GWの予定。
目の前にドヤ顔で立っている結愛。スマホが震える。奏からだ。
『今日は見逃してあげる、って伝えておいて』
そのまま結愛に見せる。
「あの人、やっぱり恐ろしいです。……奏さんがつけられているというのは気になりますね」
「一応、見ておいてくれるか?」
「了解です。奏さんって、あの夏休みの時、先輩が助けた」
「あぁ」
「そうですか……だから……」
「今は気にしなくて良い」
「すいません」
「良い。あの時の選択を、間違えたとは、思っていない。謝るべきは、俺だ」
「……この話はやめましょう」
「あぁ。そうしてくれ」
そう言うと、結愛はすぐに、明るい表情を作ってくれる。
「さて、先輩、探り入れたくないですか? 志保さんを狙う組織」
「いや。俺としては……」
頭の中に、結愛の言うことに物凄い勢いで頷く自分がいる
でも……。
『史郎君を、巻き込まないで欲しい』
そんな声が頭に響く。
俺はまた、間違えようとしているのか。
でも……くっ。
「探りいれるって、具体的にどうする気だ?」
「志保さんと遊びに出かけましょう」
頭にチョップをかました。
「な、何をするのですか!」
「護衛対象を餌にするって、お前なぁ」
「んなっ、先輩がいれば余裕で守り切れますよ! 町中で銃を使うような馬鹿はいませんし。ならもう、先輩の独壇場ですよ!」
「いたらどうするんだ、いたら。それに、俺だって普通に負けるぞ。多分」
「負けたことない、ですもんね」
「絶対に勝てる状況に持って行って、その有利を拾ってるだけだ。真っ向勝負ならわからん。それで、具体的にはどうするんだ。遊びに出かけるって」
訓練なら普通に負けることあるし。
とりあえず、話は聞こう。後輩を育てる上で、大切なことの一つだ。
「そうですねぇ。先輩、デートに誘ってもらえませんか?」
「は? 俺たちはもう。くっ、うぐっ」
別れたからデートとかする仲じゃない。と言おうとしたが、吐き気が邪魔した。
「あっ、先輩。すいません。言わなくて良いです。大丈夫です。調査してありますから」
「ならなぜ、わざわざデートに誘えと?」
「男女が二人で出かければ、それはもうデートでは?」
「そんなアホな理屈に俺は従わない」
「アホとは失礼な」
「男女の友情反対派か? お前は」
「そうですね。例えば、私と先輩は相棒。奏さんと先輩は、もはや家族と言っても良いのでは? 先輩と志保さんは、友達に戻れるか疑わしいですし。
つまり、少なくとも先輩の人間関係を見る限りでは、友情成立してないかと」
「オイこら」
さらっと傷口を抉りに来やがる。
「ちなみに先輩。男友達の方は?」
「いない。どこから俺の仕事が漏れるかわからなかったし」
「まぁ、そうですよね。私もそうですし」
「それに、あの時の事があったし」
「あの夏休み、ですか。奏さん、大分印象変わっていたせいで、すぐには気づけませんでした」
「あぁ、俺もまだ見慣れてない」
「でも、志保さんとは、付き合ったのですね」
「奏はあの事件を理由に逃げること、許さなかったからな。奏がいなかったら、志保と仲良くなろうとか、考えなかった」
話が大分逸れてしまった。
しかしそうか。結愛もか。
中学すっ飛ばして高校に来るとかいう、アウトなことしてるが、希薄な人間関係も、それを実行する手助けをしているのか。
「まぁ、良いんじゃないか。二人きりじゃなくて、お前も来るなら」
「えっ?」
「? 何がおかしい」
「デートになんで私が行くのですか?」
「まず、なんでデートに拘る」
「そうすれば、私は尾行する、という形がとれるので」
「はぁ。別に良いだろ、一緒に行動すれば。危険度は大して変わらん。なんなら、どこでどういう風に見られているか把握できてない。その状態での単独行動の方が危険だろ」
それに。結愛にも、普通に友達を作ってもらいたい、と思ったりするんだ。
結愛のこれまでを考えれば、結愛のためにも。
そして、具体的な予定を話し合う。
まぁ、志保が出かけることを了承すれば、という前提をクリアしなければならないけど。
結愛とする日が来るとは思わなかった、出かける予定を話し合うということ。
「私たち、いつも一緒にいましたけど、出かける予定なんて、話したことありませんでしたよね」
「学校あったし、会うの大体夜だったし、昼に会うなんて思いつかなかったな」
「はい。それでは、そろそろ。本当に帰りますね。志保さんも移動しているようなので」
「あぁ。なぁ、最後に一つ良いか?」
「はい。何でしょう」
「あんな別れ方したのに、お前は、俺に対して変わらないんだな。態度とか」
じっと目を覗き込まれる感じがした。目の奥の奥、心に秘めた感情まで覗き込まれるような。
「あんなことあった後ですし。私の知らない、でも先輩には確かにあった、普通の日常を望む気持ちが起こるのは、ありえないことじゃありません。それに、前にも言いましたよ」
「何だよ」
「私は、先輩の人柄を信用しているのですよ。だから、あの時も、今までも、怒っていません」
真っ直ぐに伸びてくる手。背伸びをした結愛は俺の頭に手を乗せた。
「何してるんだ?」
「見ての通り、頭を撫でています。気にしすぎです。先輩」
ゆっくりと手が動く。猫のお腹を撫でるように。優しく、けれど楽しむように。
