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失恋した俺の高校生活は、守りたい人が少し多い。  作者: 神無桂花
√結愛 信じること。信じられること。

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楽な方へ。

 「染みるよ」

「あ、あぁ」


 パーティーの後。社長に招かれ夕食の席に着いた。と言っても、いるのは俺と結愛と志保だ。

 向かい合って座って、ピンセットに挟んだ、消毒液がしみ込んだ綿を向けてくる。

 あの後気まずくて、何も言えず、そのまま仕事に戻ったから、治療とか考えていなかった。

 仕事上の会話すらぎこちないのだ。

 だから、志保が部屋に入ってくるまで、俺達の間では考えられないくらいの思い沈黙が流れていた。


「ねっ、会えるって言ったでしょ。って。史郎、何その怪我?」


 バンと騒々しく扉を開けた志保は、そう言って慌ただしく駆け寄って来た。

 お手伝いさんに救急箱を支給持って来させ、丁度良いと自分で処置しようとした俺を、結愛に取り押さえるように言って今に至る。

 明るいところで見ると、結構切り傷あるなぁ。打撲後もあるから、殴られもしたのか。

 消毒液を塗られながら、俺は聞く。


「何この状況。なんで俺は志保とこうして、堂々と接触している」

「んー。いやもう、まどろっこしいと思って、史郎のこと知ってるってお父さんと、室長さん? に話したら、外では気づかない振りをすれば良いよってなった。今までと変わらないね」

「まぁな」

「でも、やっと史郎にちゃんとありがとうを言える」

「仕事をしただけだ別にお礼はいらねぇ……ぐっ。いてぇ」


 消毒液をしみ込ませた綿を少し強めに押し付けられる。


「かっこつけなくて良いから。史郎が必死だったの知ってるし。仕事に対して、『ありがとう』を言っちゃいけない決まりもありません」

「そう、だな」


 情けない。不甲斐ない。

 今の弱い俺じゃ、志保を守れない。


「強敵だったの?」

「はい。間違いなく強敵でした」


 そう答えたのは結愛だ。

 結愛は多分、まだ怒っている。当然だ。結愛の判断は、正しい。

 時間をおいて冷静になった俺にはわかる。勝ったのは幸運だった。冷静に、リスクを取らない選択をするなら、結愛に従うべきだった。

 気まずい時間。沈黙。それは一瞬で終わった。


「よし。ご飯食べよっか」

「あ、あぁ」


 救急箱を閉じた志保は自分の席に着くと手を合わせる。


「ねっ、食べよ。難しい話はご飯の後で良いや」


 ポンポンと結愛の頭を撫でて座るように促して。

 治療された痕を摩る。頬に貼られたフィルムの感触。

 並んだ料理はパーティー料理の残り。


「パーティー料理の基本は冷めても美味しいことだって。確かに美味しいよ」


 志保は積極的に話題を広げてくれた。雰囲気が緩んでいく。

 だから、話し合いはお互い冷静になってから、という至極当たり前の結論に、特に話すことなく、暗黙のまま至れた。

 それから、志保の家から送ってもらう。家の前、渋谷さんからナイフの男は柿本さんが率いる確保部隊に引き渡されたと聞いた。

 時刻は十時を回ったくらい。家の電気が何故かついていた。


「……ただいま」


 なんとなくそう言うと、見慣れた幼馴染がリビングの扉から顔を覗かせた。


「あっ、おかえり。思ったよりも早かったね」


 リビングのテーブルには参考書が開かれていた、待っていてくれたのか。


「って、史郎君、その怪我。えっ、史郎君が怪我? 嘘。何があったの?」


 奏が珍しく取り乱している。


「……気にするな」


 戸締りは奏に任せよう。疲れた。

 寝て起きれば事態が好転しているかもしれない。


「気にするよ。馬鹿言わないでよ」


 階段に片足をかけた俺の肩を、奏は掴んでいた。


「史郎君。何があったの? 話してよ。じゃないと、解決策なんて、見えないよ」

「解決策?」

「思い詰めた顔。わかるよ。でも、何で思い詰めているのか、そこまでは流石にわからないや」


 ……えっ?

 振り返った俺は思わず、奏の目元に手を伸ばした。


「なんで、奏が泣いてるんだ?」

「史郎君が辛そうだから、かな」




 奏をそのままにするわけにもいかない。

 ソファーで並んで座って、テーブルの上にはマグカップが二つ。

 レンジで温めた牛乳だ。


「何があったの?」

「……戦えなくなった」

「と、言いますと?」


 俺は、素直に、ありのままに、あったことを話した。

 今更、奏の前でかっこつけても、取り繕っても、意味が無い。だから、全部話した。


「そっか」


 話終えると、奏は目を閉じて、上を向いた。

 指先が後ろ髪を弄っている。考えているんだ。


「史郎君が一番怖いことって、失うこと、だよね」

「そうだな」

「そっか」


 奏は、どこか納得したように呟いて、マグカップに口を付けた。


「そっか、史郎君は自分も大切になったんだね」

「……どういう意味だよ」

「それはきっと、成長だよ」


 奏は、どこか嬉しそうな笑みを見せる。


「史郎君は、自分が大切にされていると知った。大切な人が大切にしていること、それもきっと、大切にしたいんだよね」

「意味、わからねぇよ」


 俺は、正義を振るいたくて、強くなって。それからは、守りたい人を守るために磨いた力を振るった。

 そして今、俺は、自分を守るために戦えなくなったって言うのかよ。


「本末転倒じゃねぇか」

「そうかもしれない。でも、良いと思うよ。このままさ、普通の人に戻るのも、良いと思う」


 奏は、そう言って寄りかかってくる。


「志保さんや、結愛さんはこれからも仲良くしてくれると思う。史郎が、戦わないことを選んでも。もし、そうじゃなくても、私は、ずっと史郎の傍にいる」


 奏は、俺にとって魅力的な、でも、選ぶには相応の決意を要求する、優しい選択肢をくれる。

 現状維持は楽だ。今まで通りにやれば良いだけだから。諦めること程、難しいことは無い。


「今までがおかしかったんだよ。自分が傷つくのが怖くないなんて。史郎君はおかしくなんてなってないよ」

「……でも、立ち向かえない俺なんて、俺じゃない」

「そんな君も受け入れる」


 奏は、優しい。

 奏が優しいから、俺は俺に対して、厳しくなれる。


「ありがとう。でも、恐怖は、克服するものだから」


 楽な方を選ぼう。

 逃げることを選ばない。


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