカート

金のピアス

ピンヒールのブーツ。

……エレベーターで笑っていた女。

……幸せすぎて夢みたい、と。

母子ともに

首をざっくり切られ

血がドクドクと溢れ出ている。

コンクリートの床に流れる血が

聖の靴に届いた。

とても助かるとは思えないが

まず救急車だろうと………思った。

それに、作業服の男も、

すでに死体に見えた。

「あの、救急車と、警察、呼びますよ。いいですね？」

「……」

大きな男は、何を言われたのか理解していないのか

呆けたような顔で、

あらぬ方を見つめ

ただ、腕だけを動かしている。

聖は携帯電話で通報してから、

大きな男の腕を掴んだ。

殴り続けるのを止めさせる為に。

「もう、いいですよ。……その人、動いてないですから」

大きな男は。掴まれた腕を、すっと引っ込めて

立ち上がった。

「ああ、何てことだ、」

叫んで

「ああ、ああ、うおー」

と、激しく身体を揺すって、

へなへなと、座り込み

泣き出した。

聖は側で見守るしか無かった。

この人は目の前で、妻と子を殺されたのだ。

　その上に、なまじ力が強かったせいで、

　人殺しになってしまった。

　気の毒すぎて

　泣き続ける男に

　かける言葉も無かった。