前髪がかき上げられる。
じっと、覗き込むような視線が注がれる。
「先輩、前から思っていたのですが。髪切らないのですか? ボサボサ頭に思い入れでも?」
「美容院の予約の仕方を知らない」
だからいつも、鏡を見て適当に切っている。
「それ、高校生としてどうなのですか? 中学生でも、何なら小学生でも知っていますよ」
お互いの顔を観察する時間が続く。
撫でる手は止まらない。
なんだかなぁ。うん。
「はぁ。せいっ!」
「ア痛っ!」
デコピンをかましてやる。
「ったく。……ありがとな」
「ちょっと待ってください。何で私、デコピンされたのですか?」
「あぁ、お前が俺にお姉さん振るなんて、三年早いと思ってな」
「んなっ!」
「奏を見てみろ」
「むぅ」
不満げにむくれながら扉を開けて出て行く。耳を澄ますとすぐに走っていく足音が聞こえた。
「……はぁ」
目元を抑える。
「仕方ないか」
俺もすぐに身支度を整えて家を出る。
心配していないわけじゃないんだ。
志保の家に行く最短ルートを考えながら、その周辺を屋根から屋根へ飛び移りながら探す。
気づかれたらすぐに通報だろうか。まぁいいや。今は急いでるし。
「あっ、いた」
気づかれないように、少し離れたところに着地。したはずなのに。
不思議だ。志保は。
着地して歩き出してすぐ、くるりと振り返った。街灯に照らされる顔。その目は真っ直ぐに俺を見ていた。
「やぁ、史郎」
特に驚いた様子もなく、志保は駆け寄ってきた。
「偶然だね」
「そうだな。何してるんだ?」
「久遠ちゃんの家行ってたんだ。その帰り」
普通に会話できていることに驚いている。
でも、足が後ろに少しだけ下がる。逃げ出したい。
冷たくなりそうな言葉を飲み込んで、当たり障りのない言葉を絞り出す。その過程で吐きそうになるのを堪える。
「送ってくよ。折角会ったんだし」
「えー。大丈夫だよ。と言いたいけど、お願いしようかな」
二人で歩く。スマホが震えた。ワン切り。結愛か。その意味を俺は知らない。
結愛の尾行に気づいている様子は無い。護衛が尾行、おかしな話だ。
でも、そうだ。無闇に怖がらせることは無い。俺と結愛はもう、頭までどっぷりと浸かってしまった世界。でもそれは、本来触れなくて良い世界。知らなくて良い世界。
だからこそ、結愛には友達として志保に接して欲しい。
志保と仲良くなるのは難しい。けど、志保と過ごす時間は、確かに楽しかったから。
「それくらい、望んで良いよな」
「何が?」
「なんでもない」
「史郎が何望んでるかわからないけど、望んで良いよな、なんて誰に確認取っているの?」
「誰にって……」
「望むも望まないも、自分にしか決められないよ。許可なんて誰も上げられない。駄目だ、なんて誰にも言えないんだから」
誰も許可できなくて、誰も禁止できない、か。
「えっ、黙り込まないでよ。らしくないこと言ったことは自覚してるんだから」
「いや、むしろ志保らしいとは思ったけど」
「そ、そうかな? やはは」
それに、俺は納得した。確かにそうだと。
でも同時に思った。
俺は、また間違えているのではないかと。
振り返って自問してしまう。
曇った夜空。頼りになるのは街灯だけ。
聞こえるのは、二人分の足音。後ろに結愛の気配はするけど。それでも、確かに二人だけと言って良い空間だった。
「なぁ、志保」
「ん?」
「なんで、別れ……」
口元を抑える。浮かんでくる光景が、頭の中をぐちゃぐちゃにかき回す。これ以上の言葉を紡ぐことができない。
「なんで……」
しゃがみ込みそうになるのを堪えて。吐きそうになったものを飲み込んで。
心配そうに覗き込んでくる志保の顔が見えた。
「そっか、うん。傷つけた、よね」
「それだけ、す、うぐっ」
好き、たった二文字の言葉を言うことも、今の俺には難しくて。
情けない。
でも、情けないなりに。追いかけてきた分の、収穫は、得なければ、ならない。
「志保」
「うん」
「ゴールデンウィーク、暇か?」
「暇だったら?」
「出かけないか? 結愛がさ、君と出かけたがってるんだ」
「やはは、もう名前呼びって、仲良くなったんだ」
あぁ、そっか。志保は俺の仕事も、結愛との関係も知らなかったな。
「まぁ、うん。結構人懐っこい奴だったよ」
「んー。まぁ、良いかな。私もいつまでも人見知りとか、言ってられないよね」
「普通に話せてただろ」
「取り繕って仮面被って、だよ」
志保は誰かと仲良くすることは得意ではない、けれど嫌われているというわけではない。
自分の見た目が良いことを、志保は理解している。
それ故に、人が寄ってくることも。
「うん、良いよ」
唐突に、志保は言った。
「史郎と、萩野ちゃん。久遠ちゃんは誘う?」
「いや、良い。今回は」
別の目的がある。奏を巻き込みたくない。
「そか。じゃあ、楽しみにしてる」
気がつけば、志保の家の前。ご令嬢様と知った今見ると、違和感がある。普通の一軒家じゃないか。
でも、当時から思っていたことは、しっかり防犯してるなぁということで。その感覚は納得とともに肯定された。
そのまま手を振って中に消えていく。あの日々と、同じように。
というわけで、次回からデート編です。ブクマ、評価、感想、レビュー、よろしくお願いします。