妹二人。
「史郎兄ちゃん」
「おー。花音ちゃん。珍しいな」
「お兄さん。音葉もいる」
背の高い花音ちゃんの後ろから、ひょっこりと音葉ちゃんが顔を覗かせる。
休日。朝起きると、奏ではなく、妹二人が来ていた。
「んで、奏は?」
「いや、会って早々姉ちゃんのこと聞くとか、どんだけ好きなんだよ」
「大好きだぞ」
「真顔で言うな!」
花音ちゃんのツッコミを楽しみながら、冷蔵庫からボトルコーヒーを取り出す。
「飲むか?」
「飲む。音葉のは牛乳入れて」
「はいよ」
ショートカットの、奏よりも背が高い、すらっとした程よく引き締まっている花音ちゃん。
中学最後の大会で、空手で全国大会まで行き、推薦が決まってる。が、奏の指示でしっかり勉強もさせられている。
ブラックコーヒー二つと、カフェラテ一つがテーブルに並んだ。
「んで、奏は?」
「どんだけ姉ちゃんに会いたいんだよ」
「姉さん、お寝坊」
「は? 奏が? 寝坊?」
「今寝てる」
奏が、寝坊。
「なぜ?」
「わかんない」
長い黒髪をそのまま下ろして、まだ奏よりは背が低い。が、絶賛成長期。最近、奏の身長に迫りつつあり、恐れられている久遠家の末っ子。音葉ちゃん。
食べたものを身長に回していると、奏は度々愚痴っているが、俺も同じ印象だから、反応に困っている。
頭も良い。中学校入って今のところ三回行われた試験は、オール満点。奏でも流石に成し遂げていない偉業だ。吹奏楽部でもそれなりに活躍しているらしい。
武の花音、文の音葉って感じだ。そして、三姉妹揃って美少女。スゲーな。久遠家。
「んで、奏がお寝坊でなぜ君らが来る?」
「姉さん、最近頑張り過ぎだから、たまには休ませたい」
「言っても休まないから、こういう凡ミスの時に、あえて放っておくのさ」
「なるほどなぁ」
したり顔の花音ちゃんの言葉に素直に頷く。
それに関しては、俺は特に言うことは無い。
家を静かにしたいから、こっちに来たということだろう。
「そういうことなら好きに過ごせ。飯は何が良い?」
「音葉が作る。任せて」
「お、おう」
スッと立ち上がり、真っ直ぐにキッチンへ。
「い、いやまて。客人は」
「? お兄さん。私たち客人じゃないよ」
「じゃあなんだよ」
「お兄さんの将来のお嫁さんの妹だから、義妹。つまり、お兄さんにとっても妹だよ。何なら、音葉はずっと、お兄さんのことを兄のように思っていたから。妹だよ。妹は兄のために頑張るものだから、お兄さんは、『ありがとう』をくれれば良い」
……この子は頭の良い子。だから、理解できない理論を、真顔で提示された場合、俺の頭が足りない。ってなるか! なんか理路整然と、それっぽいこと言われたけど、わりと無茶苦茶だぞ。
「まず、俺と奏が将来的に結婚するという前提をだな……」
「? しないの?」
「いや、えっと、未来は何があるか、わからないだろ?」
「お兄さん、姉さんのこと、好きじゃないの?」
きょとんと首を傾げて、純粋無垢な目を真っ直ぐに向けてくる。
その目の前では、あらゆる嘘を吐くのも躊躇われた。
「す、好きだけど」
「うん。なら良いじゃん。姉さんで。背小さいけど、胸あるし、なんなら大きいし。妹の贔屓目抜きにしても、可愛いし、性格も良い。家事もできて、気遣いもできて。何より、お兄さんのこと、好きな女の子だよ、選ばない理由。ある?」
「そうだぞー。さっさとくっつけよー」
花音ちゃんの賑やかな援護射撃。姉妹二人でも結構厄介だな。
「いや待て。落ち着け。お前らは良いのかよ。お前らの姉だぞ」
「姉ちゃんが好きなら良いんじゃね。史郎兄ちゃん、信用できるし」
「うん。史郎お兄さんなら、安心できる」
二人はうんうんと頷く。
頷きながらもパンの耳をしっかり切り落としていく。どうやら、サンドイッチを作る気みたいだ。
「それに、姉ちゃんには好きな人とくっついて、ちゃんと幸せになって欲しいんだ。あたしらに好きなことやらせておいて、姉ちゃん、じぶんがやりたいこと、全然言わないんだ。
かと言って、あたしらには何かできるわけじゃない。家事はようやく、音葉ちゃんが追いつき始めた程度。姉ちゃんは効率よく全部こなして、きっちり自分の勉強をして、史郎兄ちゃんのところにも行くから、手出しのしようがない。邪魔にしかならない」
奏に対してなのか、それとも、自分に対してなのか。どこか、花音ちゃんは呆れた様子を見せる。
「だからさ、とりあえず。あたしも音葉も部活と勉強を頑張ることにした。それが、今あたしたちができる、姉ちゃんに応えられることだから」
「……そうか」
俺は、花音ちゃん達の答えに対して、素直に頷けなかった。
それは、うがった見方をしてしまえば。奏だから、その答えに満足できる。と言えるから。
自分の犠牲で、妹たちが活躍している。
もし、せめて母親だけでも、家にいて、家事に専念してくれたら。
もし、自分が次女、末っ子だったら。お姉ちゃんじゃなかったら。妹が、いなかったら。そんな風に考える可能性。
何で自分なのか。妹たちに対して、妬み、恨みを抱く人もいるだろう。自分と違って、自由に部活できる妹たちに。
妹を気にして、放課後や、休日を過ごすことを、平然とできてしまえる。
奏は、素直に身内の活躍を喜べる人。
俺なんかより、簡単に、自分を犠牲にしている。犠牲と思わずに。
「変なこと、言っちまったな。史郎兄ちゃん、あたしらは、姉ちゃんを貰って行くこと、歓迎してるから。なんなら、将来的にとか言わずに、姉ちゃん連れて旅行でも行って来いよ」
「うん。賛成。一日二日、音葉達はお留守番できる」
「おう。なんなら、姉ちゃんがいなけりゃ、勉強そこまで頑張らなくて良いからな」
やらなくて良い、ではなく、頑張らなくて良い、と言うあたり、奏の妹だな。
「ふーん。誰がいなけりゃ、だって?」
リビングの扉が開く音。玄関の方で音がしたなと思ったら、やっぱりか。
「おはよう、史郎君。ごめんね、寝坊しちゃった。音葉、何作ってるの?」
「ギルティックサンドイッチ」
「……なにそれ?」
「史郎お兄さんの、ギルティックテイストを参考にしたサンドイッチ」
「あーっ、うん。あっ、マスタードもう少し増やしても良いよ。あと、胡椒を少し増やして」
奏にとって、ギルティックテイストは、身体に悪そうだけど美味しいという、微妙な判定の存在。
出来上がったサンドイッチを一口食べる。うん。美味いな。
「……兄ちゃん好みの味だ」
花音ちゃんのニヤニヤとした顔がこちらに向けられているのがわかった。
それから四人で、ゲームして昼飯食べて、だらだら勉強して、夕飯食べて、穏やかで何事も無い休日というものを過ごした。
でも思う。
こういう日常こそが、尊いもの何だろうって。
奏と旅行か。
任務が無かったら、連れて行ってみたいな。




