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失恋した俺の高校生活は、守りたい人が少し多い。  作者: 神無桂花
私を振って。

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私を振って。恥ずかしいけど初恋だよ。

 一瞬、目を見開き、けれどすぐに、平静を取り戻す。志保は目を伏せた。

 まずは、この言葉から始めなければいけない気がした。

 道を開くための言葉。

 関係を始めるための、変えるための言葉。

 逃げ場を無くす。退路を断つ。そのための言葉。

 もしこれが通れば、俺達の関係に確かな名前がつく。告白という通過儀礼を通り直す。中途半端な関係が許されなくなる。

 顔が上がる。志保の視線を真っ直ぐに浴びる。

 緩く弧を描く唇から、少しだけ息が漏れて、そして、その綺麗な顔が精一杯の笑みを作り出した。


「私、結構嫌な女だと思うよ」

「嫌なところを受け入れ合うのが、近い関係になるための鉄則だろうが」

「そうだね。その通り。間違いない」


 踊るように一歩、俺から距離を離し、くるりと振り返り、また一歩、トンと後ろに飛んだ。


「俺は、志保の嫌なところ、受け入れる覚悟は、あの時からずっとある」

「私には無かったかも。なのに、史郎に直してほしい所ばかり、押し付けていたかもしれない。私、我儘な女だと思う」

「それでも!」

「史郎。ストップ」


 冷たい声。はっきりとした拒絶。

 鋭い圧力に、舌が締め付けられる。


「それ以上、言わないで。私と付き合うのは、史郎に得が無さすぎる。そりゃ確かに、将来的に結婚すれば、お金の心配、いらないけど、それでも。今は駄目」

「……何でだよ」

「史郎は、昔の気持ちに引っ張られてる。そう思うんだ。好きになっちゃって、一度付き合っちゃったから。自分の気持ちに対して、意地になってる。真面目だから、気持ちを裏切ってはいけない。簡単に捨ててはいけないって思ってる」

「だから、なんだよ」


 志保は、祈るように手を組んで、目を閉じる。


「史郎のこと思っている人は、他にもいる。だから、一人一人と、もっと向き合って、ちゃんと。私というフィルターを抜きに。朝倉志保という足枷を、ちゃんと外して」


 息を一つ吸って、吐いて。志保は目を開ける。

 目が合った。逸らせない。不思議な圧力。告げられた言葉は決して大きくは無い。だけど、耳にしっかり届いて、脳を痺れさせる。


「私を振って」

「……何で?」

「言葉だけでも、形だけでも。私に対する気持ちを振り切るの」

「……そんなことする必要は……」

「しなきゃダメ。通過儀礼だよ。これが済んで、初めて史郎は選べる。自由に。私も、前に進める」

「……くっ」


 頭ではわかる。必要なことだって。

 俺は、再び振られるつもりだった。

 でも、投げた気持ちを断ち切るのが振るという行為なら。俺は志保に一度断ち切られている。

 この微妙な関係の発端は、志保だ。

 だから今度は、俺が志保からの気持ちを、断ち切らなければならない。

 そして、それは同時に、俺が引きずり続けたものを、断ち切ることにもなる。

 そうしなきゃ、俺は、いつまでも、性懲りもなく、背中を押されたのに、引きずって、二人を待たせてしまうと。

 乗り越えなければ、いつまでもズルズルと、引きずってしまうと。


「その前に、答えるね、史郎、今、私は史郎の気持ちに応えられない。ごめんね」


 告白を淡々と撃ち落とし、そして。

 志保は待っている。待ってくれている。

 俺が、覚悟を決めるのを。

 振られる痛みを、志保に負わせる覚悟。

 奏や結愛に対してできなかったこと。それを、志保はやれと言っている。


 でもそうだ。

 奏や結愛を振っても、結局俺と志保の関係は変わらなかっただろう。

 志保は言っている。元を断てと。一番有効な手はこれだと。

 きっと俺達はわかっていた。ただ、言い出せなかった。


「史郎、お願い。ちゃんと、前を向こう。私も、ちゃんと振り返るから」

「……わかった」


 振り返らないことで、自分を縛り続けた志保と、後ろを向き続けることで、自分を縛り続けた俺。

 向き合おう。志保は、そう言っているんだ。 

 あの時とは、逆だ。 

 校舎側に志保は立つ。俺は、校門に背を向けて立つ。向かい合う。


「うん。じゃあ、伝えるね。振るために必要な言葉。私の気持ち。一度も、ちゃんと伝えたこと、無かったね。本当、最低だね、私」


 志保は、気持ちを整えるように、息を吸って、吐いて。それを繰り返して。一度目を閉じて。

 そして、覚悟を決めた目を向けた。


「正直な言葉、言うね。

 史郎。私、史郎のこと、好きだよ。とても。仲良くなってくれた時は、嬉しかった。

 一緒にいる時間はとても楽しくて、ずっと一緒にいたくて、一日が終わるのが早く感じて、もっといっぱい、一緒にいられれば良いのに、なんて思っていた。

 助けてくれた時は嬉しかった。史郎、とてもカッコよかった。

 気にして貰えること、守ってもらえること、嬉しかったくせに、対等になりたいなんて思っていた。

 こんな嫌な女、好きになってくれて、ありがとう。

 史郎、大好き、だよ。やはは、少し恥ずかしいけど、初恋、だよ」


 真っ直ぐな告白に、あっさりと覚悟が、揺らぐ。あまりにも綺麗な微笑みに、涙が溢れそうになる。

 それは、待っていた言葉で、受け入れたい。俺のさっきの、結構本気の告白なんかよりもずっと、心がこもっている。頷きたくなる。

 でも。駄目だ。冷静な頭が訴える。

 口の中がからからに乾いていくのがわかった。へたり込みそうになる。

 言わなきゃ。言えないでは、済ませられない。

 浅くなる呼吸の中、無理矢理、深く息を吸った。

 言おう。言うんだ。言え。

 何も言えなかった頃の俺とは、違うんだ。

 振るのも、やっぱり、辛いんだな。

 でも、前を進むための傷だ。受け入れろ。

 志保にここまで言わせて、ここまでお膳立てして貰って。

俺が何もできないなんて、言ってられない。

一緒に、傷を負うんだ。


「ごめん。志保。今は、志保と、向き合えない」

「うん」

「ちゃんと、真っ直ぐに、向き合えるように、なってくるよ。だから、ごめん。志保とは、付き合えない」

「うん。ありがとう。待ってる」


 志保は、頷いた。

 母校の中学の前。

 ふと、中学の制服姿の志保が、重なって見えた。後ろ姿じゃない、辛そうな顔ではない。

 晴れやかに、笑っている。

 やっと、卒業できた。

 空を見上げた。まだ辛うじて残っている茜色の空に、星が見えた。少しだけぼやけて、慌てて目元を拭った。


「やはは。史郎も?」

「うるせぇよ」

「帰ろうか。そろそろパーティーの準備終わってるよね」

「あぁ」


 冬の訪れが、静かに香った。風が吹いた。雪が舞った。




 中学生の頃の恋は、私たちの間で、これで終わり。

 私たちは、ようやく歩き出せる。

 私は後悔しないし、史郎は、過去の私に縛られない。

 これでお互い、もう一度お互いに恋できれば。

 その時私たちは、新しい関係を、作れるんだ。


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