電車の中。
景色が後ろに流れていく。
ボックス席で向かい合わせに座る。
中学時代、修学旅行に行った時は、移動時間の方が楽しかったと思う。志保とどうにか二人きりになれないか画策していたけど、あまり上手くいかなかったな。クラスも違ったし。
森林に囲まれた線路というのも、良いものだ。景色に変化が無くなるけど。それでも、何となく心が飛んでしまうような。
「史郎君、おやつどうぞ」
「あぁ。サンキュー」
クッキーを三枚ほど貰って口の中に突っ込む。おまけで奏はペットボトルの紅茶をくれる。今更間接キスとか、気にするような仲ではない。
「ずっと外見てるね」
「景色を見るのは、好きだから」
「うん。知ってる。でも、史郎君がそういう時、何を考えているのか、私は知らない」
「色々だよ」
本当に、色々。
これからのこととか、これまでのこととか、どうでも良いこととか。
「史郎君のこと、沢山知ってる。でも、知らないことの方が、沢山」
そう言って、奏は隣に移動してくる。肩に、頭を預けてくる。
「だから、これから、色んなこと知りたいな」
こういう時どうすれば良いか、俺は知らない。
気の利いたセリフの一つでも言えれば良いのだが、それをするには俺の経験値は、あまりにも足りない。
「奏が、俺のこと知ってくれているから、俺は今まで、それなりにちゃんとできてたんだよ。だから、十分だ」
「そう言って甘やかすと、もっと甘えるよ」
「甘えなよ」
「じゃあ、遠慮なく」
肩に預けていた頭が、すとんと、膝に。
大胆な行動だと思ったけど、車内に人は少ないし、停まる駅で誰も乗ってこなかったのを見るに、この時間は利用者が少ないのだろう。
モゾっと奏が寝返りをうつ。少しだけくすぐったい。
「甘えるけど、史郎君のこと、もっと知りたいのは、本当だよ」
仰向けになって、こちらの顔をじっと見ながら、奏はそう言う。
「とりあえず、リクエストは?」
「……頭撫でて」
「ん?」
「頭、撫でて」
「お、おう」
予想外の内容だ。ストレートにそんなことを言われるとは思っていなかった。
言われた通りにする。
触り心地の良い。滑らかな髪を、手のひらで感じる。
気持ちよさそうに目を細めてるのを見るに、やり方は合っているのだろう。
「なんか、嬉しいな」
「何が?」
「奏に頼られるのが、嬉しいよ」
「いつも頼ってるよ。史郎君のこと、信じてるから」
信頼が温かい。その信頼に、俺は無用な重みを感じない。
信頼とは重いものだと思っていたけれど、奏から感じる信頼は、俺を立ち上がらせてくれる。
裏切りたくないという思いが立ち上がらせる。背中を押してくれる。温かな活力をくれる。
奏は温めてくれる。欲しい温もりをくれる。
やっぱり、大切だ。奏は、大切な人だ。
空から舞い落ちる雪が、風に乗って、白いカーテンになる。その向こう、海だ。
「奏、起きろ。海だぞ」
「ふへ?」
いつの間にか、膝の上で寝落ちていた奏を揺り起こす。
目元を擦り、むくっと起き上がり、窓の外の目を向ける。
「わぁ、凄い」
不思議な光景だ。あれが全部、塩水で、世界中に広がっていることが、こうして実際に見ても、信じられない。
「ところで奏さんや」
「なぁに?」
「近いです」
俺の肩に手を置き覗き込んでいる形なので、滅茶苦茶近いしなんか温かいし良い匂いするし。
今の俺の精神状態だと、それだけでもう、なんか色々とヤバい。
「良いじゃん。気にしなーい。ふふっ」
からかうように笑って、ようやく離れてくれる。向かい側の席に戻る。
「そろそろつくよね?」
「あぁ。次の次だ」
「そか」
それから、ぼんやりと、窓の外の景色を眺めていた。
電車を降りると、冷えた空気が俺達を出迎えた。
雪は和らいで、青空に少し舞う程度。
空気の冷たさが、心地良い。肺に澄んだ空気が入ってくる。
でも、よくよく匂いを嗅げば、潮の匂いに気づく。それは、山の中の青臭さや、春に感じる匂いとは違う、また別の生き物の匂いだ。
「史郎君、どうかした?」
「あぁ、行こうか」
改札を通り、反射式ストーブで温められた空気の中を通り抜け、駅の外に一歩踏み出す。
目指すは温泉街。どこだろうと思ったけど、あちこちに看板があって、流石観光地だ。
寒さの中でも湯気を上げる光景は、温かだ。
足湯には観光客らしき人がいて、興味があったが後回しにした。流石にあの狭い空間、知らない人が沢山いたら、全力でくつろげる気がしない。
「とりあえず、宿を目指そう」
道の脇に雪が積み重なり、石畳の道が懐かしさを感じさせる雰囲気を演出している。
「おぉ、コンビニはちゃんとあるんだ」
「そりゃ、あるでしょ」
後で何か買おう。お菓子とか。
スマホの地図を頼りに歩いていく。
ふと、志保と結愛は何をしているのだろうかと思った。スマホにはメッセージの通知は無い。忙しいと言っていたけど、やっぱりなんかこう、家同士の付き合いとか、あるのだろうか。
そして、電車に乗ってからここまで、俺はちらりともあの二人のことを考えなかったことに驚いた。
「史郎君?」
「あぁ、いや」
素直に、楽しんでしまっている。良いのだろうか。
「行こっ」
「お、おう」
手を握られた。ただそれだけ。
ガラガラとトランクケースを引っ張る奏は楽しげだ。
口元が、勝手に緩まる。鞄を肩に担ぎなおす。
「あっ、ここじゃない?」
「結構わかりやすいところにあったな」
小さな、でも、結構新しいみたいだ。『温故』という看板が目印になってくれた。二階建ての小さな宿。けど、評判は良い。
「チェックインまで時間はあるけど、荷物だけ預けて行こう」
そんなわけで中に入る。受付で話してみると、部屋の準備はもう済んでいるみたいで、案内してもらった。
「結構、広い」
「だね」
なんとなく、一部屋にしたけど、奏は特に気にした様子も無い。
俺も、意識していなかったが、冷静に考えると、何をしているんだ俺は、って感じだ。
「うーん。ここ、料理の評判も良かったよね、楽しみー」
「だな」
部屋風呂も大浴場もある。テレビも完備。
時間があったら一人で泊りに行きたくなる。そんな宿だ。
「じゃあ、観光、行く?」
「行く」
鍵を指で回しながらの問いに、俺は即座に頷いた。




